黒夜行

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きのうの神さま(西川美和)

内容に入ろうと思います。
本書は、僻地の医療というものを大きな外枠として設定して、その中で起こるささやかな物語を描いた5編の短篇集です。

「1983年のほたる」
りつ子は、塾に通うために本数の少ないバスに乗っている。中学受験をして、自分の生まれた村から出たい。狭い狭い価値観の中で生きている土地から離れたい。小学生にしてそんな風に考えていた。
塾でその成績優秀っぷりで脚光を浴びる匂坂さん。彼女に憧れて、でも話すことはおろか近づくことも出来ない日々。
塾からの帰りのバスの運転手は、いつも同じ人だった。一ノ瀬時男。りつ子はその男のことがなんだか嫌だった。夏祭りの日に一人で夜店をぶらぶらしている姿を見て、改めてそう思った。
ある日りつ子は、バスに乗っている時、時男に話しかけられる。

「ありの行列」
男は、学会のために数日島を離れる老医師の留守番として、島にやってきた。多少の引き継ぎが必要だけど、迎えに来てくれるはずの老医師の姿が見つからず、診療所まで行くと、夫の容態の悪さを訴える老女に捕まっているのだった。
ひょいひょいと階段を登り降りする老医師とは対照的に、動悸の激しさを隠せない男。老医師は、この島での正しい医療というのがどんなものなのか、どんどんわからなくなっている。
男は老医師の代わりに診療をする。森尾セイという患者に、「一人で来て」と呼ばれて行く。

「ノミの愛情」
夫は、市立病院に勤める心臓外科医である。その世界ではもの凄く評価が高いらしい。技術だけではなく、人柄も。看護婦を自宅に読んで私に手料理を振舞わせ、そこでも完璧な人格を演じる。
私以外の人に見せる顔が完璧なのだ。
隣の家で飼われているトーマスという犬。私はそのトーマスが気になって仕方がない。

「ディア・ドクター」
職場の実験室で作業を続けていたぼくの元に、家族から電話。仕事中電話が掛かってくるなんてまずないことだ。
父がゴルフ中に倒れたという。
すぐさま駆けつける。母がそこにいて、父は眠らされていた。
ぼくは、兄を待つことにする。
兄。今では、ここと陸続きとは思えないほどの僻村で、医師一人看護師一人という病院で事務を任されているという。長いこと、会っていない。
兄は、父の視線を気にしすぎ、また父にまるで期待されず、落ち込む子ども時代を過ごした。振り返ってみればあれは、兄は父に恋をしていたということなのだと思う。
兄は、まだこない。

「満月の代弁者」
男は、今日で島を離れる。そして、後任である野添医師を連れて、島内の患者の元を回っているのだ。
野添医師は、確かにベテラン医師であるが、そのほとんどを研究室で論文を書くことに費やしていた。診療は、ほとんどやったことがない。
島にある篠井商店。全体的に不調だけど大病はない祖母と、そんな祖母を支えるために会社を辞めた孫娘がいる。二人の願いは共通している。お互いのために、ポックリ死にたい。

というような話です。
西川美和は、写真を撮るみたいにして小説を書くなぁ、と思う。西川美和が映画監督だっていうところからの先入観ももちろんあるだろうけど、読んでいてそう思った。
時々、複数人で会話している場面で、誰が話してるのかはっきり分からない場面がある。たぶんそれは、敢えてそのままにしているのだろうなと思う。小説において、誰が喋った会話なのかはっきりさせるためには、色んなことをしなくてはいけない。しかし、その色んなことをしたために、リアリティが失われることが往々にしてある。たぶん西川美和は、それをよしと出来ない人なのだろう。僕らが普段している会話は、物凄く省略されているし、そのまま文章にしたら全然通じなかったりするようなものも多いはずだ。でも西川美和は、出来るだけそういう「本当らしさ」を写真で撮るみたいな感じで写し取ろうとしているんだろうなという感じがする。
それに、この作品はそもそも、写真を何枚も繋げたような、そんな雰囲気を持つ作品だ。
はっきり提示されるストーリーや展開というものはない。描かれるもの同士の関係性がイマイチよくわからないこともある。普通の小説のように、流れがあるような分かりやすい展開というわけでもない。着地点だって、はっきりと示されているわけではない。
それは、誰かがある場所を訪れて、気の向くままにパシャパシャ撮った写真を並べてみた時に伝わる何かと、凄く近いような気がする。西川美和は、それぞれの場面場面をくっきりさせることに集中しているように思う。それが、個別の写真に当たる。で、あとはそれをそっと並べることで、繋がりとか関係性とかは、まあ好きに読み取って、みたいな感じなんじゃないかな、と思う。写真集をパラパラめくっていると、そこに文字がまるでなくても、見る人それぞれが何らかのストーリーをそこに見出すこともあるだろう。そういうことを、文字でやろうとしているのだろうなと思う。僕はそんな風に感じた。
僕にはちょっとこの作品は大人しすぎるように感じられて、ググっと来るという感じではなかったのだけど、巧いなとは思う。一枚の絵に見えているものが、実はとても薄い何かの積み重ねであって、その薄い何かを一枚一枚丁寧に描き出しているかのよう。
また、僻地という設定もうまく生かされているように思う。決して便利なわけでもない(そもそもそういう土地にある決して満足といえるわけではない医療を描いている作品だ)、何があるわけでもない土地に、それでもなお住んでいる人たちの中にある様々な思い。僕自身田舎出身だけど、特別そういう田舎だからという思いを感じる経験をしてこなかった僕には実感と呼べるところまで迫ってくるわけではないのだけど、人一人の存在が強く刻印を持つそういう僻地での生活というものを、それぞれの立場から巧く描き出しているような感じがしました。
非常に丁寧に描かれた作品という感じがします。「ディア・ドクター」で描かれる兄の存在が、なんだか一番印象に残りました。

西川美和「きのうの神さま」



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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)