黒夜行

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真剣師 小池重明(団鬼六)

内容に入ろうと思います。
本書は、掛け将棋(賞金を掛けあって戦う将棋)で生計を立てていた真剣師であり、「新宿の殺し屋」と呼ばれるほどの腕前を持つ将棋指しであり、アマ名人に二度輝き、プロも次々と打ち倒すほどの実力がありながら、破滅的な性格と生き方のためにボロっかすの人生を歩んで死んでいった小池重明という一人の天才を描いた評伝です。
ちょっと前に、大崎善生「赦す人」を読んで、本書に興味が湧いた。
「赦す人」は、将棋を題材にしたノンフィクションを描く大崎善生が、団鬼六を題にとって描いたノンフィクションだ。団鬼六と将棋は、詳しくない人には接点がないように思えるかもしれないが、団鬼六は元々将棋の実力も並ではなく、棋界の著名人とも昵懇であり、さらに晩年は「将棋ジャーナル」というアマ将棋連盟が発行していた赤字雑誌を買い取り発行していたというほどの人物である。団鬼六は、『日本一将棋に金を使った将棋ファン』と呼ばれているという。
その団鬼六が小池重明と関わるようになったのは、小池重明の晩年も晩年、死の間際のことであった。
将棋界から追われ、名古屋の飯場で2年間土方として真面目に働いていた小池だったが、さすがにそんな人生に嫌気が差し、東京へと舞い戻ることになる。そこで、将棋ファンである団鬼六を当てにして取り入り、団鬼六に散々迷惑を掛けながらも、団鬼六が小池を追放するために設定した幾度の勝負で圧倒的な強さを誇る。当時小池は、2年以上将棋に触れていない、かたや対戦相手は脂の乗り切ったアマ名人であるとか、プロの奨励会員であるとか、とにかく現役の棋士である。そんな相手に、対戦の前日まで飲み歩き、酒が残った状態でやってきて、あっさりと勝利をもぎとっていくのである。
しかし、生涯三度目の人妻との駆け落ちをしでかし、直後に吐血、それから間をおかずに帰らぬ人となった。
団鬼六自身が関わった期間は短い。しかし、小池重明という類まれな才能と破滅的な性格を兼ね備えた人物に、やはり惹かれる部分もあったのだろう。小池自身が残した生い立ちなどを綴った文章や、かつての将棋仲間からの話、そして恐らくある程度の創作も含みつつ(先に名前を出した「赦す人」の中で、団鬼六は、面白ければどんな風に書いてもいい、と豪語しており、実話として描いていることでも創作が自然と混じると言っている)、小池重明という異形の人物の生涯を見事に描き出している。
小池重明について著者が評している文章をいくつか抜書きしてみよう。

『人妻との駆け落ち歴三回、最後は奪った女を他人に奪われて、ハイ、それまで、といった風に四十四年の短い生涯を投了してしまった感じであり、彼のそうした女性に対する熱情は計算の伴わない賭博のようなものであった。しかし、いずれの恋愛においても彼は純粋であった。人間としては出来損ないであったが、その出来損ないにできているところが彼の人間的魅力であった。』

『能ありて識なきものは卑しむべし、という言葉があるが、小池はその能ありて識なき人の代表みたいな男であった。彼のように体と心がいつも近郊を失っていた男も珍しい。最後まで自分の生活に統制がとれなかった男であった。そして、宿命的に逃亡と放浪の生活をくり返していた男である』

『小池は終生、放浪癖の抜けなかった天衣無縫の人間だった。女に狂い、酒に溺れた荒唐無稽な人生を送った人間だった。
人に嫌われ、人に好かれた人間だった。これほど、主題があって曲がり角だらけの人生を送った人間は珍しい。
小池の晩年は不遇であった。しかし、それは小池を愛惜する言葉にはならない。真剣師が不遇な生涯を送るのは当然で、それは本人も意識していたことだろう。
あれだけの将棋の天才でありながら、たった一つしかない人生のそれを生かしきることができず、四十四年の短い生涯を酒と女に溺れて使いきってしまった男である』

とにかく小池は、将棋の強さだけはハンパではなかったという。そして、人間的なダメさでいえば横綱クラスだったという。小池は、それほどの強さを兼ね備えながら、プロになることは出来なかった。プロを幾度も打ち負かしているのに、プロにはなれなかった。それには、小池自身の悪行三昧の人生ももちろん大きな影響を与えているわけなのだけど、将棋界の特殊なルールも足かせになっている。
本書には、プロになるための道筋として、こんな簡潔な文章がある。

