黒夜行

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ポイズン・ママ 母・小川真由美との40年戦争(小川雅代)






内容に入ろうと思います。
本書は、共に名優であった、小川真由美と細川俊之の娘である著者が語る、小川真由美の「母親」の部分を「告発」する内容になっています。著者は、宗教にハマり、また人の言うことをまったく聞かず、すべて自分の思い通りにならないと気が済まない(というか、すべて自分の思い通りになって当然だと思っている)母親の支配され、それが「おかしいことだ」と自覚することもなかなか出来ず、「これが普通なんだ」とずっと思いながら、恐ろしくしんどくて絶望的な環境にずっとい続けた、その衝撃の記録です。
僕は、小川真由美という女優のことは知らない。本書では繰り返し、母親は女優としては凄かった、と書かれている。恐らくそうだったのだろう。元々文学座で杉村春子に可愛がられ、そのままスターダムにのし上がっていったようで、まったく世間知らずのままにスターになった。別に有名になりたかったというわけでもなく、純粋にお芝居がしたい人だったようだ。しかし、チヤホヤされるようになり、また怪しい宗教にハマるようになり、女優以外の部分での小川真由美は、完全に破綻しきっていた。しかしそれでも、小川真由美の周囲にいる人間はおべっかを使うし、仕事を得るために嘘もつく。そのために、著者がないがしろにされ、疑われ、酷い扱いを受けることは頻繁だった。
著者はまえがきで、こんな風に書いている。

『幼いときの親からの影響はとても大きいものです。やった方は自覚がなくても、やられた方には決して消えない傷が残ります』

『親や周りからの極度の無理解、DV、怪しい宗教、無気力、自殺未遂、パニック障害、鬱に苦しんだ私の経験が、いま同じように親子関係で苦しんでいる若い子たちの、何かしらの参考になって役に立つ事が出来れば嬉しいと願っています。』

『そしてもう一つ、母が生きているうちに発表する事にしたのは、私の中に今でも、「出来れば平穏無事なごく普通の親子関係を取り戻したい」という気持ちが強くあるからです』

本書を読み終えた今、著者がこの本をどうしても書かなければならなかった理由が、凄く伝わってきた。もちろん、「自分の経験が誰かのためになることを願う」という気持ちも強くあるだろうし、実際に本書のお陰で救われる人もいるかもしれない。でも、何よりも本書によって救われるのは、著者自身だろうと僕は感じた。この本を書くことで、著者の中で「母親」というものを「殺す」ことが出来たのだろうと思う。自分をずっと苦しめ続けてきた巨大な存在を、消し去ることは出来ないにしても、その存在を出来る限り小さくすることが出来たのだろうと思う。それぐらい本書には、あらゆることが赤裸々に書かれている。僕には、女優・小川真由美のイメージはない(「八つ墓村」とか「積木くずし」とかに出ているらしい)。だから、女優・小川真由美とのギャップを感じることは出来ないけど、そんなギャップなんて必要ないくらい、小川真由美は狂っているし、異常だ。女優・小川真由美のイメージを持っている人であれば、そのギャップに驚かされるのではないだろうか。
そしてだからこそぼくは、「普通の親子関係を取り戻したい」という欲求に驚く。これだけ酷いことをされて、子供の頃にされたことまで鮮明に覚えているというのに、それでもまだこの母親と普通の親子関係を期待している。その言葉を、嘘だと思っているわけではないけど、なかなか僕には信じがたい。いや、これは、僕が人間として冷たすぎるというだけのことなのかもしれないのだけど。
著者は、どれだけ酷い境遇に置かれていても、その話をほとんど誰にも話さなかったという。理由は明快だ。

『母の理不尽を、他の身近な大人に言いつけなかったのには理由がある。たとえ勇気を出して少し話しても、「あの大女優がそんなことをするはずがない」と信用してくれないせいだ』

『全ては私の被害妄想で、よくある「親が忙しすぎて、淋しくて注目されたいから出た虚言癖」とほとんどの人が思うようだった』

これは辛い。子供が、自分の言っていることを誰も信じてもらえない、という経験は、凄く辛い。そしてこの著者は、結局そういう環境の中で40年近くも生きていくことになるのだ。よく耐えられたものだと思う。物心ついた頃からそういう環境にいたから、あらゆることが麻痺していたという部分もあるだろう。芸能界という「ちょっと普通ではない世界」にいる人達ぐらいしか周りに大人がいなかった、ということも大きかったかもしれない。それにしても、凄まじい忍耐力だと思う。
本書はとにかく、著者が物心ついた頃から41歳になるまでの、母親(や周囲の人間)との壮絶な闘いが描かれていく。それは、どの場面を切り取っても、壮絶としか言いようがない。ここまで言葉の通じない人間がいるのか、という驚きもあるし、その言葉の通じない人間に支配され続けたまま生きていけるものなのだという驚きもあるし、そういう関係性がずっと継続出来てしまう環境にも驚かされる。
著者と母親がどれほどハチャメチャな親子関係の中で生きてきたのか、それは是非とも本書を読んで欲しいのだけど、少しぐらいは書いてみようと思います。
まず、帯には、本文からこんな文章が抜き書きされてる。

『だんだん、誰も帰って来なくなった。
一週間単位で放置されることも珍しくなかった。
何も食べていないせいで、体がシビレてもうダメだと思った。
帰ってきた母は、「3日前は食べたの?じゃあまだ平気よ」と言い放ってまたどこかへ行った。』

