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映画『希望の国』(園子温)の感想 備忘録

園子温「非道に生きる」を読んで、なんだか園子温の映画を見たくなったので、「希望の国」を観に行きました。「非道に生きる」の中に入ってた割引券を使うつもりだったんですけど、なんだか「映画の日」らしく、1000円で観れました。ラッキー。

「非道に生きる」の中で園子温は、『映画は巨大な質問状です』と書く。それが、物凄くよく分かる作品だった。
答えなんてない。
正解なんてない。
もしかしたら、『事実』なんてものさえないのかもしれない。
そんな状況に放り込まれた人びとを、丸ごと切り取る。
それは確かに、『巨大な質問状だ』と感じました。

福島で地震と原発事故が起こった後の世界が舞台。
長島県が巨大な地震に見舞われ、長島県にある原発も爆破。放射能がばら撒かれるという設定だ。
原発から20キロ圏内は立ち入り禁止。その立入禁止区域のちょうど境目になったある一家が主人公となって物語が進んでいく。
牛を飼い生計を立てる父と、痴呆症に症状を見せる母。その一人息子と、その嫁。家族四人のささやかな生活は、地震と原発の事故による、一瞬にしてなぎ倒される。
ギリギリ20キロ圏から外れた一家。20キロ圏内の人びとはすべて強制退避させられる。隣家の住民は避難しているのに、ウチは避難指示はない。20キロ圏外だからだ。
しかし父は息子に、奥さんを連れてここを出るように言う。父親を心から愛する息子は、それを拒絶するが、しかし父の決意は固い。そして逆に、父は家を離れない決断をする。
分裂させられる家族。
様々な視点から、激変した日常が語られる。父に説得され、生まれて30年間住み続けてきた土地を去ることになった息子。赤ちゃんが出来、放射能を『極度に』恐れる妻。そんな妻のあり様を笑う町の人びと。妻の『奇行』に翻弄される夫。たまたま付き合っていた彼氏と一緒にいたお陰で自身は難を逃れたが、恐らく家族は津波に流されてしまっただろう少女。痴呆症の妻と共に、生まれ育った地に残る決断をした男と、そんな男を説得しようとやってくる役所の人間。
誰もが、それぞれの『現実』を抱えている。それを、出来るだけ整理せず、出来るだけ分かりやすくせず、出来るだけ丸のまんま混ぜ込んで、それでいて全体としてまとまりのあるストーリーに仕立てあげた映画だと思う。
映画を見ながら、何度か観客が『笑った』場面がある。これは、物凄く考えさせられた。
先に書いておくけど、『笑った観客』のことを攻めたいとか悪く言いたいというようなつもりはまったくない。監督の意図はわからないけど、観客が笑うことを意図して挿入されたシーンだと捉えてもおかしくはないような場面だったし、確かに『笑える場面』だった。
でも僕は笑えなかった。確かにおかしかったんだけど、でも笑えなかった。
あの場面で『笑う』ということは、『登場人物がやっていることはおかしい』『普通じゃない』という判断をしたということだと思う。もちろん、そうじゃない人もいるかもしれない。ビジュアル的に面白くて反射的に笑ってしまった人もいるだろうし、その場面が自身の何らかの経験と咄嗟に結びついて思い出し笑いみたいなことになったかもしれない。
それでも、やっぱりああいうシーンで『笑う』ことの意味は、『おかしい、普通じゃない』という判断を下すことに近いんじゃないか、と僕は思った。
僕には、その、『おかしい、普通じゃない』という判断を下す、ということが出来なかったのだ。
印象的なシーンがあった。放射能を『極度に』恐れる妻のことで揶揄された夫が、職場の人間に掴みかかるシーンだ。
『奇行』にしか見えない妻の行動を『笑う』職場の人間は、妻のやっていることが『おかしい、普通じゃない』と判断して『笑う』のだ。その態度は、夫が勢いに任せて反論しても変わることはない。
お前の妻は、『おかしい、普通じゃない』。
その判断を否定したいわけじゃない。それは、ああいう場面で『笑った』観客を責めたいわけではないのと同じだ。
『おかしい、普通じゃない』と思うことは個人の自由だ。でも、僕にはそれは出来なかったと言いたいのだ。
『おかしい、普通じゃない』のは、『笑った』側の人間かもしれないのだ。それは、まだまだ分からない。いつになったらわかるのか、それさえわからないけど、少なくとも『今』はまだ分からない。僕はそう思っている。
僕たちは元々、『永遠に結論の出ない世界』の中で生きているはずだ。世の中にはあらゆる価値観があるし、他人に迷惑を掛けなければ、どんな価値観だって存在を許容されるべきだと思う。ちょっとぐらい他人に迷惑を掛けたっていいかもしれない。
でも、そういう世の中は、生きにくい。世界は僕達に、あらゆる問いを投げかける。僕達は、そのすべてにいちいち答えを出して前に進まなくてはいけない。でも、それが『正しいかどうか』は、『永遠に分からない』のだ。僕はそんな風に思って生きている。そしてそういう世界は、生きていくのがしんどいのだ。
