黒夜行

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映画 『ソハの地下水道』の感想 備忘録

今日は、つい先日原作のノンフィクションを読んだ「ソハの地下水道」という映画を観に行ってきました。
昨日の「希望の国」(園子温)についで、この映画も感想を書きたい気分になったので備忘録程度に書いてみようとおもいます。
一応、原作「ソハの地下水道」の感想も→http://blacknightgo.blog.fc2.com/blog-entry-2341.html

舞台は、1943年のポーランド。下水道の検査人をしているソハは、ある日地上から下水道に穴を掘ってホロコーストを逃れようと企んでいたユダヤ人数人を見つける。ソハの同僚は、ドイツ軍に突き出すことを提案する。ドイツ軍にユダヤ人を密告すれば、金が入るのだ。
しかし、ソハは違う判断を下す。ユダヤ人の内の一人がある程度金を持っていると判断するや、金を絞りとってからでも密告は遅くないと同僚を諭す。
そうやってソハは、金を受け取りつつ、下水道にユダヤ人を匿うことになったのだ。
じめじめとした暗い環境の中で、何が出来るわけでもなく佇むしかないユダヤ人たち。彼らは、ソハが持ってくる食料や、地上の情報を的確に知り下水道内を逃げまわることを頼りにしか生き延びることは出来ない。
しかし、ソハも安全圏にいられるわけではない。かつての知り合いがポーランド軍の将校となっており、下水道のプロであるソハにユダヤ人を発見次第教えるように言いつける。ソハの同僚は、ユダヤ人を匿っているという重圧に耐え切れず抜けてしまう。ソハは、ユダヤ人を匿っていることがドイツ軍にバレれば家族もろとも処刑されるという危険と隣合わせの中、ユダヤ人たちを匿い続ける。
14ヶ月に及ぶ地下生活を支えたソハの視点から描く、史実を基にした映画です。

