黒夜行

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微笑む人(貫井徳郎)





内容に入ろうと思います。
本書は、『とある小説家が、実際に起こった事件の犯人に関心を持ち、取材をして初めて書いたノンフィクション』という設定の作品です。
初めは誰も、それを殺人事件だとは思わなかった。
川で事故の一報を受けて急行した救急隊員は、妻と子の助けようと奮闘している男性を見つける。結果的に妻と子は息を引き取った。救急隊員も病院の看護婦も、その男性に不審な点を感じることもなく、それは事故として処理されるはずだった。
しかし、目撃者がおり、葬儀場の混雑により火葬がおくれていた遺体を調べたところ、決定的な証拠が見つかった。
それで、仁藤俊実は逮捕された。
どこにでもある、という表現はよくないだろうが、初めは世間の耳目を集める事件ではなかった。しかし、仁藤が供述したという殺人の動機に、世間は大騒ぎになった。
『被疑者仁藤は、本が増えて家が手狭になったから、妻子を殺したと自供しています』
小説家は、仁藤に興味を持った。その奇っ怪な殺人の動機もさることながら、仁藤を取り巻く不可思議な疑惑や、仁藤を巡る様々な人間の評判など、どうにも釣り合いの取れない事実が山ほど出てきて、目をそらすことができなくなったのだという。
仁藤に関して新たに出てきた疑惑の一つは、かつて同僚だった銀行員への殺人疑惑だった。
仁藤が関与したという証拠は一切ない。それどころか、その銀行員の死体遺棄場所が、妻と子を殺した現場に近いから、という理由だけで持ち上がった疑惑ではある。様々な人物への取材を重ねてみても、仁藤への疑惑は強まっていかない。
しかし、小説家は取材を続ける。
仁藤の周りには、そう思おうと思えばそう思えるという程度の不可解さを持つ『死』が多くあった。すべて疑惑でしかない。しかし小説家は、自力で取材を重ねた末に、仁藤を巡る新たな疑惑を自ら掘り出すことになり…。
というような話です。
なるほどなー、という感じがしました。凄く評価が難しい作品です。
本書は、『どんな先入観を持って読むか』によって、大分印象が変わる作品ではないかな、という感じがしました。
先に書いておくと、本書は、ミステリ的な体裁でありながら、わかりやすい解決が提示されるわけではない作品です。恐らく、これを前提に読めば、本書を結構楽しめるのではないか、という感じがします。
本書は、物語がどんな風に展開し、どこに着地するのかが、読んでいる間さっぱりわからない。それはそれで物語の楽しみ方ではあるのだけど、でも方向性さえ見えないのは、やっぱりなんとなく不安になる。読んでいく中で次第に、たぶんこれははっきりとした解決が提示されるわけではない作品なんだなということが徐々に察知されてくるんだけど、でもまだ頭の片隅で、いやもしかしたら最後になんか驚愕的な展開が待っていて、すべてに説明がついたりするのかもしれない、と思ったりもしながら読んでいた。結局、『わかりやすい物語』が提示されないまま終わる。これはこの作品のある種のテーマでもあったりするわけで(たぶん読んだ人じゃないと、僕が何を行っているのかよくわからないと思うけど)、作品としてはそれでいいんだけど、やっぱり物語の読みはじめのスタンスとして、『わかりやすい物語』が提示されない作品なんだ、という立ち位置でいられるといいと思うんだけど、どうかなぁ。「エリート銀行員は何故妻子を殺したのか」的な方向で行くと、なるほどそれが解決されるのだな、的なスタンスで読み始めてしまうよなぁ、なんて思ったり。
こういう、作品の存在そのものではなくて、読者がどんな立ち位置でその作品を読むか、という無駄に敏感だったりするので、そういう意味で評価が難しいなぁ、という感じがしました。
物語の体裁としては、貫井作品では結構よく使われる印象なんだけど、語りのスタイル。本書では、様々な証言者も語るし、小説家も語り口調で地の文章を書く。
証言者たちによる話は、なかなか面白いと思う。小説家は、仁藤という人物を追い続け、様々な人物に話を聞くが、仁藤については「良い人だ」という意見が大半を占めるのだけど、そのエピソードも様々に提示されるし、また仁藤の立ち位置を常に揺れ動く存在にしておくだけのバランスもいいなと思う。本書は、まさに仁藤という人物の謎めいたあり方こそが作品の支柱であって、それが様々な人物の証言によって凸凹なまま肉付けされていくというのが面白いと思う。
先ほど、『わかりやすい物語』が提示されない、というのがテーマの一つだと書いたけど、これは最後まで読むとわかる。これは、著者がどんな意図を持ってこの作品を書いたのかよくわからないけど、ワイドショーとか週刊誌への違和感みたいなものも含まれているのかなぁ、と感じました。というか、僕がそういう違和感を常に持っているから、なんだけど。
人間がわかりやすい生き物でないのは当然の話で、ずっと一緒にいようがなんだろうが、相手のことを理解できているというのは幻想に過ぎない。でも、それだと僕らは不安だ。だから、相手のことを『理解できている』という幻想の中に立ちたい。そのために、『わかりやすい物語』が好まれる。これは、僕らが生きている現実の社会にもよくありがちな構造だし、僕もいつも違和感を覚えてしまう。過去に何があろうと、それを短絡的に現在と結びつけるのは、なんだか違う気がしてしまう。
本書は、その少し先を行っていて、つまり『わかりやすい物語』さえ提示しておけばみんな納得してくれるんでしょ、という事実をいかに利用するか、という点が扱われているように思う。仁藤が何故「蔵書が増えたから」などという謎めいた動機を話したのか。それはよくわからない。しかしこれも、『わかりやすい物語』を提示するつもりはないよ、という、世間に対する一種の挑発なんだろうなぁ、という風に僕は受け止めました。
あと、この作品、僕らは『小説』という前提を持って読むからいいんだけど、もし『ノンフィクション』として読んだら(本書は、作中の世界では、とある小説家が初めて書いたノンフィクション、という設定だ)、ちょっとダメだろうなぁ(笑)。ノンフィクションが結構好きな僕としては、この作品が『ノンフィクション』として出版されたら、ちと評価できないだろうなぁ。
本書をどう捉えるかは、かなり人によって分かれるような気もします。特に、小説に『わかりやすい物語』を求めている人には、あんまり親切な作品ではないでしょう。仁藤という人物への謎めいた興味が最後まで持続する作品だなと思います。