だからみんな、『普通』が欲しい。それが『正しいかどうか』が永遠に分からないというのであれば、せめて『多くの人が選んでいる道』を知りたい。みんなが選んでいるから、正解の可能性はちょっとは高いだろう。そういう『普通』を追い続けていれば、自分で結論を出さなくて済むようになる。生きていくための負担が、少しずつ減っていくことになる。
日常であれば、それでいいのだ。世界に亀裂さえ入らなければ、そういう生き方で充分だ。というか、そういう生き方をすることが『賢い生き方』でさえあっただろうと思う。
でも、日常ははじけ飛んでしまった。世界に亀裂が入ってしまった。そうなってしまうと、『普通』を追いかける生き方はできなくなる。
『普通』なんてものがどこにも存在しないことが、『非日常』ということだからだ。
それでも次第に、『非日常が日常のように』見えてくるようになる。それは錯覚なのだけど、人間は『非日常』の中で穏やかに生きていられるほど強くない。だから、どうにかして、無意識的にでも『日常』へと揺り戻そうとする。
それはつまり、『普通』を定着させることに他ならない。
『非日常』を『日常』に揺り戻す過程で、たくさんの『普通』が生まれる。そしてその『普通』こそが、『おかしい、普通じゃない』という価値観を生み出す。『普通』に寄り添って、『日常』を装うとしない人間を排除しようとする。
そういう世界観の中で、どれだけ『普通』とか『普通じゃない』とかいう判断が意味を持つだろうか?
僕は、『普通』の皮を被った『非日常』を強要される環境の中で、『普通じゃない』を選択する人びとを笑うことが出来なかった。『非日常』を『日常』に揺り戻す過程で生まれる『普通』は、安心して寄り添うことが出来そうに『見える』大木みたいなものだ。その大木の、根がどうなってるかなんて、誰にもわからない。でも、あれだけ大きいんだから根っこだってちゃんとしてるだろう、うん、そうに違いないという楽観こそが、『非日常』の中の『普通』だ。
それが倒れない保証はどこにもない。もしかしたら、映画の撮影用に作られたセットの大木かもしれない。でも、みんなの不安を取り除いて、みんなで協力して『日常』を装うためには、誰にもわかりやすい形で見える『普通』を提示する以外にない。
『非日常』の中で生まれる『普通』に寄り添って生きることは、一つの選択肢だ。それが間違ってるなんて思わない。でも同時に、『非日常』の中で生まれる『普通』に取り込まれないように努力する生き方も、また一つの選択肢だ。それだって、決して間違っているわけではない。
この映画ではそういう、『非日常』に放り込まれてしまったが故に『正解』を見失ってしまった人たちが、自分なりの『正解』を追い求める過程で『普通』と対立せざるを得なくなった状況を見事に描き出していると思う。
それは、もう既に『非日常』から脱し、ごく普通に『日常』を生きている僕達にも突き刺さる刃だ。
『日常』に生きているからと言って、『普通』に従うことが正解になるわけではない。『日常』の中では、『普通』に従うことが最も省エネ戦略だ、というだけに過ぎない。『日常』にあっても、正解は無数に存在する。でも、『普通』に従うのが、最も無駄がなく、最も疲れず、最も面倒くさくない戦略なのだ。
しかし、『本当にそれでいいのか?』と、この映画は問いかけているように思う。『非日常』に生きる人びとが直面する『普通』との対立という極端な状況を切り取ることで、『日常』に生きる僕達の横っ面を叩いている映画なのではないかと思う。
だから僕は、ああいう場面で『笑う』ことが出来なかったのだと思う。そこで『笑う』ことは僕にとって、『日常』の中の『普通』に迎合するのと同じ意味を持つと悟っていたのだろうと思う。
そういう意味で、観客が『笑う』場面は、本当に考えさせられた。あらゆる場面で様々なことを突きつけてくる映画だったと思うけど、やはりそのほとんどは、『自分が直接的に経験したわけではない、震災・原発事故という巨大な災害に翻弄される人びとや空間の質量』だったと思う。実際の被災地で撮影したらしい数々のシーンや、どうにもならない状況に置かれた人びとの様々な感情なんかが押し寄せてくるのだけど、やはり『日常』に安住しきっている僕には、それは結局深くまでは届きようがないのだ。『届いた』と言ってしまうのは、圧倒的な『非日常』の中で生きなければならない人に対して失礼でさえあるような気がして、そのどうにもならない現実そのものは、若干の距離を感じるものなのだ。
でも、観客が『笑う』シーンで突きつけられたことは、『日常』を生きる僕達にも直接的に向けられている刃だと僕は思った。『本当にそれでいいのか?』という『質問状』を、確かに僕は受け取った。そして、それに答えるのは、僕自身でしかない。

