黒夜行

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空飛ぶ広報室(有川浩)





内容に入ろうと思います。
本書は、防衛省の航空幕領監部広報室を舞台にした小説です。
主人公の空井は、元パイロット。P免と呼ばれる、パイロット資格剥奪の処遇となってしまった。理由は、本人には一切非のない交通事故である。日常生活に支障を来さないほどには回復したが、戦闘機パイロットとしての適性は満たせなくなってしまった。
スカイというタックネームでブルーインパルスに乗ること。それが空井のパイロットとしての夢だったのだが、その夢は儚く潰えてしまうことになった。
そんな空井が配属されたのが、航空幕領監部広報室である。
それまで来ていた制服をスーツに替え、冷たい印象のある防衛省の建物に通勤する日々。それまでとはまるで違う環境に戸惑いつつも、事故以来薄いベールの向こう側に佇んでいるような張りあいのなかった空井は、この広報室で大いに揉まれることになる。
先制パンチは、帝都テレビのディレクターだった。
サツ回りの記者だったリカは、色んな事情があって報道に回され、前任者から自衛隊の担当を割り振られた。自衛隊嫌いとして広報室では富に有名だったリカの担当をさせられることになった空井は、世間一般の人と同じく自衛隊について好感を持っていないリカと関わりながら、リカのような人に自衛隊を理解してもらうことが広報室の役割なのだと気付き、次第に打ち解けていくようになる。
幹部になれる能力を持ちながらなぜか試験を受けようとしない広報のプロ・比嘉や、幹部として民間の広告会社で研修を受けたことがあることが自慢で、しかし強引な手法からトラブルを引き起こして比嘉のサポートを余儀なくされる片山、もの凄く美人なのに室長の前でも尻をかく『残念な美人』柚木、そんな柚木のお目付け役をして小言をいう役回りの慎、そしてそんな荒くれ者どもを一手にまとめ、しかも無敵の交渉力を誇る最強のミーハーおやじである室長の鷺坂。
そんな個性的な面々に囲まれ、また『自衛隊の広報』という非常に特集な仕事の中で起こる様々な出来事を通じ、P免となった空井が変わっていく様を追った作品です。
やっぱり有川浩は最高です!いい話書くよなぁ。基本的に広報の話なわけで、人が死んだり誰かが病気になったりといったような、分かりやすい『お涙頂戴話』が出てくるわけじゃない。でも有川浩の作品って、読んでるとなんだか泣けてくるんですよね。
やっぱりそれって、人間の描き方が素敵だからだろうなぁ、と思います。
やっぱり有川浩作品の最大の魅力は、人だなという感じがします。様々な舞台で様々なジャンルの作品を書きますけど、どんな作品出会っても、そこに出てくる『人』、そして『人同士の関わりあい』の物語が本当に巧いと思います。
本書でも、いくつかの組み合わせを通じて、広報室内の様々な人間関係が描かれます。
まず作品のメインになるのは、なんと言っても新人の空井と帝都テレビのリカです。やはり、この二人がどんな風に関わっていくのかというのが、物語の最大のメインになっていきます。やっぱり有川浩らしく、ラブコメチックな要素も入ってくるんですけど、でもそこまであからさまな感じじゃないんで、有川浩のベタ甘な感じはなぁ…なんていう人でも全然大丈夫だと思います。
リカは、ほとんど知識がないなか、優等生的に昔の教えを信じているが故に、自衛隊に対して拒絶感がある。「空軍」という単語を使うリカに対して、空井が丁寧に、「自衛隊は軍隊ではない」と説明する場面があります。それぐらい、リカには基本的な知識が欠けている。また、初対面の時点で空井に対して、とんでもない暴言を吐く。それも、リカの思い込みのなせる技だったのだけど、そんな強烈なスタートから始まった関係だから、その後の展開もとても面白い。
リカは、自衛隊の密着取材をやろうとしていて、そのネタ探しのために広報室に入り浸るようになるのだけど、その間もまあこれでもかというぐらい色んな出来事が起こって面白い。リカが、たまにはと思って手土産を持って広報室に行った時の展開なんか、物語的に見事だなぁと思わせるほどでした。
次は、比嘉と片山だ。比嘉は何事にも落ち着いているんだけど、片山は何事にもちょっかいを出してからかわなければ気が済まないというような、両極端な二人だ。片山は幹部だが、比嘉は幹部になれる力を持ちながらも下士官のまま、年齢は比嘉の方が上なのに比嘉は年下の片山のことを立ててくれる、というような関係だ。
この二人の場合は、片山の側に比嘉に対する思いがある。かつて別の隊で比嘉から広報のイロハを教わった片山は、航空幕領監部の広報室に比嘉が異動になると知って喜ぶが、しかしそれはやがて失望に変わる。片山が比嘉に対してどんな思いを抱いているのかは読んでほしいところだけど、この二人の関係も面白いですね。
