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眼球堂の殺人(周木律)

内容に入ろうと思います。
本書は、メフィスト賞を受賞した新人のデビュー作です。
十和田只人という天才数学者がいる。彼は非常に変わった男で、若くして数学上の難問に解答を与えたのだが、その後失踪。やがて彼は、ほとんど物を持たないまま世界中を放浪し、行く先々で様々な数学者と共同研究をしている、ということが明らかになった。定住先を持たず、また私有財産を煩わしいと感じる十和田は立派な変人だが、社会性がないというわけでもない。
そんな十和田を追い掛け回しているルポライターがいる。陸奥藍子である。ルポライターの端くれとして色んな仕事をこなしながら、同時に、世界中を放浪し続ける十和田にくっついて回っている奇特な女性だ。彼女は、十和田に関するノンフィクションを出版することを目標にしているのだ。
ある日、定住先を持たない十和田の元に、まるでそこにいることを知っているかのように招待状が届く。送り主は、世界的な建築家として知られる驫木煬である。驫木は、非常に優れた建築家なのだが、その一方であらゆる学問の頂点には建築学が聳え立つのだ、という持論を持ち続け、あらゆる人間に議論や喧嘩を吹っかける変人でもあった。その、建築学優位の思想はいっそ病的なほどだが、類まれな才能の前ではなかなか事を荒立てることが出来ない、というのが多くの人の本音だ。
驫木は十和田を、私財の大半をなげうって建設した屋敷に招待したい、ということのようだった。
基本的に人との関わりを強く望むわけではない十和田は、しかしその招待を簡単に受ける。十和田の目的は驫木ではなく、驫木の子供だと言われている天才数学者・善知鳥神である。行けば善知鳥神と共同研究が出来るのではないかと期待して、日本への帰国を決断したのだった。そして藍子も、招待されているわけでもないのに屋敷に押しかける決意をし、山奥にある驫木の屋敷を訪れたのだった。
それは実に奇妙な建物だった。
出入口は一つだけ。明暗がくっきりと別れる円形の回廊と、鍵はないが二重扉になっている各部屋の扉。吹き抜けの先にそびえ立つ様々な形をした塔。奇っ怪な意匠を凝らした幻惑的な空間に戸惑う二人。
「眼球堂」と名付けられたその屋敷に招待されたのは、世界中から集められた天才たちだった。精神医学者の深浦征二、世界的に注目される美人画家である三沢雪、ノーベル賞を受賞した物理学者である南部耕一郎、辣腕を振るう政治家である黒石克彦。あとは、眼球堂の使用人である平川正之と、建築雑誌の編集をしている造道静香である。
驫木による挑発的な議論が繰り広げられ、そこで驫木と南部が舌鋒鋭くやり合う。やはり噂通り、建築学以外の学問を隷属しているかのような主張を繰り広げていく。驫木が食堂からいなくなるや、残った面々は、自分たちがどうしてこの屋敷に呼ばれることになったのか、ささやかに議論を交わす。
翌日…。
というような話です。
これは実に見事な作品でした!本格ミステリとか、本当に久々に読んだ気がするけど、この作品は非常にレベルが高いな、と感じました。まあ、本格ミステリファンってのは、僕なんかより遥かに本格ミステリを読んでいるわけで、そういう人がどう感じるのかはわからないのだけど、僕ぐらいの、本格ミステリそこそこ読んでる(読んでた)人には、相当面白く読めるんじゃないかなと思います。
こういう表現が正しいのかわからないけど、古き良き本格ミステリ、という感じがします。警察が来られない環境の中で殺人事件が起こり、そこで推理が繰り広げられる。さらに本書は、いわゆる<館もの>という作品で、特殊な構造を持つ建物を舞台にしています。その屋敷に天才たちが集められるというのも、様式を踏まえているなぁ、という感じがしますね。
本格ミステリは人間を描けていないことが多い、なんていう話がよくあって、まあ確かにそう感じることもあったりするんですけど、本書はキャラクターも非常に面白いし、きちんと描かれているなという感じがしました。展開も謎もキャラクターも、全体的に非常にレベルが高くて、これが新人のデビュー作っていうのはなかなか凄いなぁ、と思いました。
とりあえず、謎やトリックの部分に関してはやっぱりほとんど触れられないので、さらっと書きます。トリック的なものは非常に面白いと思ったし、よく考えたなと思いました。本格ミステリの世界では確か、<物理トリック>(その反対は、<心理トリック>かな)はもうほとんど出尽くされてしまっているだろう、なんて考えられていると思います。例えば、『密室にする』という手法についても、過去連綿と様々なアイデアが生み出され、分類され、なかなか新しいトリックを生み出すことは難しくなっていると思います。
そんな状況の中で、敢えて<物理トリック>で挑戦しているというのが素晴らしいと思いました(館モノでかつ建築家が物語の中心にいるから、<物理トリック>だ、ってことぐらいは言ってもいいよね)。
トリックそのものの壮大さは圧巻だし、「眼球堂」という設定を隅々まで巧く使っているのではないかな、という感じがしました。まあちょっと個人的には、「眼球堂」というのが【人を殺す目的で作られた建物だ】という点が残念かなと思いましたけどね。そういう設定にしちゃったら、割と何でも出来ちゃうかな、みたいに思ったりはしました。もちろん別に、何でも、は出来ないんだけど、可能なんであれば、殺人とは別の目的があって作られた機能を、巧いこと殺人に利用したんだ、的な設定の方がベストだっただろうなぁと思いました。まあ、相当難しいでしょうけどね。
あと、最後まで読んだ人はこの文章をきっと理解してもらえると思うんだけど、【あの処理】が素晴らしいと僕は感じました。【あの処理】は、巧くやらないとアンフェアになってしまうと思うんだけど、本書の中では、なかなかアクロバティックな手法(先例があるのかどうかは知らない)でアンフェアになることを回避してて、狙っていたのかたまたまなのかは分からないけど、これは本当に巧く処理したな、と個人的には思いました。
というわけで、謎とかトリック的なことを書いてみました。
本書が素敵なのは、謎とかトリック的なことだけではありません。
まず、登場人物たちがする議論や会話が非常に面白い。
天才ばかりが集められている、という設定を考えても、その天才をうまく描くことができない作品っていうのもあると思うんだけど、この作品ではなかなか巧く描けていると思います。というか、著者が博識だなぁ、っていう感じですね。数学だけではなくて、集められた天才たちのそれぞれの学問分野について、高度(に見える)議論を展開させられるだけの素養を著者が持っているのだなと感じました。
例えば僕は、こんな文章に感心させられたりするんですね。