さて、「非道に生きる」の話に少しだけ戻ろう。この中に、こんな一文がある。

『被災地で撮影するには現地の人々の協力が必要です。被災したスタッフの荒れ果てた実家や親戚の家を映像に収めたりもしました。そこで僕が聞いたのは想像していたのとまったく違う言葉でした。「片付けられてしまう前に記録を残してもらってよかった」。さらに一年後に同じ場所で聞いたのは、「『いまだに津波の映像を流したりすると、思い出すからやめてほしい』と言う人たちは、忘れても大丈夫な人たちなんだ」という意見でした。その言葉を耳にして、より一層の使命感が生まれました。』

これは、「ヒミズ」という作品を撮った際、『被災直後に被災地を映像に収めることについてセンシティブな態度をとる人が多かった』ことに対する著者の感想だ。本を読んだ時、この意見はなるほどと思ったのですけど、映画を見て余計にそういう感覚は増しました。
確かにあの光景は、どういう形であれ、映像と残しておくべきものかもしれない、と思いました。
映画の舞台背景としてどう、というような感想を一気に超えて、あの被災地の映像はダイレクトに見るものに届くと思いました。どんな言葉も、どんな歌も、どんな説明も敵わない圧倒的な現実がそこにあると思いました。そして、それを『残しておきたい』と考える被災者の気持ちも、なんだか分かるような気がしたのです。
園子温はとにかく『取材』を徹底的にやる、と書きます。そうやってしか見えてこないものがある。聞こえてこないものがある。園子温は、現実に起こった出来事をベースに映画を作ることが多いのだけど、とにかく徹底して話を聞き、体験し、対象そのものになりきっていく。その膨大な『取材』に裏打ちされているからこその圧倒的なリアリティなのだなと思うし、被災地をそのまま使ったシーンでの圧倒的なリアリティにも繋がっていくのだろうと思います。
園子温は、『だから僕が脚本を書くときには、物語の中盤ぐらいまでは取材を基に積み上げていきますそうやってプロットの方向性が決まり、ストーリーに速力がついてきたら、そこで初めて想像の力を借りてもいい』と書きます。そしてさらに、『出来事の追想ではなく、出来事の真っただ中にいるときの気持ちや情感を、貧弱な言葉でもいいからそれで綴ること、それがドラマ映画にあるべきスタンスだと思います』と書く。
それは見ていて本当に感じました。
前に、『説明過剰の映画たち』という記事を読んだことがあります。「踊る大捜査線」と「おおかみこどもの雨と雪」を題材にして、「過剰に語りすぎる映画」と「語らないことで生まれる表現」について考察したものです。
「希望の国」も、語らないことで表現した映画だと思いました。
セリフは日常的なよくあるフレーズだし、説明的なセリフはない。説明的な描写を極限まで排除して、『その時その時の人間の感情』を表現することに全力を尽くしているという感じがします。
そして、その『引き算による表現』は、やっぱり好きだなと思うのです。沈黙の場面が非常に多く、それでいてその沈黙のシーンから伝わってくるものが多くある。そういう表現っていいなぁ、と思うのでした。
直接的に映画の内容にあまり触れていませんが、個人的には盆踊りのシーンと、老夫婦のラストシーンは忘れられないだろうなという感じがします。特に、老夫婦のラストシーン。息子夫婦が『最後に』やってきて父と抱擁を交わす場面。僕は、『こんな形での今生の別れなんてものがありうるのか』と感じさせられました。病気でも戦争でもなく、目に見えるものが彼らを隔てるのではない。しかし、目に見えない数多くの『何か』が、彼らをあちらとこちらに分けてしまう。これは本当に衝撃的でした。こんな『今生の別れ』がありえるなんて。

あれこれ思いつくままに書いてみました。映画の感想をブログで書いたのは初めてかな、たぶん。



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