黒夜行

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浜村渚の計算ノート(青柳碧人)

内容に入ろうと思います。
本書は、とある事情からテロリストになってしまった天才数学者・高木源一郎と、彼の挑戦に立ち向かう中学生・浜村渚の闘いの物語です。
まず全体の設定を説明しましょう。
高木源一郎は、現在日本を震撼させているテロ組織「黒い三角定規」の主導者であり、自ら「ドクター・ピタゴラス」を名乗っている。
彼の目的はただ一つ。学校教育における数学の地位向上だ。
とある心理学の権威が、少年犯罪の急増の理由を義務教育の内容と関連付けた論文を発表した。それを受け文部科学省は、小中学校における教育内容を刷新することにした。
刷新の大きな柱として導入されたのは「心を伸ばす教科」。つまり、絵画や道徳などの科目の比重が増した。
その一方で、これまで「勉強」と呼ばれていた科目はどんどんと削られ、なかでも数学と理科は徹底的に迫害され、学校によってはほとんど教わらない、そんな状況になってしまった。
そんな現状を変えるべく立ち上がったのが高木源一郎である。彼は、全国の高等学校の数学教育で使われていた数学ソフトの監修者であり、彼はそのソフトの中に特殊な信号を仕掛け、日本国民全員に予備催眠を掛けていたのだ。高木源一郎は、ちょっとした数学的操作を加えることで、そのソフトに一度でも触れたことのある人間を自由に操ることが出来るようになった。
国民全員が人質に取られた形だ。
高木源一郎は、学校教育における数学の地位向上を、動画配信サイト「Zeta tube」で訴え、政府に一ヶ月の猶予を与えると告げたが、政府は高木源一郎の思惑と真逆の対策を取ることになる。
かくして高木源一郎は、テロ行為に手を染めることになる。
それに対するのが、中学生の浜村渚だ。
何故中学生が捜査に加わるのか。
高木源一郎が作った数学ソフトは20年以上使われており、警察の捜査本部には、「39歳以上、または高木源一郎作製のソフトを一度も見たことがない警察官」のみが集められた。その結果、捜査本部に数学的な知識を持つ人間がいなくなったのだ。
しかし、数学に強い人間に協力を求めるのも難しい。何故ならそういう人間は、まず間違いなく高木源一郎のソフトに触れているからだ。高木源一郎のソフトに触れれていないのは、39歳以上か中学生以下という条件になるが、中学生以下でも塾などでそのソフトが使用されていることがあり、難しい。
そんな中で白羽の矢が立ったのが、浜村渚だったのだ。彼女は、数学の恐るべき才能を持ちつつ、これまで高木源一郎の作成したソフトを一度も見たことがないという、日本国内においてこれ以上望むべくもない人材だったのだ。
かくして、高木源一郎率いるテロ組織「黒い三角定規」が仕掛ける様々な「数学が絡む犯罪」を、浜村渚と共に解決していく…。
というような話です。
では、4編ある各章の内容を紹介しようと思います。

「ぬり絵をやめさせる」
「黒い三角定規」は、長野県内で殺人を犯し続けている。殺されている人たちには関係性はなく、捜査本部は、何故彼らが殺されているのかまったくわからない。
浜村渚はこの事件に、「四色問題」が関係していると見抜くが…。

「悪魔との約束」
美術館で、揮発性の毒ガスが撒かれる事件が多発する。捜査本部は、毒ガスの入手経路から、渋谷にある『カルダノ』という名の数学喫茶にたどり着く。
その数学喫茶には、『何もないことを示す』数字である『0』が重要なモチーフとして扱われている。捜査本部の面々は、「0で割り算をしてはいけない」という、数学における最も基本的なルールを学ぶことになるが…。

