黒夜行

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カマラとアマラの丘(初野晴)

内容に入ろうと思います。
本書は、廃墟となった遊園地を舞台にした、4編の連作短編集です。
その遊園地には噂がある。
廃墟となった今も、一年中様々な花が咲き乱れる庭園を動物霊園としている青年がいる。
月の出ている夜、自分の一番大切なものと引き換えに、訳ありのペットの埋葬を引き受けるという青年の噂。
廃墟となった遊園地に、様々な理由から訪れる人々に、青年は退治する。

「カマラとアマラの丘」
金子リサ。心理療法士。廃墟の遊園地の話は、担当しているおばあさんから聞いた。
愛猫を辛い形で喪ってしまったそのおばあさんは、愛猫を探すため夜徘徊するようになった。ある時、手折られた桜の枝を持ち帰ってきたおばあさんは、廃墟の遊園地の中に動物霊園があることを教えてくれたのだ。
リサは、最後の力を振り絞って、その遊園地にたどり着いた。そこにいたのは、森野と名乗る一人の青年。
ハナをここに埋葬して欲しい。
青年は、リサとハナの物語を聞かせて欲しい、それから考えると答えた。
人間とゴールデンレトリーバーの友情の物語。

「ブクウスとツォノクワの丘」
廃墟となった遊園地にやってきたのは、アメリカ人のブライアン・レイと、その妻・夕鶴だ。
ブライアンは、アメリカから持ち帰ってきた『ビッグフット』をここに埋葬して欲しいという。
あの、映像に撮られたことがあり、未だに見つかっていない未確認動物である。
妻の夕鶴は、流産をきっかけに精神を病んでしまったと言い、ブライアン一人が話を続ける。
何故ビッグフットをここに埋葬したいのか。
青年は主張する。あなたがたの話を最後まで聞いて、一人でも反対に手を挙げる者がいれば、埋葬は諦めてください、と。
ブライアンが席を外すと、夕鶴は森野に、ブライアンが語ったのとはまるで違う話を聞かせる。
醜いヒヒの話だ。

「シレネッタの丘」
その日非番だった市川は、最後の望みを託して、廃墟となった遊園地までやってきた。
ひと月前事故に遭い意識を取り戻さない息子のことが過る。お世辞にも良い父親とは言えなかった自分が、妻の言い分に真っ向から反対している。どちらが正しいのか。
市川は、三鷹で起こったとある殺人事件の捜査をしていた。新聞に大きく取り上げられている、センセーショナルな事件だ。
捜査を、していた。
担当から外された市川は、祖父母が殺害された現場で唯一一命を取り留めた、脳性マヒを患う息子・仁紀の記憶を喚起するかもしれない切り札を探していた。
天才インコだ。

「ヴァルキューリの丘」
弁護士の鷺村は、ある男の跡をつけて、廃墟となった遊園地までたどり着いた。
「おんじい」と呼ばれる、街中で『奇人』として有名なその男は、謎めいた雰囲気を持つ青年に何かを手渡していた。
鷺村はおんじいのことを、リゾート開発される予定の土地の不法占拠の片棒を担いでいる男だと糾弾し、森野と名乗る青年に事情を説明するはめになった。
土地売買契約を一方的に反故にした売主。そこに出入りする、天才的なネズミ駆除技術を持つおんじい。失踪した13人の若者。おんじいへの疑惑。鷺村の推測。
土地の売主はなぜ、敷地全てに有刺鉄線を張ってまで、土地売買契約を反故にしたのか?

