黒夜行

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笑うハーレキン(道尾秀介)

内容に入ろうと思います。
東口は、トラック一つで、家具修理の仕事を細々を請け負っている。
かつては、確かな技術で評判だった、トウロ・ファーニチャーという家具メーカーを経営していたが、大口の取引先の倒産により会社はなくなり、今はトラックの荷台で生活する日々だ。
東口には、一緒に暮らす『仲間』がいる。
派遣の警備員として時々働く初老のジジタキさん、日々釣りをして過ごしているチュウさん・トキコさんの夫婦、若い頃に肺の手術をやって左胸が大きく凹んでいるモクさん。そして、そんな彼らスクラップ置き場の敷地を貸し与え、さらに自身が大家を務める物件の一部屋を貸し与えてくれている橋本という奇特な男。
橋本を除くホームレスたちは、それぞれがそれぞれの時間の中で、お互いあまり干渉し合わないまま、それでも時々寄り添いながら孤独を埋め合わせる、そんな関係だった。
東口が彼らの仲間に加わったのは、2年前。ちょうどスクラップ置き場の前を通りかかった時、数人の男女が何か言い合っていたのを見たのがきっかけだった。結局それは椅子の修理に関することで、東口がそれを直し、以来彼らと一緒に生活をしている。チラシを配ったりしながら地道に営業活動を続け、ようやく安定して仕事が得られるようになってきた。
東口には、『疫病神』がついている。いや、『疫病神』という名前をつけたのは東口自身であって、そいつは自分で自分のことをどうとも呼んでいない。
息子が死んでから1年後に見え始めた。そいつは、東口に語りかけ、東口は常にその存在を感じ取っている。もう長い付き合いだが、いい加減鬱陶しい。
東口は仕事に出る前、図書館で新聞を読む習慣がある。営業に言った先で、お客さんと雑談が出来るようにだ。図書館から出て、トラックに戻った東口は驚いた。
助手席に、誰かいる。
西木奈々恵と名のったその女は、東口に弟子入りしたいのだという。以前から、トウロ・ファーニチャーの家具に憧れていて…と語る奈々恵を、東口は拒絶する。
当然だ。ホームレスなんだ、こっちは。
しかし奈々恵は、なんだかんだとズルズルと一緒に居続けることになり…。
というような話です。
やっぱり道尾秀介は巧いよなぁ。まだ若い作家なのに(まだギリギリ30代のはず)、熟達という感じがする。道尾秀介の作品を読む度に毎回書くけど、本当に初期の頃の作品とはまったく違う。本当に、同じ作家なんだろうかと疑いたくなってしまうぐらい、全然違うのだ。初期の頃の作品と、最近の作品と、どちらが好きかというのはそれぞれの好みによって分かれるだろうけど、僕は断然最近の作風の方が好きだ。もしも、道尾秀介の初期の作品を何か1~2作読んで、「この作家は自分に合わないな」と感じたとしたら、何かもう一作でいいです、新し目の作品を何か一つ読んでみてください。人間を繊細に描き出す優しさと、ストーリー展開の巧みさに、驚かされるだろうと思います。
道尾秀介の作品は、大きく括って『弱者』が描かれることが多いように思う。その筆頭は、子どもだろう。道尾秀介の作品では、親の庇護下でしか生きられないという点で『弱者』である子どもの感情を、非常に巧く切り取る作品が多いように思う。
本書は、『ホームレス』という弱者が扱われている。これもまた非常に巧く描き出している。
一番に見事なのは、一緒に暮らしている同士たちの『暗黙の了解』のようなものが、言葉や行動の端々から透けて見える、という点だろうか。
彼らは、好き好んでホームレスをやっているわけでもなければ、望んで固まって生活をしているわけでもない。仕方なくホームレスになったのであり、またその方が何かと都合がいいから固まって生活をしているというだけだ。
だから、相手との関わりを、とても慎重に行なっている。
なんとなく『気のおけない仲間』風の雰囲気を出すことは大前提でなければならない。つまり、「何かと都合がいいから固まって生活をしている」という部分は生々しいから、出来るだけそれは隠した方が生活がしやすい。でも、だとしたらどうして一緒に固まっているのかという部分の説明を失うから、だからこそ彼らは、『自分たちは気の置けない仲間で、居心地がいいから一緒にいるんだ』という風を装うことになる。
相手の事情に首を突っ込まないというのは、まあホームレスの社会ではある程度常識だろうけど、個人個人が作り上げる『世界観』みたいなものを壊さない、というのもとても大事だ。彼らにとって、目の前の現実は日々辛い。愉しいことがないわけでもないだろうけど、基本的には、社会から疎まれ、何も成すことが出来ず、ただ息を吸って吐いているだけ、という存在に成り下がっているという自覚がある。東口だけは、技術があるお陰で社会ともある程度繋がりを持つことが出来ているのだけど、しかし『東口視点』で進む物語の中にいる読者には、東口がそういう方面とはまた違った葛藤に悩んでいることを知ることになる。
だからこそ彼らは、そういう惨めな自分を覆い隠す仮面を被って過ごしている。そして、その仮面は、他人がはがしてはいけないのだ。
そういう微妙な関係性が、些細なやりとりの中から透けて見えてくる。これが本当に絶妙だと思う。
本書は、物語が大きく動き出す瞬間、みたいなものがほとんどない。強いて言うなら、西木奈々恵と出会ったこと、そしてかなり後半になるのだけど、彼らが大ピンチに陥る展開の二つぐらいだろうか。
あとは基本的には、彼らが普段どんな生活・やりとりをしているのかとか、若干イレギュラーな事態が起こり、それにどんな風に対処するのか、と言ったようなことが描かれていく。
それで、これだけ読ませるんだから、本当に凄いもんだと思う。
はっきりとした『ストーリー』なんてなーんにもない前半部でも、何度も笑わされてしまったし、前述したような微妙な人間関係が浮き彫りにされる過程に感心したりと、ほとんど何も起こらない物語なのに、実に読ませる。本書は、読売新聞に連載されていた作品らしいのだけど、そういう理由もあって、結構コンスタントに笑いや哀しみといった波が用意されているのかもしれない。本当に、繰り返し書くけど、これだけストーリーが展開しない物語で、これほどまでに読ませる作品を描けるのは、やっぱり凄いと思う。道尾秀介の作品にはそういうタイプの作品が多いように思うけど、凄いと思いました。
たぶんその、ストーリー展開に頼らない物語を支えているのが、人物描写なんだろうと思います。道尾秀介は、名前の呼び方一つ、視線のそらし方一つにも意味を持たせるし、元々デビューした頃はガチガチのミステリを書いていたからという理由もあるのかもしれないけど、登場人物たちのあらゆる行動に、結構意味があったりする。なるほど、そんな風に繋がってくるのかとか、これのためにあの描写があったのか、というような、ミステリ作品では『伏線』と呼ばれるような要素があちこちに散りばめられていて、見事だと思います。何より、そういう作品を、新聞連載で書けちゃうってのが、ホントに凄いよなぁ。
物語がどんな風に展開して終着するのかというのは、是非読んで欲しいし、そもそもストーリーがあまりにも展開しなさすぎて内容を書きにくいのだけど、最後まで、『弱者』であるが故に抱え込まなければならない切なさと、『弱者』の矜持と呼んでもいいような細やかな優しさに彩られていて、読むとなんだか温かい気持ちになる感じがします。
ある場面である人物が、こんなことをいう。

