黒夜行

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野菜ソムリエという、人を育てる仕事(福井栄治)

内容に入ろうと思います。
本書は、総合商社で新人の頃からとんでもない実績を数々叩きだしてきた著者が、仕事で野菜と接する内に、野菜に関する情報が流通の時点で分断されてしまい、生活者まで届かないことに疑問を抱く。様々な経験を経て、やがて著者は、仲間と共に「日本野菜ソムリエ協会」を立ち上げる。著者がどんな経験から問題意識を芽ばえさせ、どんな軸を持って「野菜ソムリエ」という地位をここまで高めてきたのかなど、著者の一貫した想いが現実を様々に動かし変えていく、その過程を描く作品です。
ある目的があって、僕は本書を読んだわけですが、その目的のためには、本書はとても役立ちました。今考えていることを具体化し、じっさいに転がしていくのに、本書に書かれていることは非常にためになるだろうし、考えさせる作品でした。
本書は、商社時代の話や、野菜ソムリエが何故ここまで広まったのか、あるいは父親からの教育など、色んな話が描かれます。それらも実に興味深い話で、この人凄いな、っていう感じなんだけど、この感想ではそれらについては触れません。野菜と本という違いはあるけど、モノやモノの価値を届ける仕事をしている立場から、色々気になった部分について触れていこうと思います。

『現実的にビジネス界で行われているのは、顧客中心主義という名の「売り手主義」だと僕は感じています。
本当にお客様=生活者が欲しているものを提供するというよりは、自分たち=売り手側が「売りたいもの・儲かるもの・売れるものを売っている」という構造が、今の流通業界にはあると思うのです。それは、こと「食」という分野においては顕著だと思います』

これは、書店で働いている僕も、実に頷ける。「売りたいもの・儲かるもの・売れるものを売っている」というのは、今ほとんどのモノを売る仕事がそうなってしまっているのではないかと思います。それは、仕方ない部分もあるし、売れなくていいわけではない。でも、売っていてなんとなく自分が誇れないなと感じるものばかり売っている、そんな風に感じている人も多くいるのではないかと思います。「売れているもの」が、本当に「求められているもの」なのか。どうしても僕はそんな疑問を抱いてしまう。売上を追求しなくてはいけない立場の人間としては、その「迷い」は致命的なのかもしれないけど。

『共感、共鳴、感動というのは心の問題です。20世紀はモノを手に入れることが目的でしたが、21世紀は、いかに「心を満たしてくれるか」が購買動機になっています。食で言えば、いかに胃袋を満たすかという産業から、いかに心を満足させられるかという産業へのシフトが求められつつあるのです。』

これも、実感としてとてもよくわかる。僕は野菜ではなくて本を売っているけど、人々が「本」というものに対して求めることが変わってきているように僕は思う。昔は、「本」と個人との関係で、その個人がその本を「情報」と捉えるか「ファッション」と捉えるかというような違いはあるだろうけど、基本的には「本」は誰か個人と関わるものだったと思う。でも、僕のイメージでは最近は、「本」というのは、人と人とを繋ぐ存在として価値を求められているのではないかと思う。同じ本を読んだ人という意味でも、本を売っている書店という場という意味でもいいのだけど、「本」が誰かと誰かを繋ぐものとして価値を持ち始めてきたのではないか。僕はそんな風に捉えつつある。

『自分が提供している価値が何で、その価値に共鳴してくれる人は誰で、その人たちがどこにいるのか、どうやって彼らにアクセスしたらいいのか、そして、どういうメッセージを伝えるのか。それを自分自身で認識せよということなのです。そこにも、生活者視点は欠かせません』

僕は書店員として、「自分が何を売っているのか?」ということを、最近強く意識している。これまで、本は「本」という価値があり、その「本」という価値は、一般の人の間で統一的な合意が得られていたのではないか、と思う。「本を読む」という行為に一定の敬意が払われ、むしろ「本を読んでいないこと」が軽蔑の対象になるような時代がかつてはあったのだろう。でも、今はそういう時代ではない。そういう時代の中で、じゃあ一体「本」はどういう価値を持ちうるのか?「本」というものが、それを買っていく人にどんな価値を提供できるのか、それを僕は掴みたいと思っている。そのキーワードが、「人と人を繋ぐ」ではないかと思っているのだけれども。