貫井徳郎「微笑む人」



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Comment

[4267]

ご無沙汰!私はこれ駄目でした。お金を払って本を買ってる人に失礼な本だなぁという印象。ファンなだけにがっかり。最近東野さんのもめっきりで。何かお薦めありますか?宮部さんは今読んでる。

[4268]

おっ、久しぶりですなぁ。
この作品は、ちょっと評価の難しい作品でしたね。
個人的には、著者が新たなる方向に進むのはいいことだって思ってて、
本書は、「チャレンジしたんだけど失敗してる」的な感じがするから、そこまで印象は悪くはないけどね。

今年のオススメは、百田尚樹「海賊と呼ばれた男」だなぁ。
これは傑作中の傑作だったわ。
もし、百田尚樹の作品をこれまでに何か読んでて、
百田尚樹ってあんまり好きじゃないんだよなぁ、って思ってたとしても、
是非読んでほしいぜ!

[4269]

百田さんは『モンスター』と『永遠の0』読んだのでかなり好印象。『海賊と呼ばれた男』は出光の創業者の実話なのですね。感動巨編っぽい。『ソロモンの偽証』と『百年法』をとりあえず確保してあるのでそれ読んだら読んでみるね~。ありがとー。

[4270]

俺も「百年法」は気になってるんだよなぁ。
当分手を出せないと思うけどね。
読みたい本が多すぎてホント困るわ!(笑)

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2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
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2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
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4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
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8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
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新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
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6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

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7位 「ぐろぐろ
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9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)