昨日見た「希望の国」も凄かったけど、「ソハの地下水道」も凄かった。『凄さ』のタイプは違うのだけど、どちらも胸の奥底まで響くような重低音で僕に迫ってくる作品だった。
この映画を見ている時僕は、時々呼吸を忘れている自分に気づいた。大げさじゃない。画面に目を奪われて、いや違うか、『目の前で展開されている紛れも無い現実』に圧倒されて、僕は時々呼吸を忘れた。意識して息を吸い直さなくてはならない場面が何度もあった。
それぐらい、作品の世界に取り込まれてしまった。
映画にはまったく詳しくないくせにこんなことを書くのもおこがましいけど、カメラワークの妙が、『映画という虚構』を、まるで『目の前で展開されている現実』であるかのように観客に思わせたのではないかと思う。
カット割りの非常に少ないカメラワークだった。長回しで撮っているんだろうなという映像を繋ぎあわせているという構成で、だからこそ自分自身がまるでその場にいるかのような感覚に陥った。カメラのブレは自分が走っているからこそのブレだし、カメラが上下左右に動くのは自分がその方向に視線を動かしているからだ、と思わせるような画面構成になっていて、だからこそ僕は食い入るように見ていたのではないかと思う。
いやそれは、『映画を見る』という感覚ではなかったように思う。それは、登場人物と共に、『その空間を体験する』というような感覚に近かったように思う。自分が映画館にいることを忘れた、なんていうと言い過ぎになるけど、でも瞬間瞬間であればそういう一瞬はあったかもしれないとも思う。
もちろんそれは、僕があらかじめ原作を読んでいたということとも大きく関わるかもしれない。原作を読んで、その圧倒的な『現実感』を取り込んでしまっていたからこそ、映画の世界により入り込んでしまえたのかもしれないとも思う。確信はないけど、もしかしたら原作をあらかじめ読んでいなければ感じ方が違ったかもしれない、という風には思っている。
原作と映画は、別物と言っていい。
話が違うわけではない。同じ題材を扱っているし、登場人物も同じだ。でも、原作と映画はまったく別物と言っていいと僕は思う。
何故か。
それは、原作は『ユダヤ人の物語』であったのに対して、映画は『ソハの物語』だったからだ。
それにはちゃんと理由がある。
原作のノンフィクションは、ユダヤ人のリーダー的存在であり、ソハにお金を払い続けたイグナツィ・ヒゲルが、自身の死の6ヶ月前に書き上げた回顧録をベースにしている。ヒゲルは、計画の初期の段階から関わり、そして14ヶ月の地下生活を生き抜き、さらに当時の記録をメモ書き程度に残していたのだ。それらを頼りにヒゲルは、30年近く前のあの恐ろしい記憶を一からすべて書き起こすことにした。
しかし、それは当然のことながら、14ヶ月間地下に居続けたユダヤ人の視点からの物語でしかない。
原作のノンフィクションを書いた著者のマーシャルは、ヒゲルの回顧録をベースにしつつ、現存するすべての関係者やその子どもらに話を聞き、それらの情報を総合してノンフィクションという形でまとめた。
しかし、ユダヤ人を救ったソハは、早くに亡くなってしまっている。ノンフィクションの中では、ソハの言動はすべて、地下でのことに限られている。ソハが地上で何をし、どんなことを考え、どんな苦労を背負っていたのか、そういうことはもう誰にも分からないのだ。
一方で映画は、ソハ視点で物語が展開されていく。原作では、いかにユダヤ人たちが苦しい環境を生き抜いたのか、どういうトラブルが起こったのかというような、14ヶ月にわたるユダヤ人たちの生活を追うのが主眼になっているが、映画ではその要素は全体の半分でしかない。そして残りの半分はソハの物語である。
もちろん、映画で描かれたソハの地上での姿は、ほとんどすべてフィクションだろう。ソハが何をしているのか知っている人間は地下のユダヤ人だけだったし、地上ではソハは出来る限り慎重に行動していた。原作では書かれていないけど、ヒゲルがこの回顧録を書いた時点で恐らくソハの妻ももう亡くなっていたのだろう。ソハが地上でどんな風であったのか、知る者はいないはずなのだ。
しかし、そのフィクションとして後から付け加えられることになるソハの姿が、物凄くいい。とてもいい。原作を読んでも、ソハの行動原理はまったく理解できない。なぜユダヤ人を助けようとしたのか。明らかに辛い環境にあるだろうに、どうしてユダヤ人を助け続けることを諦めなかったのか。原作の中では、著者の憶測は書かれていた。こういうことなのではないか、と。しかし、やはりノンフィクションという形態で本を出版するためだろう、地上でのソハの行動については、具体的な憶測は書かれないままだった。
映画では、原作では謎めいたままだったソハの行動に、ようやく一本の筋道が与えられたように感じられた。もちろん、謎めいた部分も残っている。ソハの行動すべてに合理的な理由がつけられているわけではない。それでも、ソハという一個の個人が実に見事に立ち上がっている。ソハという人物をきちんと描き出すためだろう、原作とは若干細部を変えている場面もあった(尺を調節するための都合かもしれないけど)。実話をベースにした物語で、それをやってしまうのはなかなか勇気が入ることではないかと思う。しかし、少なくともこの映画に関して言えば、それは大正解だったといえるだろう。ソハという、14ヶ月に渡って様々な困難を乗り越えて、ドイツ軍に支配されたポーランドでユダヤ人を匿い続けた一人の男の人間としての輪郭が、とても濃く描き出されていると感じました。それが本当に凄く良かったと思う。
映画をそこまで見るわけではないし、原作のある映画についてその両方を読む/見るということもほとんどないので、ちゃんとした比較は出来ないのだけど、でも原作と映画において、こんな風に補完しあうような関係ってありえるんだな、と感じました。この映画は、原作を先に読んでも映画を先に見ても、どちらも楽しめるようになっているなと感じました。
とはいえ、個人的には原作を先に読むことをオススメします。なぜならこの映画は、ホロコーストに関する知識は当然のものとして省かれているからです。
原作は、当時のポーランドの状況、ユダヤ人が置かれた劣悪な環境、ホロコーストの恐怖など、地下に潜るまでに当時の状況を出来る限り描写してくれている。そういう前提がきちんと頭に入るからこそ、ユダヤ人が何故地下を目指したのか、ソハがどれだけ危険を冒しているかということが伝わるのだ。
しかし映画では、尺の関係もあるのだろう、そういう前提的な描写は省かれている。
そうなると、ホロコーストについてどれだけ知識を持っているか、という点が、映画の評価を左右すると思う。僕は原作を読んでいたから、前提的な情報の大半が省かれたまま唐突に物語がスタートしてもついていくことが出来た。もちろん、歴史の授業をきちんと受けて、ホロコーストについてもちゃんと知ってるぜ!なんていう人も、恐らく冒頭から特に問題なくついていくことが出来るだろう。でも、そういう知識を持たない人がいきなりあの映画を見せられても、なかなかついていくのに苦労するかもしれない。もちろん、まったく描写されないわけではないので、どうにかついていけるとは思うのだけど、個人的には原作を読んでから見る方がより楽しめるのではないかな、という感じがしました。
映画全体では、とにかく『死』=『日常』である、という空気感が全編を通して物凄く醸しだされている点がとてもよかった。あの当時のあの町では、『死』はまったく特別なものではなかった。ちょっとしたきっかけで人は死ぬ。もう、驚いてなんかいられないし、『死』に直面する度に覚悟を決めていたら身がもたない。そういう時代だったのだろう。それが、本当によく伝わってくる。
無理やり『希望の国』と結び付けたいわけではないのだけど、恐らく震災直後も、いや震災以来今でもずっと、被災地はそういう感じかもしれない。『死』がまったく特別なものではないという異様な環境。『死なない』ことが『奇跡』であるという環境の中で生きる人たちの諦念のようなものが、見ていてとても重苦しい気分にさせられた。そういう雰囲気も、カメラワークの妙から生まれているように思うし、極力無駄を配したセリフや、沈黙が支配する場面などの描写によってもそれがより強調されるのではないかという感じがする。
最後に、凄く好きなシーンを挙げておこう。ラストシーンなのだけど、地下から出てきた男の子が母親に対して言うセリフ、そして全員を地上に上げ終わったソハが周囲の観客に宣言するセリフ。この二つが、物凄く印象に残りました。
外国人の顔を識別するのがなかなか難しいのと、ほぼアングルが固定されたカメラで動きのある場面を描くこと、また全体的に暗い場面が多いことなどの理由で、映画の見始めは誰が誰なのか識別するのがちょっと難しかったりするという点だけ、映画を見慣れない僕にはなかなか難しいなと感じたのだけど、でも全体的に本当に素晴らしい映画だったなと思います。お互いを補完しあっている原作と映画、共に楽しめる作品だと思いました。
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