『しかし、生産者がいくら丹精込めて素晴らしい野菜やくだものを作ったところで、価値を伝えなければ売れない時代。売れないということは、日本の農業をますます衰退させてしまうことになります。もしかしたら30年後、この国から農業という産業は消えてしまうかもしれないのです』

これは、「野菜やくだもの」を「本」に、「農業」を「書店」に変えても、まったく通じる文章だろうと思う。良い本は、世の中にたくさんあるはずだ。それは、自分でも山ほど本を読むし、普段から本を扱っている僕自身きちんとわかっている。でも、どれだけ良い本を作ったとしても、その本が持っている価値がお客さんに伝わらなければ、その本は売れない。僕ら書店員は、その本が持つ価値をお客さんの目に見えるように提示することが仕事だと思うのだけど、でも様々な事情があってなかなかそこまで手が回らない現実がある。

『生活者に本当に必要な情報を伝えるために、そして、生産者に生活者のニーズをフィードバックするために、必要とされているのは、作り手と食べ手をつなぎ、畑から食卓までトータルでマネジメントする存在。情報が正しく伝わりさえすれば、野菜やくだものの価値は変わるのです。そのためにも、野菜やくだものに関する豊富な知識、生活者が求めている情報を持つ人材を育成しなくてはなりません。それが、広い意味で日本の農業を活性化し、日本の農業を次世代に継承していく近道になると考えたのです』

そういう思いを持って著者は、「日本野菜ソムリエ協会」を立ち上げ、設立から12年で、野菜ソムリエという存在を非常に価値あるものにした。著者が創りだした「野菜ソムリエ」は、今では野菜の流通やレストランの方向性までも左右するような存在になり、著者の目標とする『農業を次世代に継承する』というビジョンを、一緒になって実現していけるような存在になっている。

『かっこいいことを言ってしまえば、野菜ソムリエという一つの資格を通して、それぞれが自分の夢への一歩を踏み出してくれることが理想です。なぜなら、自分にできる小さな一歩を踏み出すことが、社会を変える一歩だと思うからです』

『野菜ソムリエになった後の活動で最も大切だと思うポイントは、「一人一人がそれぞれのやりたいことを通じて、社会に価値を提供することができる」ということです』

書店はどんな風にして、「本」の価値を伝えていくべきか。あるいは、書店はどんな風にして、「本」の新たな価値を生み出していくことが出来るのか。そんなことが、ここ最近の僕の思考の方向性で、自分に何が出来るだろうかということをふとした時に考えている。
著者は、野菜ソムリエが成功し、継続し続けている理由を、こう断言する。

『なぜ僕は、野菜ソムリエ協会設立時の目標を達成し、成功したと言われるようになったのか。そして、なぜ野菜ソムリエ協会がここまで認知されたのか。
僕が導いた答えはこうです。
「僕たちがそうなろうと思ったから」』

今日、とあるイベントに参加して、「そうなろうと思った」人たちの話を色々聞いた。やっぱり世の中には凄い人がいるものだと思うし、自分にも何かやれないものかなと思ったりもする。「そうなろうと思ったから」。そんな風に言って実行して辿り着きたい場所までたどり着く。そんなことを、自分でもやっぱりやってみたいものですね。

『「こうなりたい」という想いがなければ成功の定義づけはできません。「想ったからといって、それが実現できるという保証はないじゃないか」とおもわれるかもしれません。でも、思わなかったら永遠にそうはならない。だから、まずは「想う」「成功した自分を想い描く」ことから始まるのです』

今の自分には、とてもためになる作品でした。なんとなく野菜ソムリエって胡散臭い資格だなってずっと思ってたんですけど、本書を読んでそのイメージは一変しました。なるほど、これだけバイタリティーのある人が、これだけのビジョンを持ってやっているのなら、それは素晴らしいものだなと思います。自分も、どうにか動いてみようと思います。

福井栄治「野菜ソムリエという、人を育てる仕事」


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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)