黒夜行

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ニュートンと贋金づくり 天才科学者が追った世紀の大犯罪(トマス・レヴェンソン)

内容に入ろうと思います。
本書は、なかなか面白い視点のノンフィクションです。あの、リンゴが落ちたのを見て万有引力を発見したという逸話を持つ、誰もが知る偉大な天才科学者であるニュートンが、実は造幣局の監事として、贋金づくりの犯罪者を追っていた、という事実に焦点を当てた作品です。
本書は、ニュートンと、そして当時天才的な贋金づくりの才を持っていた犯罪者、ウィリアム・チャロナーそれぞれの生い立ちなどを様々な文献などから出来るだけ詳細に追いかけ、最終的に二人がどんな風に邂逅し、どんな決着を見るのかを追っていきます。
ニュートンはもちろん、当初科学者として偉大なる尊敬を集める人物となった。田舎から出てきたニュートンは、その類まれな才能と、実験などへの驚異的な集中力を持って、20代で既に当時世界最高の科学者となっていた。しかしニュートンは、自身の成果をどこにも発表しようとしなかったため、誰もそれに気づかなかった。次第にニュートンの研究の成果が世に出るようになり、また近代科学の基盤を築くことになった「プリンキピア」を発表したことで、世間にもようやくニュートンの凄さが伝わるようになった。
ニュートンが造幣局の監事となる前、科学者として名声を得るまでの過程では、とにかくニュートンの研究に対する熱心さ、のめり込み度が描かれていく。やがてそれは、まったく畑違いである犯罪者を追い詰めるという職務に対しても発揮されることになる。
チャロナーは、経済的には世界最高の都市であったロンドンで一旗上げようと目論むが、金も伝手もない彼にはハードルの高い世界であった。表の世界も裏の世界も厳密な階級制度によって支配されていて、さらに日々大量の人間が流れこむロンドンという大都市にあって、彼は上にのし上がる方策をなかなか見いだせないでいた。
しかしやがて金になる商売を思いつき、やがて贋金づくりに手を染めていくことになる。
当時のイギリスには、贋金づくりが蔓延る下地が存在した。
まず、二種類の硬貨が流通していたことだ。元からの粗雑なものと、新しく流通させ始めた機械で作られたもの。古い硬貨が駆逐されない限り(古い硬貨の方が偽造や改変がしやすいので)、贋金はなかなかなくらない。
またもう一つ、贋金づくりと直接的には関係ないのだけど、当時のイギリスを脅かす重要な問題があった。それは、他国との通貨の価値の差である。
大抵硬貨は銀製だったが、「その硬貨をイギリス国内で普通に使用する」よりも、「その硬貨を潰して銀に戻し、銀塊として他国で売りさばく」方がより多くの利益を得られる状況だった。そういう中で、イギリスの硬貨は次々と外国へ流出し、国家財政は破綻寸前であった。
贋金づくりで名を馳せたチャロナーが活躍し、また造幣局の監事としてチャロナーを追い詰めるニュートンが活躍したのも、そんなイギリスでのことだった。
科学者としての名声を手に入れたニュートンがなぜケンブリッジを離れてロンドンで造幣局の監事として働くようになったのか。チャロナーは、他の贋金づくり師とどんな点で違っていて、またニュートン相手にどんな闘いを繰り広げたのか。ニュートン=科学者というイメージしか持っていない大多数の人には、非常に新鮮なノンフィクションではないかと思います。
なかなか面白い作品でした。予想していたよりは刺激的ではなかったんだけど、でも十分楽しめる作品でした。
やはり一番に面白い点は、本書の核心たる「ニュートンが造幣局の監事として贋金づくり師を追っていた」という事実そのものですね。もうこの事実を提示してくれているという点だけで面白いと思う。だって、ニュートンと言えば、その当時だけではなく、現在にいたる科学者の中でも最高峰と呼ばれている科学者です。だから、誰かと比較してってのはなんとなく難しいんだけど、でも例えばですよ、この前iPS細胞の研究でノーベル賞を受賞した山中教授が何かそういう類の捜査をしている、なんて想像してみると近いものがあるかもしれないなと思います。
本書は、『造幣局の監事としてのニュートン』という点に焦点を当てている作品ではあるのだけど、でも決してそれだけではない。僕は科学や科学者のノンフィクションを結構読むことがあるんだけど、それでも、ニュートンという人物に対する明確なイメージというのはあまりない。まあそうでしょう。今から400年ぐらい前の人ですからね。ニュートンの伝記みたいなものも、そこまで多くは存在していないのではないかと思います。
そういう意味で本書は、『ニュートンという人物そのもの』を浮き彫りにしている作品だと言えるでしょう。「ニュートン=造幣局の監事」というインパクトだけではなく、ありとあらゆる文献などから、最高峰の科学者として名高いニュートンという人物を出来るだけ深く掘り下げようとしているところが凄くいいなと思いました。
文献の話を先に書いてしまうと、本書は非常に面白い作りになっている。普通ノンフィクションなんかで、注釈とか引用表記なんかをする際は、肩の部分とかに小さく数字が振ってあって、巻末にその一覧が載っている、みたいな感じになると思います。でも本書の場合、どこかから引用したフレーズをすべてカッコ(「」)の中に入れていて、数字の表記なんかは何もない。それで、巻末に、そのカッコ(「」)に入ったフレーズの引用先が一覧で載っているという形式になっています。どこからの引用なのか気になる人は巻末を見ればいいし、僕みたいにそういうのが気にならない人は、カッコ(「」)のことをほとんど気にしないでそのまま読み進めて行けばいいので、これはなかなか面白いやり方だなと思いました。
