黒夜行

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ノエル(道尾秀介)

内容に入ろうと思います。
本書は、二人一緒に絵本を紡ぐことで、自分を取り巻く「嫌な現実」から逃げてきた二人の少年少女からスタートする、「絵本」を介して緩やかに繋がった人たちの物語です。

「光の箱」
圭介は14年ぶりに故郷に戻ってきた。高校を卒業してすぐ東京へやってきて、一度も帰ることがなかった土地。子供の頃から書き続け、大人になってからも書き続け、今では童話作家として独り立ちして生計を立てている。
弥生も来るのだろうか?
同窓会の案内だった。雑誌に載った圭介の記事を読んで、旧友が調べて招待状を送ってくれた。
弥生と会うことがあっても、きっとあの話はしない。あのことがあって以来、気まずいまま別れてしまった僕達は、一体何の話をしたらいいんだろうか。
中学高校と、クラスメートにいじめられ続けた圭介。そんな圭介と同じような目をした弥生が、圭介の支えになった。二人で絵本を作る。それに没頭している時だけは、僕らは辛い現実を忘れることが出来たのだ…。

「暗がりの子供」
ちょっとした悪戯のつもりだった。お雛様の段の陰に隠れて、両親を驚かせてやりたかっただけだ。
それなのに、あんな話を聞くことになるなんて。
病気のお祖母ちゃんと、両親のため息。そして、新しく生まれてくる子供と、莉子のため息。
莉子は、お気に入りの「空とぶ宝箱」という絵本を読んで気を紛らわせる。そこには、真子という女の子が、小さな穴に入り込んで冒険をするお話が描かれていた。
あることがきっかけで、莉子は真子とお話が出来るようになる…。

「物語の夕暮れ」
与沢は、あと3回だけ子供たちにお話を聞かせることにした。まつぼっくり会の二人にも、そう伝えている。
元々は、妻が見つけてきた話だった。
共に小学校の教師をしていた与沢と妻は、定年後、子供もなく、二人で過ごしていた。唐突に妻が買ってきたインコと一緒の、静かな生活だった。お話を聞かせるようになって与沢は、教師生活の中で自分が何かを与えることが出来ただろうかという、長年抱き続けてきた疑問を反芻することになる。
二つのことが重なって起こった。
一つは、お話を終えた与沢の視界にたまたま入った一枚の写真だ。雑誌に掲載されているものらしく、いいというのでその雑誌を持ち帰ってきた。
かつて与沢が住んでいた家だった。今は童話作家が住んでいるらしい。
そして与沢は、珍しく行動を起こした。その童話作家に長い手紙を送ったのだ。もし自分が受け取ったとしたら疑ってしまうような、そんな奇妙な依頼を。

というような話です。
やっぱり道尾秀介は素敵な話を書きます。もう安心して読める作家の一人ですね。未だにデビューの頃の印象を持っていて、えー道尾秀介ぇー、なんて思っている人がいるなら、さっさと認識を改めた方がいいでしょう。
「光の箱」は、実は「Story Seller」というアンソロジーで読んでいました。読んでいましたけど、やっぱりするっとまるっと忘れていたので、おぉそうそう、そういえばこんな物語だったなぁ!と改めて新鮮な気持ちで読むことが出来ました。
道尾秀介の作品には、いじめとか虐待とか、そういう辛い状況に置かれた子どもの話がよく出てくるんだけど、そういう描写がとても巧いと思います。
道尾秀介は、ただ辛いだけの話ではない、ほのかであるかもしれないけど手触りの確かな救いが描かれる物語に決着させることが多い。僕自身はいじめや虐待というようなものを経験したことはほとんどないんだけど、道尾秀介の作品を読むと、それは僕らの現実と連続しているということが伝わってくる。誰だって、いじめられていない、虐待されていないという現実は、ちょっとしたラッキーなのであって、誰だってそういう状況になりうるのだ、ということがまずすんなりと伝わってくる。何か特別なわけでもない、でもほんのちょっと運命の歯車がガタッとしてしまったがために不幸に身をやつしてしまう。
さらにその中で、主人公たちは耐える。彼らは、子どもであるという自分の存在をきっちりと自覚し、子どもであるが故にどうにもならない現実というものを諦念と共に受け入れている。いや、受け入れなくては生きていけないようなそういう世界の中でずっとやってきたのだ。だから、耐える。結局やり過ごすしか、自分が我慢するしかないんだということを、もはや「哀しい」と思う余裕さえも失われた心の中で感じる。
そういう、いじめられ虐待されている子どもたちの姿を描くのが本当に巧いと思う。どうしても孤独の中に逃げ込まなくては生きていけない彼らの日常を、実に巧く切り取っていく。いじめや虐待という同じテーマを扱うことが多いのにも関わらず、それぞれの作品ごとに印象が違うから、キャラクターをとても巧く組み立てているんだろうなと思う。
キャラクターの描写の巧さは子どもだけではなくて、どんな登場人物に対しても思う。冒頭、大人になった圭介が14年ぶりに故郷に戻ってきたという場面。一日中晴れの予報だったはずなのに雨が降ってきたというシーンで、圭介は気づく。自分は今朝、無意識の内に東京の天気予報を見てしまったのではないか、と。そういう些細な描写から登場人物の輪郭を立ちあげていくのが本当に巧い。
いじめられ虐待されている子どもたちは、寄り添い、お互いの存在を支柱としながら長い長い苦痛をやり過ごしていく。二人は、お互いの存在がとても大事なものであることがちゃんと分かっている。
分かっていて、でもあんなことが起きてしまう。道尾秀介は、すれ違いを描くのも巧いんだよなぁ。やっぱりそれは、ミステリ的なスピリットがあるからなのかもなぁ、という感じがする。ミステリ的なテクニックを、「驚かせたい」という方向で持っていったのがデビューの頃の道尾秀介だとすれば、今は「人間関係のままならなさを描く」という方向性に持っていっている感じがする。本当に繊細に人間関係の機微を描いていくのだけど、いつも巧いなぁと感心させられる。
「暗がりの子供」は、小学生の女の子の話だけど、さっきと同じことを書くけど、やっぱり子供視点の描写がとてもうまい。「光の箱」は高校生の物語だったけど、「暗がりの子供」は小学生。どんな年代の子供の話でも自在に書けるんだよなぁ。
冒頭の方で、こんな描写がある。

