黒夜行

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踏んでもいい女(斉木香津)

内容に入ろうと思います。
舞台は、昭和19年。戦争末期の横浜だ。「くじら湯」という銭湯を経営している吉田一家は、やかましい母やしっかりものの姉、かくしゃくとしている祖父・虎吉など、なかなか厳しい生活の中、明るさを失わない日々を送っている。燃料となる薪が手に入らず、「くじら湯」の営業もままならないが、どうにかみんなで生きている。
次女の真砂代は、自らの容姿に自身も持てないし、みんなからグズ扱いされるのも不満で、どうにもふてくされるようなことが多い。先日も、知人の仲介で望みもしない見合いをさせられ、そこで酷く不愉快な気分にさせられた。真砂代は、周りの人間が自分のことを「踏んでもいい女」だと思っているのだと気落ちする。
そんなある日、ひょんなことから真砂代は、ほとんど知らない女性の家を掃除するために毎日通うことになった。貴子というその女性は、一切家事をせずに、贅沢な暮らしをしながらひたすら絵を描いているだけであり、国民が一丸となって戦争に立ち向かっているのにと、真砂代は不快な気分を隠すことが出来ないでいる。それでも、意地とでも言えばいいか、真砂代は何の見返りもないままその家に通い続けることになるのだが…。
というような話です。
なかなか良い作品だったと思います。戦時中という時代を扱っていながら、貴子という浮世離れした女性を中心に物語を展開させていくというのが、なかなか面白いと思いました。貴子とはまったく違う生き方をしている真砂代が、貴子と関わることで変化していく過程はいいですね。
真砂代にとって貴子は、基本的に「嫌なヤツ」です。戦時中だというのに、贅沢なものを食べ、家事を一切しようとせずに絵ばかり描いていて、しかも「日本は負ける」などという。大本営発表を信じて、「日本は勝つ」と思っている真砂代にとって、貴子の生き方や発言はイチイチ癪に障るというか、同じ日本人として許容できないわけです。
それでも真砂代は、何故か貴子の元から離れようとしない。
いや、離れようと思うことはあっても、状況が許さなかったり、貴子と関わっていく中で、次第に貴子の生き方に惹かれるようになっていったりする。
この辺りの真砂代の心境の変化は、なかなか面白いですね。
貴子がすることと言えば、絵を描くか、あるいは真砂代に自分の結婚の話を聞かせるか、ぐらい。真砂代は絵を解すわけでもないし、恋愛など無縁であるから貴子の馴れ初めの話も遠い世界の話でしかない。
それなのに、どうして真砂代は貴子に惹かれていくことになるのか。
その説明はなかなか難しいし、是非読んでほしいなと思うんだけど、僕が今ここで書くとしたら、「流されない強さ」かな、と思う。
真砂代が生きている時代は、「個人の意志」など、ほとんど無視されていたことだろう。個よりも全体が大事であり、全体のために個は犠牲となるべきだ、という発想が、根本の部分で根付いていたのだろうと思う。真砂代は、疑うことなくそういう環境の中にいて、そういう生き方を続けてきた。
しかし、貴子と出会い、貴子が「個人の意志」を強く持っていることを知る。それは、真砂代にとっては衝撃的なことだった。あまりの衝撃に、真砂代は初め反発するしかなかった。時代に背き、国を冒涜するような生き方だと目を背けたいような気分だっただろう。
しかし一方で、そこに真砂代の「憧れ」も投影される。真砂代は、取り立てるほどの容姿でもなければ、周りの人ほどスルスルとも行動出来ない。「踏んでもいい女」と思われていると、悲観している女性だ。そんな真砂代にとって、貴子の気位高い生き方は、眩しく移ったことだろう。自分にはそんな生き方は出来ない、という意味で反発心が生まれるが、しかしそれは裏を返せば、できることなら自分もそんな生き方をしてみたいという憧れでもあるのだ。貴子の家に足を運ぶかどうかの葛藤も、その辺りの心情から生まれていることだろう。
一方で真砂代は、日常生活は祖父の虎吉と二人で送っている。詳細は省くが、吉田家は二人を残して静岡に疎開してしまうのだ。真砂代にとって、虎吉との二人の生活というのは、なかなか望ましい日常なのだ。普段は母や姉からゴヤゴヤとうるさく言われる毎日だったが、祖父はそんなこと言わないし、二人きりの生活であれば自分がきちんと役立つ人間であることを示す機会も増える。
虎吉との日常は、戦時中の庶民の生活を垣間見せてくれる。もちろん、100人いれば100通りの日常があるだろうし、銭湯を営んでいる真砂代たちの日常はむしろ特殊な方かもしれないが、戦時中のことを知らない僕にも、その当時の雰囲気を感じさせてくれるような描写だ。戦時中だからと言って、追い立てられるように危機的なわけでもなければ、絶望に浸りきった生活というわけでもない。その辺りの塩梅がうまく描き出せているような感じがしました。
ちょっと厳しいことを言うと、もう少し物語に起伏があってもよかったかな、という感じはします。基本的には、祖父の虎吉とのささやかな日常と、貴子の家に通ってちょっと不可思議なやりとりをするという場面の交互です。もちろん、空襲とかの場面もあるわけですけど、それは「物語が要請した起伏」なわけではなくて、史実であるので、そういうものではなく、物語から立ち上がる起伏みたいなものがもう少しあってもよかったかな、という気はします。起伏とは言っても、別に衝撃的な展開とか、驚愕の真相とか、そういうことではなくて、「虎吉との日常」と「貴子との非日常」の往復という構造をちょっと崩すような設定なり展開なりがもう少しあっても良かったのかな、という感じはします。読んで、なるほどなかなか良かったな、と思える作品ではあるのですけど、イマイチ印象が薄いというか、ちょっと物足りなさを感じました。もうちょっと何かあったら、もっと良い作品になったかもしれません。

斉木香津「踏んでもいい女」


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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
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2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
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新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
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6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
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1位 「死のテレビ実験
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4位 「消された一家
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7位 「ぐろぐろ
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9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)