黒夜行

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聖なる怠け者の冒険(森見登美彦)

内容に入ろうと思います。
これは、ちょっと昔の話である。
京都に、謎の怪人が現れた。その名を「ぽんぽこ仮面」という。謎の狸のお面を被り、京都の街を跋扈するその怪人は、当初その異様な風貌からよく通報された。しかし、その怪人は、基本的に「いいやつ」だったのである。善行を繰り返し、次第に認知されるようになり、今ではグッズが土産物屋で売られるまでになるほど人気を博している。
探偵事務所を経営している浦本は、ぽんぽこ仮面を捕まえろという依頼を受けていた。しかしこの浦本、生粋の怠け者である。謎めいた奇妙な依頼を引き寄せることに関しては天才的なのだが、調査はほとんどしない。曰く、5割はほっといても解決する、3割は依頼人が依頼したことを忘れる。だから残りの2割に力を入れればよいのだと。そんなわけで、流れに身を任せて、ほどほどに仕事をする男である。
そんな浦本探偵事務所で週末だけバイトをしている玉川さんは、冒険に燃える乙女だ。探偵の仕事に夢みる彼女は、ぽんぽこ仮面を追い詰めるべく奮闘するも、空回りばかりである。
さて、本書の主人公は、怠惰さを追究し、退屈を好むことに掛けては右に出るものなしという堕落した男・小和田である。彼はとある会社で研究員として働いており、先輩社員である恩田さんと、恩田さんとよく一緒にいる桃木さんに、「充実した週末を過ごすために週末を拡張せよ」と尻を叩かれるが、のらりくらりとかわし続けている。研究所の所長は近く東京へと転勤になる。この所長も謎めいた男であり、居住区は誰も知らず、尾行してもまかれるのだという。スキンヘッドという異様な風貌で、厳格な「プロトコル」を守って規律正しい生活をしている異才である。
小和田はしばし前から、ぽんぽこ仮面に言い寄られている。何をか。ぽんぽこ仮面は小和田に、ぽんぽこ仮面を継げと言って追いかけてくる。小和田としては、冗談じゃない。何だってそんな面倒なことをしなくてはならないのか。しかし、ぽんぽこ仮面は諦めない。やがて、探偵所の玉川さんは、ぽんぽこ仮面を捕まえるためには、小和田に張り付いていればいいと悟るが…。
というような話です。
相変わらず森見登美彦は、楽しい小説を書きますなぁ。
相変わらず、ストーリーの展開は、どうでもいいほどくだらない(誉めてます!)。何が起こるかって、特別なにが起こるわけでもないのですよね(誉めてます!)。無間蕎麦っていう蕎麦を延々と食べ続けるイベントが開催されたり、ぽんぽこ仮面が色んな人間に追われたり、小和田が夢を見たりする、というぐらいなもんで、別段何が起こるわけでもない。それでも、京都という土地柄を絶妙に使って幻惑的な雰囲気を醸し出すところ、また怠惰な人間ばかりが登場するのに、これだけストーリー性のある物語を紡ぎだし、あまつさえ怠惰な人間たちが臨場感さえ醸しだしてしまうという、まさに森見登美彦マジックだよなぁ、という感じがしました。さすが森見登美彦です。
本書を一本貫く思想の一つが、「休日の充実」と「怠惰への誘惑」ということになるでしょうか。つまり、仕事をしていない時を活動的に過ごすべきか、あるいは退屈に飲み込まれるようにして過ごすべきか、という、実にくだらない激論がベースにあって、この物語が成り立っています。
本書に登場する人たちは、それぞれ、ちょっと違った考え方を持っている。
もっとも休日を充実させているのは、恩田さんと桃木さんでしょう。この二人は、週末毎に分刻みの遊びの予定を立て、それをアクティブに実行していく、という生き方をずっとしています。彼らは、小和田に自分たちのような休日ライフの素晴らしさを教えたいと日々誘うのだけど、小和田は乗らないことも多い。
所長と玉川さんは、冒険を求めている。冒険こそが、人生を豊かにしてくれる、と信じているわけです。これは、恩田さんと桃木さんとちょっと違うと考えていいでしょうか。恩田さんと桃木さんの場合、スリリングな体験でなくても、とにかくスケジュールがキツキツに埋まってさえいれば満足であるのに対して、所長と玉川さんは、そうではなくて、退屈な時間があってもいいから、日々の中でドキドキさせてくれるような体験を追い求めている、と言えるでしょう。
そして、小和田と浦本の二人が、怠惰こそ正義、という世界の中で生きているわけです。退屈を愛し、いかにだらけた日常を過ごせるかどうか。彼らにとって日常の価値は、そんな基準で判断されてしまうのです。
この、三者三様の在り方が、そこかしこで議論の的になり、物語を展開させるエンジンとなり、状況を混乱させる罠となります。
本書の中で一番凄まじいのは、やはり小和田でしょうか。なにせこわだ、「筆者」から本書の「主人公」であると言い渡されているのに、なんと物語の中盤はほとんど寝ている、というていたらく。小和田は、「休暇の国」というところへとトリップしてしまうのだ。

『そこは時計もカレンダーもない、果てしない休暇が続くという伝説の国である。偉大なる「退屈王」がなんとなく支配しているというその最奥の地には、時間というものが掃いて捨てるほどあって、凡人にはしのぎきれないほどのおびただしい退屈がはびこっているという。我々の世界における休暇というものは、このふしぎな王国が投げかける「世界」に過ぎない』

凄い場所だなぁ。僕なら退屈過ぎて死んでしまうかもしらん(笑)主人公が、物語が展開している最中に寝ちゃうなんていうのは、ちょっと斬新過ぎるなぁ、という感じがしました。それでも物語が進んでいくんだから、結局小和田は主人公じゃないんじゃないか?みたいな。
さて、本書のような世界の中では、どちらかと言えば、小和田や浦本のような人間の方が「普通」だ。特に、ぽんぽこ仮面を追いかけることになる面々は、アホ全開っていう感じで面白いです。くだらないことにうつつを抜かし、どうでもいいことにエネルギーを使い、そうやってどんどんと自分の首を締めていくような人たちが物語を転がしていくのだけど、本当にその展開の壮大さには相変わらず驚かされる。本書も、後半になると、あれ?この作品って、そんな壮大な話だっけ?と思わされてしまうことでしょう。
とはいえ、壮大過ぎて想像がついていかない部分もありました。僕個人の問題なんですけど、小説を読んでも頭の中にイメージが浮かんでこないというか、想像力に欠けているので、特に後半色んなところで、ガチャガチャと様々に変化したり、非日常感が演出されたりする場面では、僕の頭はついて行けないなぁ、と思わされてしまいました。
あと、擬音語のようなものをかなり多用していて、それがまた変わった雰囲気を醸し出していて面白い。「ねたねた」「うごうご」「ぷつぷつ」「モガモガ」というような擬音語が頻繁に登場し、しかも、初めて目にするような擬音語でも、違和感なく理解できてしまうようなそういう面白さもあります。
アホらしさ全開で展開されていく物語で、怠惰な人間たちがただ怠惰に過ごすだけの物語であるのに、臨場感満載です。やっぱりこういう世界観は、森見登美彦いしか紡げないよなぁ、と思わせてくれます。是非読んでみてください。

森見登美彦「聖なる怠け者の冒険」


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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)