『父も母も、妹が産まれてくることをとても楽しみにしている。家族が増えるその日をわくわくしながら待っている。
いっぽうで、祖母が退院したら、いっしょに暮らしはじめるのだから、やっぱり家族は増えることになる。赤ん坊が生まれてくるのと、祖母がやってくるのと、どう違うのだろう。』

こういう視点が巧いなと感じさせるんですね。物凄く子供らしい疑問じゃないですか。大人になった僕達には、「赤ちゃんはワクワクするけど、退院した祖母にはワクワクしない」というのは、まあすんなり理解できちゃうようなことで、疑問に思ったりしない。でも、子供らしい視点で捉えると、それは一気に不思議な出来事になるのだ。道尾秀介は、そういう子供らしい視点で物事を描写して、子供っぽさを醸し出すのが実に巧いなと思わせる。
両親の会話を結果的に盗み聞きしてしまった日のやりきれなさ、今まで以上に絵本に逃避する日々。そしてあることをきっかけに、それまでとは違った形で絵本を接するようになり、ついには絵本の登場人物である真子と会話を交わせるまでになる。普通の作家が書いたら物語になりそうもないそういう些細な変化を巧く捉えて描き出していきます。
どの短編でもそうなのだけど、作中に絵本の文章が挿入されます。「空飛ぶ宝箱」の内容も挿入されるんだけど、そこで「王女さまが何に載って飛ぶのか?」というオチが凄くいいなと思った。その絵本のテーマ的なものと、莉子を取り巻く環境がとても巧くマッチしていて(それでいて、分り易すぎなくて)とてもいい。
挿入される物語とのリンクということであれば、「物語の夕暮れ」もなかなか秀逸だ。特に、与沢が子どもの頃に作ったという、カブトムシと蛍の物語で描かれる「カブトムシの存在意義」という話がとてもいい。与沢は、自分の人生に意味があったのかどうか、常に自問している。それは、与沢が子どもの頃からずっと恐れていたことでもあった。それが、与沢の「今」の物語と重なり合い、与沢なりの結論に行き着く過程は素敵だと思う。
道尾秀介の作品はどれもそういう印象があるんだけど、意識的にそうしているのだろうという「余白」がある。これは、言い方によっては「読者に親切ではない」となるだろう。読者がうまく汲み取らないと、ストーリーが理解しにくかったりする場面もきっとあるだろう。あるいは、会話もリアルなものに近づけるために、余白がある。読者に向けて情報を伝えるための会話ではなく、登場人物たちがまさにその世界でその状況にいたらそう話すだろうと思わせる言い方で口を開くのだ。だから、意味のない独り言もあれば、「あれ」だの「それ」だのと言った指示代名詞が多く出てきたりする。そういう部分も、僕は素敵だなと思っている。わかりやすい物語が好まれる世の中にあって、「本当っぽさ」を追求するために敢えて余白を残すという選択肢は、いいなぁ、という感じがします。
絵本を介して繋がるいくつかの物語。辛い現実を描くことが多く、心がキューッとなる作品が多い印象があるけど、この作品は優しい気持ちになれるんじゃないかなと思います。是非読んでみてください。

道尾秀介「ノエル」


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Comment

[4328] こんにちは

自分も「ノエル」読みましたよ。
いいですよね。
わかります。

[4329]

ですよね。
道尾秀介はホント凄くいい作家に化けたなぁ、と思います。
「月と蟹」とかも大好きです。「カラスの親指」もよかったなぁ

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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

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2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
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2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
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5位 百田尚樹「錨を上げよ
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番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)