『大事なものができるのが怖かった』

これは、本作中で一番グッときたし、共感した部分です。
僕もそうなんだよなぁ。
昔から、本当に、大事なものができるのが怖かったんです。今でも、怖いです。僕の場合は、『それなしでは生きていけない、というようなものを所有しない』という生き方に繋がっていくんですけど、それが傍にある安心感より、それが失われてしまった時の恐怖に怯える気持ちの方が強くあります。
僕の場合は別に、人生のどこかで何か大きなものを失ったとか、そういう経験があるわけではありません。ただ、想像で、その怖さを感じ取っているだけです。そういう意味で、「食わず嫌い」みたいなものなんで、まだまだ甘っちょろいんだろうなという感じはしますけど、長年そんな風にして生きてきてしまったんで、もうどうにもならないなー、という感じはあります。
そういう視点で捉えると、本書は、「自分の人生にとって何が大事なのか」をはっきりさせる物語、ということも出来るかもしれません。
あと最後に。道尾秀介の作品なんで当然ではあるのだけど、西木奈々恵という女性もまた、秘密や葛藤を背負って生きています。僕はやっぱりそうやって、何かに葛藤していたり押しつぶされそうになっている女性に惹かれるなー、という感じはします。不幸な人が好き、とかではなくて、どちらかというと、脳天気で幸せそうな人に特に興味が持てない、ってだけの話なんですけどね。
相変わらず素晴らしい物語でした。道尾秀介というのは本当に、安心して読める作家の一人になりました。冒頭の話を繰り返しますけど、もし道尾秀介に苦手意識を感じている型がいるのであれば、是非最近の作品(どうしても、まだ文庫化されていない作品がメインになっちゃいますけど)を読んでみてください。あなたの先入観を見事に打ち壊してくれることでしょう。道尾秀介の、『弱者』を見つめる眼差しはとても優しいし、『弱者』の視点から見た世界の広さも教えてくれます。

道尾秀介「笑うハーレキン」


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「笑うハーレキン」道尾秀介

経営していた会社も家族も失い、川辺の空き地に住みついた家具職人・東口。仲間と肩を寄せ合い、日銭を嫁ぐ生活。そこへ飛び込んでくる、謎の女・奈々恵。川底の哀しい人影。そして、奇妙な修理依頼と、迫りくる危険―!たくらみとエールに満ちた、エンターテインメント長篇。 読売新聞夕刊連載。物語の前半は仲間たちとの交流をほのぼのとしたタッチで描きます。 ホームレスという社会の底辺の共同体の中での人と人の...

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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)