黒夜行

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ルーズベルト・ゲーム(池井戸潤)

内容に入ろうと思います。
舞台は、現会長が創業し、年商500億円までに成長させた、機械部品メーカーの青島製作所。
創業者の青島は大の野球好きで、創業7年目に自社の野球部を創設した。当初こそ野球好きの社員を集めてやっていた程度だったのだけど、少しずつ規模は大きくなり、青島製作所野球部は、社会人野球でもかなり名を知られた伝統あるチームとなった。
しかし去年。監督だった村野が、青島製作所野球部のエース二人を引き連れて、本業でもライバル関係にあるミツワ電器の野球部に移籍してしまう。青島製作所野球部は、いきなり監督不在という大ピンチの中、野球部の部長も引き受ける役員の三上は、監督探しに奔走することになる。
チームも、エース二人を引きぬかれて、満身創痍だ。マネージャーの古賀、キャプテンの井坂らが奮闘するも、チーム作りにも難航することになる。
そんな青島製作所にやってきた新監督は、元高校野球の監督だった大道だ。大道は勝つために、データ重視のチームの組立をし始める。それは、レギュラーを奪われることになる古参の選手の反発を買うことになるが…。
しかし、そんな野球部は、そもそも存続が危ぶまれてる。
青島製作所は、創業者である青島が社長を退き、青島が営業部長として他社から引き抜いてきた細川が抜擢人事で社長に就任していた。細川は、社内で誰も注目していなかったイメージセンサを青島製作所の主軸に据える提案を行い、5年間で50億円もの売上を伸ばした功績がある。
しかし、米国発の金融不況の煽りを受けて、業績は急激に悪化。先の見通せない状況が続いている。
問題はそれだけに留まらない。ミツワ電器が強敵なのだ。
ミツワ電器は、営業力で売上を伸ばして来た会社だ。創造力はないが、他社で売れているものも自社でも開発し、コストダウンで受注を取るという戦略でやってきた。
そのミツワ電器が、イメージセンサ部門に注力するようになったようで、青島製作所と競合する。
不況の煽りで、大手取引先からの大幅な生産調整を飲まなければならない中、さらにミツワ電器が食い込んでくるために、受注を取るためにはさらなるコストダウンを迫られることになる。
青島製作所は、青息吐息の状態だ。
そんな中で、年間の維持費が3億円も掛かる野球部を存続させる理由があるのか。青島製作所の番頭である笹井や、製造部役員である朝比奈など、役員の中にも野球部嫌いは多い。
果たして野球部は、そして青島製作所は、生き残ることが出来るのだろうか…?
というような話です。
素晴らしい!!さすが池井戸潤としか言いようがない最高の物語ですなぁ。やっぱ池井戸潤、好きだなぁ。
銀行や中小企業を中心にした作品を多く発表してきた池井戸潤だけど、企業野球を描いたのは今回が初かもしれませんね。
企業野球部の視点から『会社』というものが描かれる物語は、とても新鮮だと思う。
これまでは、経営者の視点、銀行の視点、一社員の視点、そんな方向から『会社』というものを見る作品が多かったと思うのだけど、今回は企業野球部の視点から『会社』を見る作品だ(もちろんその視点だけではないのだけど)。
確かに、不況の中、リストラを推し進めなくてはいけないという状況の中で、莫大な維持費の掛かる野球部を存続させる必然性は、強く感じられることはないだろう。
役員の中には、はっきりと野球部のことを「コスト」と言い切る人間もいて、さっさと廃部にするように部長である三上に何度となく言い続ける。
しかし、野球部にも役割があるし、何よりも野球部の面々もれっきとした社員だ。
社長の細川が、久々に(初めてだったかな?)野球部の応援に行く、というシーンがある。その場面で細川は、何故創業者の青島が野球部を作ったのか、分かったような気がしたのだ。
社員の一体感。
野球というスポーツを通じて、社員が一体になれる。球場に来て応援をする社員の姿を見ていると、そしてその中でいつの間にか大声を出していた自分の姿を確認して、細川は、リストラを推し進めている最中の自分自身に、『経営とは何か』という問いを突きつけることになる。
青島と細川のやり取りは、いつも示唆に富んでいる。
青島は、創業者として細川に強く出ることはない。自身はもう引退した身であり、細川のやりたいようにやればいい、というスタンスだ。そんな青島だが、時折細川に、細川の視点からは見えないだろう『何か』を示唆する言葉を呟く。細川には、青島に言われた時にはそれが何を意味するのか分からない。でも、苦境にあえぐ中で、様々に頭を悩ませている時、あるいはふとした時に、青島の言葉をスッと理解できる時がくる。
野球部の存在は、そんな青島の存在を代表している、と言っていいかもしれない。青島の遺伝子が、野球部にはある。細川は、作中でほとんど野球部と関わることはないのだけど(時折応援に行くだけ)、しかし経営という観点から野球部というものを扱わねばならず、そういう時、そこに青島の大きさを見ることもある。本書は、色んな主軸が乱立する構成になっているけども、青島の遺伝子を持つ野球部と直接間接に関わることで、細川が経営者として成長していく過程も非常に面白いと思う。
野球部の面々も、みんな良い奴だ。初めこそ、監督不在・エースの引き抜き、新人とベテランの確執など、あまりいい描写のない野球部だけど、大道が来て、すったもんだあってチームの雰囲気がどんどん変わっていき、野球部の描写はどんどん面白くなっていく。
しかし、野球部の話もドラマ満載だ。会社本体の方ならともかく、野球部にもこれだけドラマ性を持たせるところはさすがという感じです。
