黒夜行

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こんこんさま(中脇初枝)

内容に入ろうと思います。
はなは、大船駅のプラットフォームで、飛び込み自殺を見てしまった。目の前だった。一年前、大学に行くと言って実家を飛び出し、今こうやって夜の仕事をしている自分。警察の取り調べを受け、なんとなく気力が戻らないはなに、実家に戻るかという考えが浮かぶ。大船駅のひと駅隣、北鎌倉駅に実家はある。
こんこんさま。
はなの実家は、周囲の人からそう呼ばれている。平屋に増築を繰り返した不恰好な建物なのだけど、荒れ放題の庭のどこかにお稲荷様が祀ってあるのだというが、家人は誰も見たことがなかった。三河家を実質的に支配していた祖母・石は知っていたはずだが、屋根から落ちて亡くなってしまっている。
はなは、実家に向かいながら、妹のさちのことを考える。
さちが生まれてから、家族はまとまりを欠くようになった。さちは、捉えどころのない子供で、何を考えているのかわからなくて、家族はみなさちを避けた。
実家は、廃屋のように崩れかけている。
玄関を開けた途端、さちの姿が目に入る。さちが言うには、祖父・甲子はボケてしまっているという。母・都は、この崩れかけた実家の中で、石の亡霊に怯えながら暮らしている。
はなが帰ってきたのと同じタイミングで、ずっと家を留守にしていた父・主計も戻ってくる。彼は、新たな借金をこさえて、それを埋め合わせるために、実家を売り払わなくてはと考えている。
というような話です。
一読して感じたのは、恐ろしく落ち着いているな、ということ。
この作品の親本は、著者が23歳の頃に出版されている。23歳以前に書いたということなのだろうけど、それにしては落ち着き過ぎていると思う。
もちろん、あとがきで著者が「大幅に加筆修正した」と書いているので、その落ち着きは、現在の著者の加筆修正による部分も大きいのかもしれない。とはいえ、物語の骨格や展開は大きく変わってはいないだろう。23歳で、これだけ落ち着きのある物語を書けるものなのか、という驚きがまずあった。
物語は、淡々と進んでいく。視点人物をくるくると変化させながら、家族が「バラバラの方向を向いている」という事実を、少しずつ積み上げていく。
そう、彼らの有り様は、「家族の形」を成していない。
もちろん、「家族の形」ってなんだ?っていうツッコミもあるでしょう。僕も、よくわからないで書いている。「理想的な家族の形」があるなんて風に考えてるわけじゃない。家族は、家族の数だけ形があると思うし、これが正しいという形もないでしょう。「私たちは家族です」と言えれば、それが「家族の形」になりえるのだろうと思う。
そう。そこだ。その、「私たちは家族です」と言えるかどうか。
三河家の面々は、誰一人そんな風に言えないのだろう。だから彼らには、「家族の形」が存在しない。
はなは、もう実家を見限って、崩れ落ち欠けている廃屋からおさらばしている。今は、たまたま戻ってきただけだ。主計も、一家の主であるにも関わらず外に愛人を作り、何をしているのか分からない事業に首を突っ込みながら、借金だけをこさえてくる。都は、三河家を支配していた石への恐怖から、石の仕事も石に縛り付けられたまま、実家から離れることが出来ないでいる。甲子は、ボケてしまっていて、もうきちんとした認識を持てないでいる。
そして、さち。さちは、とても不憫だ。
さちはそもそも、「家族の形」を知らない。他の面々は、「今はないけれど、昔はここにあったはずの家族の形」というものを思い返すことが出来る。でも、さちにはそれが出来ない。さちには、思い出せるような「幸せな記憶」というものがない。
さちは、それが普通だと思ってずっと生きてきた。だから、さち自身の認識では、それほど不幸ではないかもしれない。いや、やはりそうではないのだけど(さちは、誰かから好意を受け取ると、困惑する。その好意は、必ず裏切られることを知っているから、期待しないように生きてきたのだ)、少なくともさちには、「幸せ」というものがどんなものか、はっきりイメージすることは難しいだろう。
そんな彼らが、物凄く久しぶりに集まることになる。近くにいようがいまいが、彼らの距離感は変わらない。「あるべき形」を失ってしまったり、あるいは初めから知らない彼らには、ひとつのまとまりとして距離を縮めることはとても難しくなってしまっている。結局、一つ屋根の下にいるというだけで、彼らの有り様は変わることはない。
そのままであれば、ずっとそうだっただろう。
変化は、さちが連れてきた。正月の縁日で出会った、「幸せの方法を知っている」という男を家まで連れてきたのだった。その男の登場が、バラバラだった家族を無理矢理くっつけるだけの出来事をもたらすことになる。
どこを見ればいいのかさえきちんと示すことが出来れば、それを見ること自体は難しくない。バラバラだった家族も、その出来事をきっかけに、『何を見ればいいのか』を共有したのだろう。彼らの有り様は、大きくは変わらない。しかし、ほんの少しでも、「家族の形」に繋がる変化がある。そういう、ささやかな物語だなと思います。
