黒夜行

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暗殺国家ロシア 消されたジャーナリストを追う(福田ますみ)

『1993年の「ノーバヤガゼータ」の創刊以来、17年の間に、2人の記者が殺害され、同じく記者1人が不審死を遂げ、契約記者2人、さらに顧問弁護士までが殺されてしまった。歴史の浅い小規模のメディアで起きたこれだけの犠牲は、世界的に店も例がないだろう。
「理想に燃えてこの新聞を世に送り出した時、私たちは、こんな悲劇が繰り返し起こることなど想像すらできなかった」。創刊時からの記者、ゾーヤ・ヨロショクは嘆息する。』

この作品は、ロシアの独立系の新聞社「ノーバヤガゼータ」についてのノンフィクションである。今引用したように、この小さな新聞社は、創刊以来17年間で、6人もの仲間を失った。そして、その死には、確証こそないものの、情況証拠が、政治中枢トップの関与を疑わせる。
ロシアは、エリツィン大統領の登場によって、民主主義の道を歩み始めた。『多くの日本人は、「これで民主主義ロシアが誕生する」と思ったのではないだろうか』と、解説の池上彰氏も書く。しかし残念ながらそうはならなかった。
以前から、報道規制はあった。しかし、プーチン大統領の時代になり、その苛烈さは増した。現在ロシアでは、テレビメディアは壊滅、活字メディアも一部を除いてほぼ政府発表をそのまま流すだけの存在になっている。

『現在のロシアは建前上は、西側先進国と同様、民主主義国である。憲法は、思想と言論の自由、そしてメディアの報道の自由を保障し、検閲を禁止している。それにもかかわらず、今のロシアには報道の自由はほとんどない』

『冒頭に記した通り、彼の本職はあくまでテレビジャーナリストである。だが、彼が最も得意とする、犯罪を通してロシア社会の病巣をえぐり出す報道は、今のテレビ界ではほとんどできなくなっているのだ』

『現在では、政権に批判的なメディアは、新聞では同紙(「ノーバヤガゼータ」のこと)、雑誌では「ザ・ニュー・タイムス」、ラジオでは「エホ・モスクブイ」ぐらいになってしまった。その中で本格的な調査報道を行なっているメディアは、事実上「ノーバヤガゼータ」だけである』

こんな信じがたいデータがある。

『「グラスノスチ(情報公開)擁護財団」のアレクセイ・シモノフ所長によると、プーチンが大統領に就任した2000年から09年までに、120人のジャーナリストが不慮の死を遂げている。
「このうち約70%、つまり84人が殺害されたとみられるが、自身のジャーナリスト活動が原因で殺されたと推測できるのは、さらにそのうちの48人だ。48人の殺害のほとんどは嘱託殺人とおもわれるが、首謀者、実行犯ともに逮捕された例は数えるほどしかない」』

しかし一方で、ジャーナリストの暗殺というのはごく一部の世界での話でもあると言う。

『いや、ロシアの大部分のジャーナリストたちにとって、暗殺なんて別世界の話だ。なぜなら、政権にサービスするジャーナリストがほとんどだから。彼らには、高い報酬と安楽で快適な寝床が約束されている。それ以外の、権力批判を恐れない我々のようなほんの一握りの少数派だけが命を狙われているのだ』

本書を読んで、ロシアの現状に衝撃を受けた。もちろん日本にだって、国を挙げて報道規制が敷かれていたような時代もあっただろうし、世界中どこであっても、報道の自由が保証されているわけではないことも知っている。以前、ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する」という作品を読んだ。アラブ諸国の現実を自国オランダに伝えることの困難さを、そしてメディアというものがいかに作られ、現実をねじ曲げていくのかを描いた作品だ。この作品にも衝撃を受けたが、しかしまさか、ジャーナリストが白昼堂々殺され、しかもほとんど捜査らしき捜査もなされないなどという国があるとは思ってもみなかった。
そんな、いつ命を狙われてもおかしくはない仕事に、使命感を持って従事する記者たちの生き様は、ありきたりだが「凄い」としか言いようがない。記者には女性も多いのだが、彼ら彼女らは、市民の現状を出来るだけ伝えたいと願い、純粋に真実を追い求めたいと願い、それを人生の生きがいと考えている。

『その彼女が、ほとんど何気ない調子で、微笑みさえ浮かべながらこう言うのである。
「もし私が殺されても、「ノーバヤ」の同僚たちがそのあとを引き継ぐでしょう」
ロシアという国で、あらゆる圧力に屈せず、あくまでジャーナリストの良心を貫こうとすれば、これほどの勇気と覚悟を迫られるのだろうか』

『車内ではいろいろな衝突もありますが(苦笑)、「ノーバヤ」は私の命の糧であり生きる支えです。大げさかもしれませんが、「ノーバヤ」がなくなったら生きて行けないと思うほどの存在です』