『プロになるには中学生くらいから試験を受けて奨励会に入らなくちゃいけない。そして三十歳までに四段になった者だけが正式の棋士として認められるのだ』

この制度は、今も大きくは変わらないはずだ。確かに、アマからプロになった者もいる。本書にも、真剣師からプロになった男の話が出てくるが、それは戦前・戦後の混乱期の話であって今とは事情が違う。最近では、「泣き虫しょったんの奇跡」という、サラリーマンからプロ棋士への転向の軌跡を描いた自伝を出している瀬川晶司という例がある(他にも例があるかもしれないけど、僕は知らない)。なので、アマからプロへの転向は、まったく道筋がないわけではない。しかし、その道は、相当に狭い。
しかし、将棋の実力だけで言えば、小池はプロ入りしても当然の男である。生涯戦績がどれぐらいなのかわからないが、アマ強豪やプロと対戦してもほぼ負けなしというのは、驚異というか異常とも言える強さである。
実際、小池をプロに推す動きも存在し、実際にそれが将棋連盟で議論に掛けられたことがあった。しかし、当時参加した棋士全員が、小池のプロ入りに反対したという。
それはやはり、小池のそれまでの行状が悪すぎたからだった。
酒代を踏み倒すなんてのは日常茶飯事、生活苦から闇金に手を出して、その支払に四苦八苦する。小池が生業を持たないと知っている債権者は、賞金が出る将棋の大会に小池が出場するという情報を掴むや、会場に列を作って待つ。その大会の運営にも小池の行方を問い合わせる連絡が入ったりして、大会側から参加しないでくれと言われることもあった。
しかし決定打になったのは、新聞沙汰にもなった寸借詐欺である。
子ども向けの将棋教室を開くからという名目で金を借りていた、というものだそうだが、この記事が出たのが、小池のプロ入りが否決された直後だったことから、新聞社と将棋連盟で小池下ろしを画策した人間がいるのではないか、というような推測が描かれている。
とはいえ、実際にそういう名目で金を集めていたのは事実なわけで、小池には釈明の余地はない。それで、逃げるようにして名古屋の飯場へと向かったのだ。
そういう、人間・小池重明の面は本当にクソ野郎で最低最悪なんだけど、こと将棋に関しての輝き方は物凄いものがある。こんなことがあった、というような山ほどのエピソードを並べ立てることが出来てしまう。
アマ名人との対局中、相手が長考に入ると寝てしまうとか(前日飲みまくって徹夜。しかしそれで勝ってしまう)、まだ「新宿の殺し屋」という異名がつき、真剣師として名が売れ出した頃に戦った、大阪の真剣師で将棋界の神と崇められていた加賀との壮絶な名勝負であるとか、アマvsプロという企画で、5人のプロ相手に4勝1敗という驚異的な戦績を挙げ、さらにその1敗を悔やんでいたというようなこともある。先程も書いたけど、何年も将棋から遠ざかっているにも関わらず、復帰してすぐにアマ名人やプロを打ち負かしてしまう。
小池の将棋は、プロの目から見ても不可思議としか言いようのないものだったという。序盤は、誰が見ても下手で、すぐに窮地に追い込まれる。しかしそこから徐々に挽回し、終盤の強さは圧倒的だったと誰もが語る。魔術的な強さを持つとか、江戸将棋の風格を醸し出すとか、とにかく一言では捉えにくい将棋を指す男だったようだ。
もしも、と考える。もしも小池重明が、人間的にもう少し聡明だったとしたら、確実にプロになっていただろう。しかし、もしそうなっていたら、これほどまでに多くの人の記憶に残り(良きにつけ悪しにつけ)、あまつさえこうして評伝が出ることがあっただろうか、と。いや、あったかもしれない。それはどうかはわからない。しかしやはり、圧倒的な強さを誇り、かつ、破滅的な性格によって破綻していくという、その無茶苦茶なバランスが、人を惹きつけたり引き離したりしていたのだろう。彼と関わった人間には、数多く迷惑を被った者がいるだろうが、彼の将棋に魅せられた者も多くいるだろうし、本書では描かれないが、彼の存在によって将棋を志したり実力を磨いたりといった者がいたかもしれない。そういう意味でも、非常に稀有な存在だったのではないかと思う。
僕自身、将棋はルールがわかる程度で、まったく強くないし、棋譜とか見ても全然理解できない人間ですけど、それでも本書を読むのに特に傷害はありません。化物みたいな強さを誇りながら、アマにしては強すぎたために真剣師としての看板は降ろさざるを得ず、しかしプロになれるわけでもなく、圧倒的な強さをもてあましながら困窮していった一人の天才の生涯を、是非読んでみてください。

団鬼六「真剣師 小池重明」


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2013年の個人的ベストです。

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5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
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小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
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6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
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コミック

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2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
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新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
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10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
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13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
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2011年の個人的ベストです
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番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)