黒夜行

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ブラッド・スクーパ(森博嗣)

内容に入ろうと思います。
本書は、「ヴォイド・シェイパ」に続く、シリーズ第二弾。
都で知らぬ者のなかったというスズカ・カシュウという剣豪。彼は晩年山にこもり、そこで一人の子供を育てた。
それが、ゼンである。
カシュウは死に、ゼンはカシュウの遺言通りに山を下りた。山でのカシュウとの二人だけの生活しか知らないゼン。里に下り、今まで見たことのなかったものを見、人と関わり、そうやって日々新しい世界に触れていく。
ある晩を掘っ立て小屋でやり過ごしたその朝。表で人の争う声。話からすると、無銭飲食をした浪人にお金をやってお引き取り願っているところらしい。奇妙な状況だ。
ゼンは、気配を悟られたつもりはなかったが、そのお金をやっている男に気づかれた。彼はクズハラと言い、近くの村で道場を開いているという。
なんとはなしに村に立ち寄り、そこで一晩宿を借り、そうしてゼンは、その村の窮地を知ることになる。
すべては、「竹の石」という、村の庄屋に伝わる秘宝が発端であるようだ。その竹の石を狙う者がいるという。それを守るために加勢していただけないか。庄屋の娘であるハヤそう頼まれてしまう。
一処に長居するのは得意ではない。とはいえ、行きがかりもある。ゼンはしばしその村に留まり、竹の石を狙うものを警戒することになるが…。
というような話です。
ヴォイド・シェイパ」の方の感想でも書いたけど、「スカイ・クロラ」シリーズのような静謐さを持つシリーズです。物語の舞台も、設定も、何もかも違うのだけど、生と死の境目が僕らが生きている世の中よりももっと曖昧で、生きることに、そして死ぬことに、いずれも特別な意味などないというような世界観の中で、ベクトルを持たない者たちの彷徨を描き出すような、そんな作品だと思います。
読んでいると、生きること、死ぬことについて考えさせられるように思う。
カシュウとたった二人での世界で暮らしていたゼンは、知らないことがとても多い。だからこそゼンは、里に下り、あらゆるものを見、あらゆる人と話をする中で、山ほどの疑問が浮かぶことになる。
冒頭でもゼンは、「人間以外の動物にも、心というものがあるのだろうか」と疑問を浮かべる。犬や馬はどうだろうか?植物はどうだろうか?そしてその疑問の先に、そもそも人間も心を持っているのか?と自問する。
それはやがて、生きること、死ぬことへの不思議さへと繋がっていくことになる。
この疑問は、本作(あるいは本シリーズ)で共通のものではないかと思う。
例えばゼンは、人を斬る。ゼンは、人を斬りたくはないのだが、仕方なく斬ることもある。その時も、考える。何故人は生きているのか。死んでいる状態と何が違うのか。
それは、その時代を生きる、ほとんどの者が考えもしない疑問だ。多くの者は、生きているから生き、死ぬ時が来るから死ぬ。朝起き、仕事をして、夜寝る。その繰り返しだ。それを見てゼンは、人間にも心があるのか、と考える。植物や動物と、何が違うのだろうか、と。
僕らも、なんとなく生きているはずだ。自分がここにいる理由を考えることは稀だろう。そんなことを考えなくても前に進めてしまうのだ。躰が、そういう風に動く。太古からのプログラミングなのか、あるいは生まれてからの学習なのか、人間は、生きるために動くことが出来る。何故生きるのかということを考えなくても、前進することが出来る。
ただ、時々不思議だ。僕は時々考える。例えば、世界に自分一人しか人間が存在しないとして、その世界で自分が生きていることと死んでいることは、何か差があるだろうか?
特にないのではないか。僕はそう思う。つまりそれは、僕にとって「生きよう」という欲求が、他人の存在があって初めて成立しうるものだということではないか。
それでも人は、自分一人であっても生きていたいものだろうか?不老不死になって、知っている人間が次々に死んでいくのを目の当たりにするような人生でも、それでも永遠に生きていたいと思うだろうか。
僕にはわからない。
僕は今、「死ぬための労力を費やすことがめんどくさい」「死んだら悲しむ人がいるのかもなぁ」という、誠に消極的な理由でしか生きていない気がする。もちろん、そんなことはないように見えるかもしれないけど、僕にとってそれ以外のすべては、全部暇つぶしだ。生きているから、仕方ないから暇を潰さないといけない。そういう、まあ後ろ向きな生き方をしている。
たぶんだから、生きている状態と死んでいる状態は、僕にとっては大した差はないんじゃないかという気がする。他人にとっては、ちょっとした違いはあるかもしれないけど。
そういうことを、時々考える。森博嗣の小説を読んでいると、そういう自分の思考が、かつてそういう思考をしたなという記憶が、脳内からぼんやり浮かび上がってくるような感じがする。
ゼンにとって「生きる」とは何だろう?
カシュウが生きている頃は、たぶんそんな疑問を抱くことはなかったはずだ。生きているという状態が当たり前すぎて、カシュウという存在が絶対的すぎて、きっとそんな風に思うことはなかったはずだ。しかし、カシュウは死に、そこで初めてゼンは考えた。今までは、カシュウという名の馬に乗って前進していたようなものだ。しかし、そのカシュウはもういない。進む速度も、進む方向も、自分で決めなくてはならない。
そうなって初めてゼンは、「生きる」ということに疑問を持ったのではないか。
ゼンには、旅の目的はない。一応都を目指しているようだが、そこに目的があるわけでもない。ゼンは、里に下り人と関わることで、少しずつ弱くなる。一人が、一番強いのだ。竹の石をどう守るかを考えていたゼンは、そう思考する。味方がいるから弱くなる。しかしその弱さは、ゼンに新しい視野を与える。それまで見えなかった世界を見せる。それが、ゼンの思考を刺激する。考えるな、真似るなとカシュウは教えた。しかし、それはなかなか難しい。
庄屋の娘であるハヤが、実に素晴らしい。
ハヤは、好奇心旺盛で、勉強熱心で、学者になりたいとずっと思っていた。女であるという理由でどうにもそれは叶わなそうだが、しかしその聡明さは見事だ。
僕は、自分の言葉を持っている人が好きだ。自分の頭で考えて、自分の内側から出てきた言葉を口に出すことが出来る人が好きだ。借り物の言葉しか話せない人には、あまり興味が持てない。
ハヤは、自分の言葉で語ることが出来る。素晴らしい。ゼンは、知識はないが止めることの出来ない思考によって世界を捉えようとする。そんなゼンが繰り出す様々な疑問を、ハヤはきちんと受け止め、自らの思考によって導き出した考えを話す。ゼンとハヤの会話は、とてもいい。なんとなく、S&Mシリーズの犀川と萌絵の会話を連想させる。世界を捉える網は、どんな場所にでも張ることが出来る。決められた場所にしか網を張ってはいけない、と思い込んでいる人には、彼らの抱く疑問をそもそも受け止めることすら出来ないかもしれない。それこそ、ノギのように。ノギはゼンの疑問に対して、「いいじゃないですか、べつにどうだって」と返す。とはいえ、ノギのキャラクターも、決して嫌いではない。ハヤの方が、圧倒的に好きだ、というだけだ。
僕らは、見たいものを見たいようにしか見れないし、聞きたいものを聞きたいようにしか聞けない。普通に生きていれば、どうしてもそうなる。だから、色んなことを知ろうと努力していても、自分の中の「見たい/聞きたい」という枠組みを抜け出すことがなかなか出来ない。そもそも「見たくない/聞きたくない」と思っていることは、視界に入っても見えないし、耳に届いても聞こえないのだ。
さらに僕らは、色んな常識に囲まれて生きている。「こうであるべきだ」「こうでなければならない」「そうなるはずがない」というような思い込みが、僕らの視野を狭めていく。社会の中で生きていく以上、それは不可避だ。そういう、閉ざされた世界の中でずっと生きていくという選択も、きっと悪くはないのだろう。でも、僕は嫌だ。
そこから抜け出すためには、思考の力を借りるしかない。意識して、目の前の光景に対して疑問を抱く。わかりきっている、と判断してしまいがちなことに対して「わからない」と思ってみる。
ゼンは、自然体でそれが出来る。それは、ゼンが社会の中にいなかったからだ。作中に学者が出てくるが、彼は、人間が泣くのは周りの人間のマネをしているからだ、と主張する。