僕は『家族』というものに対して思い入れが全然なくて、その一方で『家族』という不可思議なものについて時々思考を巡らせることがあるのだけど、やっぱり一番思うことは、『家族』という幻想を人々は共有したがっているのだろうな、ということだ。
マンガや小説などの物語、あるいはテレビや新聞などのニュースで『家族』が取り上げられる時、それはどうしても『極端なもの』に焦点が当たりがちだと思う。
幸せな家族であっても、不幸せな家族であっても、両極端なものが取り上げられ、描かれることが多いだろうと思う。
僕らは日々そういう情報に接し、『家族』というものへのイメージが固定されていく。僕らが実際的にリアルに知っている『家族』は、自分の家族だけだ。そしてそれ意外に、両極端な家族の情報が入ってくる。
こういう状況は、人の判断を曇らせるのではないかなと思うのだ。
物凄く幸せな家族のことを知って、自分もああなりたいと願うだろう。でもそれは、本当に極端な存在であって、誰もがそうなれるわけではない。そして、物凄く不幸な家族のこと知って、まさかあんな風になるわけないだろうと思ってしまう。確かに、その極端な家族の有り様は、なかなか起こらないだろう。でも、「物凄く不幸な家族のことを知って、そんなことは起こらないだろう」と思ってしまうことが、「自分の家族に不幸なことが起こるはずがないだろう」に摩り替わってしまう。そうなると、危険だ。どんな形の家族であれ、大なり小なり、何らかの形でリスクはある。それを、自分には起こるはずがないと言って切り捨てるようになってしまうのは怖い。
たぶん僕たちは、『家族という幻想』に縛られているのだろうと思う。もちろん、その幻想に縛られたまま一生を終える人もいるはずだ。『家族という幻想』には良いものも悪いものもあるだろうけど、いずれにしてもその幻想に縛られたままでいられるなら、そう悪くはないだろう。
でも、実際は、『家族という幻想』は、すぐにその虚飾を剥がす。実際のデータは知らないけど、恐らく昔と比べて離婚件数は増えているのだろうと思う。それには、様々な社会的要因があるのだろうけど、この『家族という幻想』が幻想であったということを知ってしまう、ということも、きっと理由の一つとしてあるのではないかなと思う。
この物語は、『家族という幻想』が剥がれきってしまった、『家族の形』を成していない家族の物語だ。そしてそんな彼らが、『家族という幻想』に頼らずに『家族の形』を取り戻そうとする再生の物語でもある。何故か世の中には、『家族を作れて一人前』的な圧力があるように感じられるけど、でも、それだって『家族という幻想』の一要素でしかない。この物語は、極端過ぎない『家族の崩壊』を扱っているように僕には思えて、それが読む人間に訴えかける力となっていると思う。極端すぎる『家族の崩壊』は、自分自身に引き寄せてそれを飲み込むことが出来ない。本書のような形の崩壊は、もちろん物語であるから特殊さはあるとはいえ、相似形が恐らく日本中にあるのではないだろうか。僕たちはもっと、『最大公約数的な家族の形』というものにも目を向けるべきなのかもしれない。家族を作ってから後悔しないように。

中脇初枝「こんこんさま」


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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
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新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
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9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
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新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
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5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
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10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
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番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)