で、柚木と慎という関係もある。この二人は、防大時代の剣道部の先輩後輩という間柄。慎は、女性としての慎みに欠ける、『残念な美人』と呼ばれている柚木に対して、そういう仕草があれば常にツッコミを入れるのだけど、その背景には慎なりの想いが潜んでいる。柚木がどんな経験を経て広報室の椅子に座っているのか慎は知っているだけに、余計柚木のそんな仕草が気に食わないのだ。
この三組とも、やはりお互いへの誤解やすれ違いから、微妙な関係になってしまう。そんな関係性が、空自の広報室らしいイベントやらトラブルやらの中で次第に解消されていくという展開が凄く巧い。特に、ラスト近く、空井とリカの関係が壊滅的になってしまった時に、室長の鷺坂が空井に対してした説得なんかは見事過ぎる。リカ自身の行動あってこそのその説得だったのだけど、全体的にこんがらがってしまった関係性が少しずつ解けていく展開は、本当に素晴らしいなという感じがしました。有川浩作品のこういうところはやっぱり素敵だなと思います。
本書では、『自衛隊というものが一般の人からどんな風に見られているのか』という視点が非常に重要になる。あらゆる場面で、この問いが突きつけられると言ってもいい。
ミーハーである室長は、芸能人絡みのイベントやら映像協力なんかには何でも飛びつきそうだが、でも決してそうではない。テレビで取り上げられれば、イベントで使ってもらえれば、それで満足、という発想ではダメなのだ。そこで、自衛隊がどんな風に取り上げられるのか、そこまでしっかりと見極めなくてはいけないと鷺坂は事ある毎に言う。
僕自身は、自衛隊という存在に対して特別な感情を持っていない。いや、それはちょっと違うかな。個人的に、ほんの僅かであってもどっちに針が触れているかと問われれば、好意的な見方の方に針は触れているだろうと思う。それは、災害時の貢献や、実際に有事に陥ってしまった際の安心感、みたいなものが強いのだろうと思う。
法律的に自衛隊の存在がどうとか、もはや軍隊を持っているのと同じじゃないかとか、たぶん色んな議論があるんだろうけど、でもあんまりそういう議論には興味がない。東日本大震災の時の自衛隊員の活躍は、積極的に情報を集めていなくても耳に入ってくるし、彼らが何かあった時のために厳しい訓練を重ねているのだろうということぐらいは想像が出来る。実際、日常の中でそこまで接する機会のない対象だとはいえ(公共の組織であれば、警察とかの方がよっぽど身近でしょう)、もし実際に自衛隊がなくなってしまったら、それこそ立ちゆかなくなってしまうことが山ほど出てくるんだろうなということぐらい想像ができます。
だから、自衛隊に良い印象を持っていない人の気持ちというのは、正直僕にはよくわかりません。
直接的に、あるいは間接的にでも、自衛隊から何か被害を被ったことがある、ということであるならわかるけど、普通に生きている限りなかなかそういうことってないと思うんですね。もちろん、沖縄の米軍基地とかの問題はまた別でしょうし、基地周辺に住んでいる人なら騒音がうるさいとかあったりするんでしょうけど、でもそこまで酷い状況ってないと思うんですね。だから、どうして自衛隊って悪く言われるんだろうな、という感じはします。税金の無駄遣いだみたいな話がもしあるんだとしたら、そんなのもっと無駄に使ってるところが山ほどあるだろうよ、なんて反論をしてみたいですしね。
とはいえ現実的には、広報室が必死になって色んなアピールをして、自衛隊という存在を広報していかないと、世間の印象はどんどんと悪くなってしまうという状況にあります。
それが如実に描かれている場面が、広報室で一からCMを作るという話の中ででしょう。そこで、あらゆる神風が拭いて順風満帆だったCMが、ある瞬間から批判の的になる。それは言いがかりのようなものだったけど、でもその言いがかりがそこそこの人に受け入れられてしまうだろう素地は、世間の人の中にはあるということだ。端的に言えば、『自衛隊なんだから悪く言ってもいい』という雰囲気だ。はっきりと原因があるならともかく、それは世間の空気みたいなものだから、広報室としても戦いにくい。だから広報室は、自衛隊を積極的にアピールしていくことで、世間の関心を引き、出来れば好意的に見てもらえるように様々な努力をしているのだ。
最近、横山秀夫の「64」という作品を読んだのだけど、こちらも主人公は地方の警察の広報マンだった。元刑事で、事情があって広報室にという設定も、本書と似ているだろう。しかし、警察の広報室の場合、基本的に記者クラブとの応対がメインであって、『警察という組織をどう良く見せるか』という方面での積極的なアピールは行われていないようだ。少なくとも、「64」の中では描かれていなかった。そういう意味で、同じ公共的な組織なのに、広報というものの役割やスタンスの違いなんかを考えさせられました。