『子供は大人を見て、こういうときには悲しいのだ、悲しいときは、あのように泣くものだ、と覚え、それを真似るのです。人間が生まれながらに持っていた性ではない。ですから、ほかに大人を見ず、ただ一人で育った子供がいれば、その子は、悲しむことを知らない。泣くこともないかもしれない』

僕らはもう、こういうことを忘れている。「悲しい」時は、自分の内側からそれが悲しいのだ、と思っている。しかしそれは、学習の成果かもしれない。「そういう時は悲しむものなのだ」という社会の常識に捉えられているだけかもしれない。決してそれは悪いことではない。学者は同じくこう説く。

『人間として満たされている状態とは何かといえば、それは結局、村の中で、その集団の中で、皆と同じように振る舞う術を知っているというだけのことだ』

その通り。そうやって僕らは社会を形成してきたし、ずっと生きてきた。だから、それが悪いわけじゃない。でも、僕は嫌だ。「そうなっているからそうなのだ」という理屈を、圧力を、時々でいいからどうにか超越したい、といつも思っている。

『生来、人の欲望というのは、自分で勝手に築いた妄想に対して抱くもの。実の価値などないことに気づかない。気づかない者どうして争うのです』

人間とは、愚かな生き物だ。争いは絶えないし、欲望に限りはない。「そうなっているからそうなのだ」という価値観は、疑いなく浸透しているが、時にそれは醜悪で恐ろしいものになる。その醜悪さに、恐ろしさに、僕は気づける人になりたい。

『なにかを信じることは、自分が自分の思うようになるという希望の道筋だと思います』

『この道を行けば、きっと自分は自分の望みとおりになれる、そういう道を歩くことが、ものを信じること。それは、たぶん、今の苦しさを少しでも和らげて、なんとか生きていく方法ではないかしら』

醜さの中に希望を見出すのも、また人間だ。そういう人間でありたいものです。
静謐な世界観が大好きです。是非読んでみてください。

森博嗣「ブラッド・スクーパ」


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10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
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小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
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13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
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18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
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コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
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2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
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5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
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1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

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17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
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