『まったく畑違いにも思える画家と心理学者だが、人の心に浮かび上がるものを扱うという点では、興味の対象は一致しているとも言える。方や心象の作り手、方や心象の解き手であり、相性が良いのだ。』

画家を「心象の作り手」、心理学者を「心象の解き手」と表現して対比させる、っていうのが巧いなと思ったのでした。本書にはそういう、著者が博識なんだろうなと思わせる描写が結構あって(とはいえ、それがストーリーの中で浮いている、著者の自慢の垂れ流しになっている、というのではなく、作品にうまく馴染んでいると思うんですけど)、僕は結構好きでした。
本作中ではやはり、建築学の優位性を巡る議論が一番激しいでしょう。

『建築学とは実に深遠な学問だ。思想、工学、芸術のすべてを人々の実用に供することを前提としている。だからこそ建築は他に比して一つ抜きん出た多様性と進歩性を有するのだ』

これは驫木の言葉だけど、彼は心の底から本当に建築学の優位性を信じている。そしてそれは、作品の中で重要な要素として立ち現れることになるんだけど、個人的にはやっぱり、建築学に優位性があるという主張には、ちと頷けないものがあるなと思いました。
僕の主張としては、あらゆる学問は確かに「人間」が行なうものだけど、「人間」の存在がなくなれば世界に存在する必然性が消えてしまうものに優位性があると思えないのですね。芸術や建築はまさにそういうタイプでしょう。人間がいるからこそ、それらは存在価値を持つ。でも、例えば物理であれば、人間がいようがいまいが天体は回転し続けるし、どこから水が氷に変化する。そういう風に捉えて僕は、人間の存在がなくなれば世界に存在する必然性が消えてしまう建築学の優位性を否定したいと思います。
とはいえ、読んでいればわかるけど、著者が建築学の優位性を信じているわけではないと思うんですね。議論は、やっぱり結構無理矢理かなっていう気はしました。まあそりゃあそうでしょう。あらゆる学問において、建築学が最上であるという主張は、やっぱりちょっと無理がありそうですしね。
数学者である十和田がメインで描かれているために、数学の話がちょくちょく出てくるんだけど、数学の話はやっぱり面白いです。僕としては元々知っている話が多いわけなんだけど、でも、「なるほど、この場面でその数学の話を持ってきますか!」というような感動がある。まさか殺人事件の謎解きの過程で、「エウクレイデスの五つの公理」の話を絡めてくるとはとか、遠目からではある情報を判断できない状況に対して、「詩人と物理学者と数学者」っていう有名な話を持ちだしてくるとか、そういう、ストーリーと無関係に数学を絡めてくるんではなくて、ストーリーの中に巧く収まるように数学の話が持ちだされてくるのが巧いなと思いました。様々な分野に博識ではあるけど、特に数学が好きな著者なのかな、と思いました。
あと、本書を読み始めてすぐに、ちょっとニヤニヤしてしまいました。それは、読み始めてすぐに、あぁ十和田のモデルはエルデシュなのか、と分かったからです。
本書の参考文献の一つに、「放浪の天才数学者エルデシュ」っていう本が載ってるんだけど、まさにこのエルデシュこそが、定住先を持たず、世界中を放浪し、世界中の数学者と共同研究をして膨大な業績を残した数学者なのです。ぼくも「放浪の天才数学者エルデシュ」って本を読んでたので、読み始めてすぐに解りました。まさかエルデシュをモチーフにした登場人物が出てくるなんてと、ちょっと面白かったです。
謎解きやトリックの部分にはほとんど触れられないので、いつも本格ミステリ作品の魅力を文章で伝えることには苦労させられますけど、本書は謎やトリックだけではなく、天才たちによる議論や、数学の奥深い話なんかがかなり面白く描かれている作品です。クローズドサークル内に天才たちが集められる、という設定は、西尾維新のデビュー作(これもメフィスト賞受賞作ですね)「クビキリサイクル」と近いですけど、大分違う印象を受ける作品です。「クビキリサイクル」では、天才を「理解不可能な存在」として描くけど、本書では「理解可能な範囲に留まってくれている存在」として描かれている感じがしました。本格ミステリ作品を久々に読みましたけど、久々に読んだ作品が大当たりで素晴らしいと思いました。実にクラシカルな、古き良き本格ミステリという感じがしますけど、作品自体が古臭いとかそういうわけではありません。是非読んでみてください。

周木律「眼球堂の殺人」


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11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
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13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
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小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
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6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
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11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
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14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
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コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
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13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
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1位 千早茜「からまる
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番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)