しかし、自分がテレビやら映画やらをほとんどみないからかもしれないけど、自衛隊って結構色んな形で露出してるんだなあと思わされました。現実的に、本書で描かれているようなテレビの話とかイベントの話とかがどれだけあるのか分からないけど、規模の大小はあれそれなりにはあるんだろうなという感じはしました。お互いの利害が一致しさえすれば、自衛隊というのは外部に結構開放されているものなんだなぁ、と思わされました。ミーハー室長である鷺坂としてもいい環境なんだろうなと思います。あと、こんなついでのように書くような話じゃホントはないんだけど、タイミングを逃したんでサラッと。室長である鷺坂はホント上司として最高だなと思いました。こんな人の下で働きたいものですね。
最後に。本書の巻末には、「あの日の松島」という話が収録されている。本編から少し時間が経った、東日本大震災後を描いている。
本書は当初、2011年の夏に出版される予定だったらしいのだけど、有川浩は、空自広報の3.11に触れないまま本書を出すことは出来ないと判断し、それを出版社も了承し、結局2012年に出版されることになったそうです。
「あの日の松島」では、東日本大震災を東京で体験したリカが、松島基地に異動になった空井を訪ねる、という感じで展開していきます。
いやはや、ここでの色んな描写は本当によかった。凄く短い話だし、正直広報的な話でもないんだけど、とにかく凄く良かった。松島基地も被災しているのに、家族ももちろん被災しているだろうに、それでも街の復旧にすぐさま取り掛かる自衛隊とか、全国各地から届く救難物資を自衛隊は受け取らず、他の自衛隊からのカンパだけでどうにかやりくりしていたけど、それも最低限の物資しか受け取らず、お菓子などは被災者に回していたなんて話とかいい話だよなぁ、なんて思うし、民間の敷地には原則立ち入ることが出来ないと決まっている自衛隊員がどうやって街の復旧に手を貸していったのかという話も興味深い。
しかし何よりも、「わたしがどんな特集を作ったら嬉しいですか?」というリカの問いかけに対する空井の返答が素晴らしかった。本当に素晴らしいと思います。
軍オタらしい有川浩は、これまでも自衛隊を作中に度々登場させていますけど、広報室というちょっと変わった視点から、しかしこれほど真正面に自衛隊を描き出したことは初めてではないかと思います。本書は、「航空自衛隊をネタに小説を書きませんか?」という、鷺坂のモデルになった広報室長からの提案で生まれた作品だそうで、作家にそんなアプローチをしちゃう柔軟性って面白いなと思いました。作品も、やはり有川浩節前回で面白いです。是非読んでみてください。

有川浩「空飛ぶ広報室」


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11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
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13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
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小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
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6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
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12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
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16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
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コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
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17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
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