黒夜行

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教場(長岡弘樹)

内容に入ろうと思います。
本書の舞台は、警察学校。様々な経歴を持つ人間が、様々な理由を胸に抱きながら、この警察学校にやってくる。携帯電話と免許証は取り上げられ、毎日提出する日記に「事実ではないこと」を書くと即刻退校処分。恐ろしく厳しい環境の中で煮詰められていく悪意が発露し、切れ者の教官である風間がそれを様々に裁く6編の連作短編集。

「職質」
ある警察官に命を救われ警察官を目指す宮坂。彼の命を救った警察官の息子が、たまたま同期としてこの学校にいる。平坂は、あまり出来のいい男ではない。いくつかの職業を流れて、こうして警察学校にやってきたようだ。
風間は宮坂の能力を見抜く。「なぜ、わざと下手なふりをした」

「牢問」
インテリアコーディネーターだったしのぶは、学校内では沙織と仲良くしている。大柄で太めの眉毛。沙織はある授業中倒れた。脅迫状が届くようで、心配で睡眠不足なのだという。
しのぶは沙織に、取り調べの極意を教える。江戸時代に行われていた牢問という拷問。どんな人間でも、自白してしまう。

「蟻穴」
白バイ隊員を目指している鳥羽には、動いているものの速度を瞬時に聞き取る能力がある。ちょっとしたきっかけで仲良くなった稲辺は、計算が得意だ。自分のせいで、稲辺にまでしごきが飛び火してしまった。こういうことがないようにしなくては。
日記に嘘を書いてはいけない。このルールは絶対だ。

「調達」
元プロボクサーの日下部は、警備勤務の最中、相棒の樫村に絡みつく。成績のよくない日下部は、スパイのように学生たちの悪事を教官に注進していると陰口を叩かれていることは知っている。
今学校内では、小火騒ぎの犯人探しが行われている。犯人が名乗り出なければ、連帯責任でみな苦しい思いをする。

「異物」
由良は、講習会の準備をコンビを組む相手に押し付けて、床屋にやってきた。そのまま四輪の運転技術講習会に向かう。車は好きだ。運転には誰よりも自信があると言っていい。
指名され、車に乗り込む。目の前を、何かが横切る。

「背水」
都筑は、ちょっとしたことから、文集を書かせ集める係を押し付けられた。卒業試験が近いが、都筑は特に心配していない。問題なく優秀な成績を残せるだろう。
理由も分からないまま、風間に呼び出された。「いつにする?」

というような話です。
なるほど、これはなかなか面白い作品でした。舞台設定やミステリとしてのひねくれ方が、これまでにないタイプの小説に仕上がっていると感じました。
まず、警察学校という舞台設定が良い。この作品は、広い意味で捉えれば警察小説ということになるのだろうが、実際の設定は学園小説に近いと言えるだろう。
しかし、じゃあ青春小説なのかというと、そういうわけでもない。何故なら、登場人物たちが決して「若者」ではないからだ。警察学校には、高校を卒業したばかりの人間もいるのだろうけど、本書ではそういう人間はあまり描かれない。大学出というのはいるだろうけど、それ以上に物語に足跡を残すのは、転職組である。元々別の仕事をしていたけれども、何らかの事情で警察官を目指すことにした人たち。そうすると、自然と年齢層もばらついていく。
さらに、警察学校という特殊さが、本書を青春小説にはしない。警察学校は、恐ろしく厳しい規律によって日常が支配されていて、誰もが窮屈さを抱えている。私語が許されていなかったり、罰としてランニングを科せられたりと、プライベートで学生たちが話をするような機会がそう多いわけではない。そういう特殊な環境が舞台だ。
これまで警察小説はそれなりに読んできたし、作中に「警察学校」という文字も出てきたと思うけど、少なくとも僕は、警察学校の描写が描かれる作品というものを読んだことはないように思う。本書を読んで凄く納得したことは、なるほどこのようにして『警察官』や『刑事』が要請されるのか、ということだ。警察の仕事というのは、非常に特殊で、経験がものを言う世界だと思う。なんとなくそれまで警察小説とか読んでても、元からこういう素質がある人が実践に投入されてすぐさま出来るようになるんだろうなぁ、とぼんやり考えていたと思うんだけど、そりゃあそんなわけはないのですよね。警察学校というメチャクチャに厳しい場で、相当に様々な訓練を積み上げていくからこそ、警察官や刑事というのが生み出されていくのだな、ということを初めて実感出来ました。
しかし、警察学校の特殊さは、この一文ですべて表すことが出来るだろう。

『必要な人材を育てる前に、不要な人材を篩い落とす場。それが警察学校だ』

適性がないと判断された者は、すぐに追い出されていく。適性があるように見える者であっても、まったく予想もしなかった方向からグサリとやられることもある。警察官や刑事の世界は、死と隣り合わせだろうし、憧れだけでどうにかなる世界ではないと思っていたけど、警察学校という場から既にそのスタンスが徹底されていて、その雰囲気が凄く伝わってくる作品だった。
本書は、ミステリ的にもなかなか面白い作品だ。
本書で提示される謎の特徴は、解決されるまで謎が何であるのかハッキリしない、ということだろうと思う。どの短編でも、なんとなく気になる出来事や違和感が描かれる。が、それのどれがメインの謎であるのかというのは、読み進めていてもよくわからない。もちろん、それらはつながり合っているわけなのだけど、謎の本質がどこに隠されているのか、というのがハッキリとわからないようになっている。
そして解決と同時に、「なるほど、これこそが謎だったのか!」という、普通のミステリとはちょっと違った驚きがもたらされることになる。昔読んだ京極夏彦の「巷説シリーズ」でも似たようなことを感じたことがあったけど、これはなかなか面白い趣向だと思った。
だからこそ、内容紹介が書きにくくて、どの部分を切り取ればいいか悩んだ。謎がなんなのか分からない、というのが一つの魅力なのだと僕は思うから、謎そのものを明確に提示してしまうわけにもいかない。かといって、謎を描けないと内容紹介はやりにくい。そのバランスは、こうやって感想を書いたりする時には難しいなぁ、という感じがしました。
そしてその謎解きには、風間という切れ者の教官が深く関わっていくことになる。この風間という男が凄いのだ。風間が何を考え、どういう意図で行動をしているのかというのも魅力的な謎の一つだ。風間が何を問題だと捉え、どのようにそれを察知し、そしてどうやって解決(解決と呼ぶには相応しくないものもあるかもしれないけど)に導くのか。その手腕の見事さには惹かれる。
柳広司の「ジョーカーゲーム」というシリーズを連想した。「ジョーカーゲーム」は、<D機関>と呼ばれる、陸軍内に極秘裏に設立されたスパイ養成機関を舞台にした作品で、結城というのが<D機関>を立ち上げた伝説のスパイだ。本書の風間と、「ジョーカーゲーム」の結城には、なんだか近いものを感じる。
警察学校という、これまでなかなか描かれたことのない異色の舞台設定の中で、警察官という特殊な仕事を目指すために集まった者たちの様々な人生が、ミステリの調べに乗せて描かれていく。変わった方向から叩きつけられるように見えてくる謎と、風間という底の見えない男が導く解決が見事に嵌っている作品だと思います。是非読んでみてください。

長岡弘樹「教場」


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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)