『「ノーバヤ」の仲間たちは一人一人がヒーローです。その一員として働けることに私は大きな誇りを感じています』

『この新聞で働けることが言葉で言い表せないくらいうれしい。朝、起きた時に気分がすぐれなくても、今日も「ノーバヤ」に行って仕事ができるのだと思うとわくわくして、気分の悪さなど吹っ飛んでしまう』

ロシアで、政権に逆らわず、政権のPRをするジャーナリストでいれば、給料も将来も保障される。一方、「ノーバヤガゼータ」のような政権批判をする新聞でジャーナリストとして活動しても、給料は遅配されるし、そもそも給料もよくはない。当然のことではあるが、「ノーバヤガゼータ」の経営は常に火の車である。ロシアでは、言論統制が激しく行われているため、国民ももはやメディアには期待していない。そういう中で、これほどの使命感を持って政権批判を行うことが出来る人達がいる。その事実に、心を打たれるものがある。

『「ノーバヤガゼータ」の今後には、これまで以上の困難が待ち受けているかもしれない。しかし、この小さな新聞が閉鎖に追い込まれる日が来るとしたら、それは、ロシアが今、かろうじで灯っている言論の自由の火が消える時である』

「ノーバヤガゼータ」は、大手新聞の方針変更に反対した記者50名が立ち上げた。

『「ノーバヤガゼータ」の創刊は1993年4月である。
日本でいえば、朝日や読売などになぞらえられるロシアの大手紙「コムソモーリスカヤプラウダ」の記者50人余りが、同紙のタブロイド化に反対して社を去り、今までにない新しい理想的な新聞を作るという意気込みで、その名も「ノーバヤガゼータ(新しい新聞)」をスタートさせた。』

凄いのは、古巣を飛び出した全員が記者だったために、新聞経営のなんたるかを誰も知らなかったということだ。

『ともかくも創刊号は刷りあがった。ところが、真新しい新聞の束を前にしてみなは考え込んでしまった。これをどうやって打ったらいいのかだれいもわからなかったのだ。嘘のような本当の話である。』

『先ほども言ったように、私たちは、すばらしい内容の新聞を出せば、読者は自分からそれを買うために行列を作るだろうと、ほとんど空想小説のようなことを考えていた。だから、宣伝もしなかったのです。(中略)あとになってようやく、良い新聞を作ることも重要だが、むしろそれを読者に届けることの方がよっぽど大変なんだということを知ったのです』

ともかく同紙は、今もどうにか経営を続けている。国内では発行部数がそれほど多くはなく、影響力のあるメディアだとあまり見られていないようだが(それにしては記者が殺されすぎているのだが)、特にアメリカでは評価が高いようで、アメリカからの広告出稿があったりと、どうにか経営を続けることが出来ているという。
本書では、そうした「ノーバヤガゼータ」の新聞社としての挟持や経営、あるいは記者が殺されているという異様な事態など、「ノーバヤガゼータ」全体に関することも取り上げられるが、一方で、「ノーバヤガゼータ」がこれまで取り上げてきた事件についての詳細も詳しく描かれていく。チェチェン戦争やベスラン学校占拠事件など、その実情が国外はおろか国内にさえきちんと情報が伝わらない、政府が情報をひた隠しにするような重大事件の裏側を、執念というべき取材によって明らかにしていく。常に市民の側に寄り添い、市民の声を拾い、社会に問題提起をし続ける「ノーバヤガゼータ」。これほど気骨のある新聞が、遠いロシアの地にあり、今も奮闘しているのだということを知れただけでも価値があったし、ロシアという国の暗部を掘り下げていく内容は、ノンフィクションとしての醍醐味に溢れている。
池上彰は、ジャーナリストが殺されるなどというのは一握りの少数派にしか関わらない話だという作中の一文を抜き出して、こう続ける。

『これは、多かれ少なかれ、日本を含む世界のジャーナリズムの世界にも当てはまる話だ。当局の用意した場で、当局のサービスを受けながら、「取材」をしている気になっている記者は、どこの世界にも大勢いる。その点では、私も自己批判を免れないだろう。
でも、どんなに不利な状況になっても仕事を諦めない記者たちが世界にいる事実を知ることは、日本の同業者たちにも励みになるだろう』

そう、これは決して、遠い国だけの問題ではない。状況に差はあれど、どの国のマスコミも憂慮すべき問題だ。日本のマスコミはどうか。そして、マスコミの情報を受け取る僕ら一般人は、どうあるべきだろうか。

福田ますみ「暗殺国家ロシア 消されたジャーナリストを追う」


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2013年の個人的ベストです。

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13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
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5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
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小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
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10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
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13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
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2011年の個人的ベストです
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1位 千早茜「からまる
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5位 百田尚樹「錨を上げよ
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番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)