実際どんなドラマが展開されるのか、ここでは書かないけど、中盤以降でクローズアップされることになるある人物には、本当に肩入れしたくなります。後半の野球部の描写は、彼の様々が主軸となって物語が進んでいくんですけど、本当に、純粋に、「頑張れ!!」と応援したくなってしまいます。もうね、幼稚でもなんでもいいんですけど、やっぱり『正義』は勝って欲しいんですよ!
会社としての青島製作所には、本当に様々な危機が訪れます。どうやってこの危機を乗り越えたらいいか、社長の細川にもまるで想像が出来ないような、そんなとんでもない事態です。
さて、本書のタイトルの意味を書いてみましょうか。
青島が細川に、「一番面白い野球の試合はどんなゲームか分かるか?」みたいな問いかけをします。青島は、「8対7が一番面白い」と言います。これは、野球を愛したルーズベルト大統領がかつてそう言ったのだそうで、だから8対7の試合はルーズベルトゲームと呼ばれている。
細川は、0対7ぐらいの試合に立たされている。そんな状況だ。
大手取引先からは生産調整を飲まされる。ライバルのミツワ電器は、コストダウンを武器に青島製作所のシェアを食い破ろうとしている。銀行からは、リストラをガリガリ推し進めなくては融資がもらえそうにない。社運を賭けたイメージセンサを搭載するはずだったカメラの発売が前倒しになり、イメージセンサの開発が間に合わないかもしれない。
まさに踏んだり蹴ったりだ。
しかもさらに、細川を追い詰める事態が舞い込むことになる。それは、会社そのものの存亡を左右するような事態で、細川は悩む。
細川を悩ませているものは、青島製作所そのものの経営に関してもそうなのだけど、『何故自分は社長なのか』『青島製作所の社長としてどうあるべきなのか』という悩みに囚われている、という部分もある。
青島はある場面で細川に、「イズムが必要だ」という。しかし、細川には、それが分からない。コンサルタントとしてずっと数字ばかり追い続けてきた細川には、青島がいう「イズム」がなんなのか分からないのだ。細川は作中、ほとんどの場面で悩み続けているのだけど、その人間的な有り様は好きですね。
他にも魅力的な人物はたくさんいる。
特に僕は、笹井と三上が好きですね。
共に青島製作所の役員なのだけど、対照的な存在で面白い。
三上は総務部で、リストラを主導するという辛い立場にいる。一方で野球部の部長でもあり、これだけの大規模なリストラを敢行している中でも、どうにかして野球部を存続させられないかと八方手を尽くす。企業人として考えれば、野球部の廃部は当然だ。しかし、三上は粘る。何故そこまで野球部にこだわるのか。そこに三上の人間性が現れているようで、凄くいい。
一方の笹井は、野球部嫌いの役員として有名だ。コストが掛かる野球部はすぐに廃部すべし、と言わんばかり。青島が社長時代から青島製作所の番頭をずっと続けてきた男で、誰にも次期社長だと目されていた。
笹井は作中で、あまり良い風に描かれることがない。大抵、嫌な感じの奴に見えることが多い。でも、実はそうではないのだ、という点がチラホラ見え隠れする。それが、笹井という会社に尽くしてきた一人の男の矜持を見え隠れさせる感じがして素敵なのだよなぁ。
他にも、チラッとしか登場しないたくさんの人物がいるんだけど、一人ひとりが結構個性的だ。本書は、冒頭から大量の固有名詞が出てきて、初めはちょっと不安だったんだけど、キャラクター一人ひとりがきちんと作品の中で『生きている』ので、登場人物の名前を覚える苦労はほとんどありませんでした。社長や銀行マン、ライバル会社の社長と言った人物だけではなく、技術者や契約社員や応援団と言ったちょっとした端役に至るまで個性が与えられている、見事な作品だと思います。
素晴らしい作品だと思います。池井戸潤は本当に、安心して読める作家の一人になったな、という感じが強くあります。エンタメというほど軽いわけではなく、でも経済小説と言うほど堅いわけでもなく、絶妙なバランスを保ちながら、読みやすくかつすべての働く者をたぎらせるような作品を描き出すのが本当に巧いと思います。是非読んでみて下さい。

池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム」



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2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
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3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
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新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
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9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

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2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
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5位 百田尚樹「錨を上げよ
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6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
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