「ちごうた計算」
「黒い三角定規」によって、奈良理科大学教授であり、数学の世界では世に知られた天才数学者・四日市潔が誘拐されるという情報を入手した捜査本部は、浜村渚を連れて奈良まで赴く。デパートのタイルを見て、フィボナッチ数列という、数学そして自然界において非常に有名な数列に魅せられる渚。警察による警備の中、四日市教授は誘拐されるが、手がかりを残しており…。

「πレーツ・オブ・サガミワン」
相模湾に浮かぶ無人島・津殿島に、「黒い三角定規」の関係者がサバイバル生活をしていると判明する。捜査本部の面々は、ちょっとしたきっかけで彼らに拘束され、渚の機転で彼らの仲間となって島を探ることにした。
島の面々はみな、5桁の数字が書かれたTシャツを着ている。どうも、円周率の数字のようである。円周率を10万桁まで記憶しているという鑑識課の上原ヤマトと共に、テロ活動のための準備をしている「黒い三角定規」のメンバーに対抗すべく策を練るが…。

というような話です。
いやはや、予想してたより遥かに面白くてビックリしました!これは掘り出しものだったなぁ。
なんとなく、軽くサラッと読めるあまり歯ごたえのない小説だろうな、なんて予想で読んでたんです。でも、『軽く』『サラッと読める』ってのはあってたけど、『歯ごたえがない』は間違ってましたねぇ。
冒頭の話からもう、心を鷲掴みにされちゃいました。
「四色問題」というのは、世の中に存在するありとあらゆる地図は、4色あれば塗り分けられるかどうか、という問題であり、数学の世界に非常に波紋を呼び起こした証明で知られます。僕はこれまで色んな小説を読んできましたけど、まさか「四色問題」がストーリーにここまで絡んでくる小説が存在するなんて、思いもしませんでした。確か、東野圭吾の「容疑者Xの献身」の中で、ちょこっとだけ「四色問題」が出てきました。確か、主役の一人である数学者が、コンピュータに依らない「四色問題」の証明法を考えている、という設定ではなかったかな、と思いますけど、ストーリーそのものに絡んでくるわけではありませんからね。
4つのどの話も、その話の中で扱われる数学的な話については、ストーリーを理解するための最低限の知識は提示されるんで、「四色問題」についても、ストーリーを理解するために必要な事柄はきっと理解出来ることでしょう。
でも、そういう部分を超えた何かが、本書にはあると思うんですね。だから、文系の人が読んでどう感じるのか、凄く知りたい。
例えば、ストーリーが理解できたとして、じゃあ何故、浜村渚のとある提案によって犯人が犯行を取りやめてしまったのか、その心情まで理解できるのかというと、それはちょっと難しいのかもしれないなぁ、なんて思ったりします。それは、2話目でもまったく同じことを感じました。
本書で描かれているのは、『数学に対する誠実さ』なのだ。
本書では、『数学の地位向上のためにテロ行為を行う』という、まあはっきり言ってしまえばトンデモな設定の元に物語が進みます。そもそも、そういう馬鹿げた設定を受け入れがたい、という人もきっといるでしょう。まあ、それはそれでいいです。でも、この設定をとりあえず受け入れて、ストーリーが理解できても、じゃあ納得できるかというとまた別かもしれないなって思うんですね。
僕の中にもあるのだけど、『数学に対しては嘘はつけないな』っていう感覚があったりします。これは、ちょっとでも数学が好きだったりする人の中には存在する感覚なんじゃないかな、と思うんですけど、どうでしょう?
喩えが適切ではないかもしれないけど、それはキリスト教におけるイエス・キリストの存在のようなものかな、っていう気がします。たとえどんな状況で嘘をつくことが出来ても、イエス・キリストに対しては嘘をつけない(告解とか、要するにそういうことですよね?)みたいな感覚ってきっとあるんだと思います。数学が好きな人の中にも、「数学に対しては嘘をつけない、誠実でありたい」という感覚が必ずあると思うんですね。
本書の中で、その感覚がかなり強く描かれているように僕には感じられます。だからこそ、「ぬり絵をやめさせる」でも「悪魔との約束」でも、彼らは浜村渚の追及によって観念してしまうのです。
この感覚を共有できるかどうかで、本書を面白いと感じられるかどうか結構違ってくるかもしれないなぁ、なんて思ったりします。「数学に対して誠実でありたい」という感覚を共有できない人にはなかなか、犯人と浜村渚のやり取りをうまく捉え切れないだろうなぁ、なんて思ってしまいます。
「悪魔との約束」も見事でした。特に、最後の最後浜村渚が犯人の行動を抑える場面は、爆笑しつつ感動するという、なかなか経験することのない感情に支配されました。まさかそんなぶっ飛んだラストになるとは!という笑いと、でもそれなら仕方ないよねという納得とが押し寄せてくる、見事なラストだったな、と思いました。
「ちごうた計算」は、4つの話の中では一番微妙な感じかな、という気がしましたけど、四日市教授が残したメッセージ、犯人による隠匿、そしてそれを解き明かす浜村渚の活躍なんかが面白い話です。
「πレーツ・オブ・サガミワン」はまさに、数学のロマンについての話です。『円周率』という、古来数多の数学者たちが立ち向かってきた強大な壁と、それに魅せられた者たちのロマンの物語です。ストーリー自体は他の話同様物騒ですけど、円周率という、ごく一般的な人からすればどんな意味があるのか何の役に立つのかまるでわからない謎めいた数字の羅列に込められた重みみたいなものが伝わってくる作品だなと思いました。