というような話です。
僕が初野晴に求めているものとは若干ズレている感じの作品だな、というのが正直な印象です。けど、やっぱり初野晴、巧いなぁって思います。
物語の作り方が本当に巧い。
初野晴作品の魅力の一つは、一体どこから引っ張ってくるんだろう?と不思議に思うくらいの様々な斬新なトリビアと、そのトリビアを絶妙に物語の中に組み込んでいく手腕だと思います。
本書でも、その巧さは発揮されています。
本書の場合、動物に関する様々なトリビアが出てきます。犬やビッグフット(これは動物かな?)、インコやネズミなど、本書でメインで扱われる動物はもちろんのこと、それ以外の様々なトリビアが縦横無尽に散りばめられていきます。
そしてそれが、物語の中で非常に巧い位置に収まっているんですね。物語に無関係な、雑談の話題としてトリビアが引き出されるわけではない。それら一つ一つが、物語を構成する重要なピースになっていく。
愛玩犬の中には自殺する犬がいるというのも初めて知ったし、異種臓器移植なんてものが存在するなんて知りませんでした。オウムのアレックスと馬のハンスの存在は知ってたけど、それをこんな風に物語に絡めてくるんだっていう驚きがあるし、近代化学兵器によっありますね。
森野は、博愛主義ではないのだけど、やはり基本は動物側に立っている。会話の端々に、人間が動物を扱う際の立ち位置、視点、前提などを非難する色が滲む。廃墟となった遊園地にやってきて森野と話す人たちに、森野が何を望んでいるのか、それはなかなか判然としない。反省して欲しいのか、真実を見出して欲しいのか、はたまた何も期待していないのか。森野の立ち位置は、どこか不安定で揺らいでいる。しかし一方で、真っ直ぐ芯が通っていてまるで揺らがないようにも見えてくる。不思議な印象を残す男で、そんな森野と対峙する人たちは、森野の掴みどころのなさに戸惑う。
『森野』という名前からの連想だけど、本多孝好の「MOMENT」と「WILL」という作品を連想した。その二つの作品の中で、葬儀屋として出てくる女性の名前が、確か『森野』だったはずだ。死者を弔う、という点でも近しい存在だなと、全然関係ないのだけどそんなことを思った。
廃墟となった遊園地という同じ舞台設定で、これほどバリエーションの違う物語を生み出せるというのもさすがだと思う。初めの二つは、動物霊園という噂を聞いてやってきた話だけど、後の二つはそういう設定ではない。埋葬とは違った事情で廃墟の遊園地までやってきてしまった人たちだ。そういう、物語の展開のさせ方や構成力みたいなものは、さすが初野晴という感じがする。
また、トリビアルな知識を、登場人物たちの輪郭を太くするためにも活用していて、それも巧いなと思う。
例えば、医療機器の販売をしていた男は、コーヒーカップを見てこんなことを言う。

『思い出したのは子供の頃じゃないんだ。遊園地のコーヒーカップがくるくるとまわる複雑な動きにはサイクロイド、トロコイド曲線と呼ばれていて、俺が売っていた医療用の遠心分離機と同じ軌道になるんだ』

また、刑事は森野を見て、こんな感想を抱く。

『よく見ると左の目元とまぶたの形が右とすこし違って二重になっていた。親の虐待を受けてきた子供がこんな顔をしていたことを思い出す。利き手が集中する顔半分に後遺症が残るからだ。』

こういうのが巧いなと思う作家は、パッと思いつくところだと森博嗣と荻原浩だ。森博嗣は、理系的な知識で情景や登場人物の描写をするのが巧い。荻原浩は、それぞれのキャラクターの個性に沿った喩えや言い回しが非常に巧い。初野晴にそれまでそんな印象を抱いたことがなかったのだけど、僕が見逃してただけか、あるいは作家としてよりレベルアップしたのか。そういう表現が本作では僕の印象に残りました。
本書は、人間と動物の物語だ。人間は、「動物には感情がない」と断定し、それを前提としてこれまで発展してきた、という。

『昔は、とくに神話の世界では、神と人と動物ははっきり区別されていなかったんだ』

という一文は本書の、いや森野の心象を的確に表現しているかもしれない。
しかし僕は本書を読んで、『人間同士も分かり合えるのか?』と突きつけられているように感じられた。
僕が動物というもの全般に、さほど愛着を抱けないからかもしれない。
人間と動物の間には、普通は言語による会話は成り立たない。言語以外のコミュニケーションが成立しているのだ、という主張をすることは可能だけど、第三者にそれを示すことが出来ない時点で、それは科学的ではない。だから、言語によるコミュニケーションが成り立たない時点で、意志の疎通が出来ないと判断していいだろうと思う。
でもそれは一方で、では言葉が通じさえすれば意志の疎通が出来たことになるのか?という問いを突きつけることでもある。
どうだろう?
僕は、人間同士が分かり合えるなんていうのは幻想だと思っている。そんなわけがない。いくら言葉が通じようと、どれだけ賛同を得られようと、それが分かりあえている証拠になるわけではないだろう。
そうやって議論を一周させたその先に、新たな着地点を著者は見出している。そんな風に僕は思う。
つまり、これまでの議論の流れを逆行するような結論だけど、『言葉が通じないからこそ、最高の意思疎通が可能なのではないか』ということだ。
動物と人間のいくつもの物語を描き出すことで、著者は、そんな着地点を読者に提示しているのかもしれない、となんとなくそんなことを感じました。
初野晴作品に対する僕の好みとはちょっとズレているのだけど、初野晴の巧さを実感できる作品でした。動物との接し方について考えさせられる部分もあり、夢を持たせてくれる部分もありです。動物が好きな人が読んだらどんな感想になるのか、興味があります。読んでみて下さい。

初野晴「カマラとアマラの丘」



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10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
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13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
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19位 奥泉光「黄色い水着の謎
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5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
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小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
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3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
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7位 ジュディ・ダットン「理系の子
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10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
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13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
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1位 千早茜「からまる
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6位 「もうダマされないための「科学」講義
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