さて、チャロナーの方なんだけど、どっちかというとチャロナーの描写にはちょっと物足りなさを感じました。期待よりも刺激的ではなかったと書いたのは、この点がちょっと残念だったからです。
本書では、タイトルの副題でも「世紀の大犯罪」と書かれているように、チャロナーは当時の最大級の知的犯罪者だというような扱われ方をしています。いや、実際にそうだったんだろうなとは思います。確かに読んでいると、チャロナーには他の犯罪者にはない大胆さがあると思います。
でも、もう少し、チャロナーの『大犯罪っぷり』が強調されてもよかったような気がすると僕は感じました。確かに凄いことをしているんだろうけど、今ひとつその凄さが伝わりにくい感じになっているように思う。もちろんこれは無茶な要求であって、400年前の犯罪者についてもっと詳細に書けよなんてのは無茶振りだってのは分かってるんだけど、でもやっぱり、「ニュートンが自分の知性に対抗しうると認めた敵」と表現するにはどうしてもちょっと物足りなさを感じてしまいました。
これが、ノンフィクションの限界かなという感じもします。だから、本書は本書でいいんだけど、別バージョンとして、これを元にした小説みたいなものがあったら面白いと思います。本書を原作とした映画とかでもいいですけど。『現在でも参照可能な事実』だけによって、400年前の犯罪者の大胆さを表現するのはなかなか酷かもしれません。ある程度創作を組み込みつつ二人の対決を描くというのは面白いかもしれません。なんとなく、百田尚樹の「海賊とよばれた男」みたいな感じにすると面白そうだなぁと思いました。
本書では、歴史に詳しくもないし興味もない僕には良し悪しを判断できないけど、1600年代当時のイギリスの雰囲気がかなりよく描き出されているように思います。著者は、ニュートンやチャロナーに関わる文献だけではなく、その当時に生きた様々な情報をありとあらゆるところからかき集めてきたんだろうという感じがしました。当時のイギリスの貨幣制度や財務状況、一般市民の感覚や当時の雰囲気などを、可能な限り『現在でも参照可能な事実』だけで描き出そうとしている執念みたいなものはかなり凄いなという感じがしました。ホント、これ一作書くのに、どれだけ膨大な文献と格闘したんだろうなぁ、と思います。
ちょっと時間がないのでそろそろ感想を終わりにしますけど、ニュートンが贋金づくり師を追っていたというインパクトと、丹念に文献を読み込み当時のイギリスの雰囲気を醸し出しながら描かれる二人の対決が読みどころの作品だと思います。是非読んでみて下さい。

トマス・レヴェンソン「ニュートンと贋金づくり 天才科学者が追った世紀の大犯罪」


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2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
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3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
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19位 奥泉光「黄色い水着の謎
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新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
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11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
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9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
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3位 高野和明「ジェノサイド
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5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
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新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
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5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
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8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)