浜村渚というキャラクターも凄くいいですね。全体的にラノベっぽい感じのキャラ設定で(まあ、あんまりラノベを読んでいるわけでもないんですけどね)、そういうのがちょっと苦手という人が読んでどう感じるのか分からないけど、とりあえずどんな場面でも『数学が好き』というのが最優先されるけど、普段は別にごく大人しい女の子という設定は、読んでてなかなか楽しいです。他のキャラクターも、深みは別にないのだけど、ストーリーの邪魔をし過ぎなかったり、逆にストーリーを盛り上げたりと、それぞれのキャラクターがいい動きをしているので、楽しく読めるなと思いました。
全体的に数学ネタが散りばめられていて楽しいです。もちろん、ストーリーに必要な部分はあらかじめ説明されるし、ストーリーに関係ないものでも説明されることが多い。でも、説明なしで出てくる描写も時々あって、ニヤリとしてしまう。「πレーツ・オブ・サガミワン」の中に、『一本の針を、平行に引かれた数本の直線めがけて落としている』という描写なんか、なるほどぉ、って感じでしたもんね。これは、『ビュフォンの針』という有名な確率の問題が元ネタになっていて、数学が好きな人ならニヤリと出来るんですよね。そういうちょっとした仕掛けが見え隠れすると、なんか楽しくなってきます。
設定はまさに荒唐無稽です。そういう荒唐無稽な設定に馴染めない、という人もいることでしょう。でもこの設定は、あくまでも『数学を物語に落としこむための舞台設定』に過ぎないわけで、そこをとやかく言って楽しみを半減させてしまうのは面白くありません。数学が好きな僕としては、予想していたよりも遥かに面白い話で、大満足です。数学を小説にしたということでは先駆者である、結城浩「数学ガール」という作品があるのだけど、これはそこそこ以上の難易度がある。しかし本書は、数学初心者にだって理解出来るストーリーである。そして本書を読むと、数学好きの「数学に対しては誠実でいたい」という、文系の方にはなかなか理解し難い感覚を少しは知ることが出来るかもしれません。個人的には、シリーズの続きも読んでみたくなってしまうような、面白い物語でした。是非読んでみて下さい。

青柳碧人「浜村渚の計算ノート」



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5位 笹本稜平「遺産
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7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
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9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
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5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
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小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
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6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
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12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
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コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
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9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

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2011年の個人的ベストです
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1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
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4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
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16位 小川洋子「人質の朗読会
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18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
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