この飢えに関する話は凄すぎて、こんな場面もある。

『缶詰や煮干しや梅干し、非常食も食べつくし、大量にあった犬の餌を食べてみたが不味かったので、これはもう罪にならないだろうと、コンビニでおにぎりやサンドイッチを万引きして食い繋いだ。でも罪悪感にかられ、一個返しに行ったことがある。
それもだんだん面倒になり、寝ていることが多くなった。寝るのが一番カロリーを消費しないことに気付いた。最高5日~7日間寝ていた。』

これはもう、育児放棄と行っていいレベルだろう。結局それは、付き人との誤解(いや、違うか。これは犯罪というべきだな)によるものであって、小川真由美に育児放棄の意識はあまりなかったかもしれないのだけど、しかしそれにしても、と思う。
また、占いを頼りに何度も引っ越しをさせられたり、母親が運転する車に足を轢かれたのに爆笑されて終わったり、やってもいないことを「やっただろ!」と延々と問い詰められたり。他にももっと色々凄まじい状況に置かれているのだけど、よくもまあ耐えられたものだと思う。凄いとしか言いようがない。
さらにその後、仲良くしていた別の人からDV的な扱いを受けたり、離婚して時々会うだけになっていた父親から心ないことを言われたりと、とにかく味方がまったく周りにいない状況の中で、どうにか孤軍奮闘する。人生のところどころで、支えになってくれたり、ちょっとした手助けをしてくれたりする人が現れて、どうにかその細い線を繋いでいくようにして著者は生き延びる。「生き延びる」という表現がまさに適切で、何か一つでも欠けていたら、著者は今日まで生きていなかったかもしれない。
オウム真理教による地下鉄サリン事件が起こった時、著者はこう思ったという。

『オウム真理教事件が起きて、報道で「洗脳」という言葉が一気にメジャーになり、
「私も母に洗脳されていたのだ」
とその時ハッキリ気づいた。自分でも何だかよくわからず、子供の頃かの出来事を人に説明するのも難しかったけれど、これに照らしあわせて考えれば理解できそうな気がした』

まだ、「洗脳」という言葉が一般的ではなく、著者は自分が置かれた状況をきちんと理解することは出来ないでいたのだ。また、かなり重篤な鬱状態に陥ったことに関しても、こんな風に書いている。

『今のようにネットで簡単に情報を手に入れられないし、病気と言えば肉体だけのもので、精神の方の「鬱」という病気があること自体よく分かっていなかった。
「こんな気分になる自分は弱くて、人は受け入れてくれないんじゃないか?」
とひとりで悩んでいたせいで、より悪化したのだと思う。』

今ではそういう知識は割と広まったと思う。広まったが故の弊害も様々に出ているようだけど(新型うつ病と呼ばれているものも、その一つじゃないかと思う)、こうやって一人で苦しんでしまう人がいることよりは、どんどん知識は広まった方がいい。
今でこそ、「鬱の人には頑張れと言ってはいけない」というのは結構常識的な知識として広まっているのではないかと思う。著者も、病院で鬱と診断されたので、母親に、鬱病に関する一般的な知識が書かれたパンフレット一式を郵送した。その後母親から来たメールには、「気合よ、気合!頑張って!」と書かれていたそうだ。「母は私を破滅させたいのだと感じた」と書いている。それぐらい、話が通じないのだ。
著者は、自分のような体験をした人に、こんなアドバイスを書いている。

『若い人たちにアドバイス出来るような身分ではないけれど、もし、多感な少年少女時代、大人に理不尽に虐げられて、心が押しつぶされそうになったら、外部の誰でもいいから、ホノボノした温かい家族を捕まえて、なるたけ一緒に過ごすことを勧めたい。
「心温まる想い出」の既成事実を沢山作ってしまうのだ。これが、それからどんなに最悪な事態になっても心を壊さないようにするコツだと思う』

きちんとしたデータを持っているわけではないけど、今の時代は、昔の時代よりも遥かに、親との子の間でのトラブルが増えているのではないかという実感がある。子供にとってはなかなか生きにくい世の中ではないかと思う。しかも、都会に住んでいればいるほど、近くに助けを求められる大人がいなかったりするだろう。近くに大人がいても、子供の話をきちんと聞いてくれなかったりするかもしれない。そういう中でも、どうにか生きていかなくちゃいけない(死にたくなければ)。本書は、具体的にどうすればそういう親に対処出来るのかが書かれているわけではない。けれども、「これほど壮絶な環境の中でもどうにか生きてきた人がいるということ」、そして「おかしな親というのはやはりいるのだ。もしかしたら自分の親もおかしいのかもしれない、と思考する余地を与えてくれること」は、本書の一番大きな要素ではないかと思う。
今辛い環境にいる人には、このブログや、本書の存在はなかなか届かないかもしれない。でも、僕は書きたい。今生きている環境が辛すぎる人。とにかく、一刻も早く逃げてください。
芸能界という特殊な環境ではあるけれども、親と子の関係という意味では普遍性があって、程度や状況の差こそあれ、多くの人に関わってくる話ではないかと思います。是非読んでみてください。

「ポイズン・ママ 母・小川真由美との40年戦争」


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2013年の個人的ベストです。

小説

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3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
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5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
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9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
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19位 奥泉光「黄色い水着の謎
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新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
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小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
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2011年の個人的ベストです
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1位 千早茜「からまる
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5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
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8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
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新書
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番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)