黒夜行

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日本の路地を旅する(上原善広)





内容に入ろうと思います。
本書は、いわゆる「部落」とか「同和地区」と呼ばれる地域を著者が旅して周り、その情景や人間を描き出すノンフィクションです。
そういう土地のことを「路地」と呼ぶらしい。これは、同じく路地出身であった中上健次が自著の中で使ったことから広まったようだ。
そして著者自身も、路地出身である。
著者は、大阪の更池という路地の出身だ。更池は食肉業者が盛んで、最盛期には100軒ぐらいの食肉業者が存在した。著者の父も食肉業者を営んでいたといい、冷蔵庫には屠殺場を介さずに屠殺した豚が保存されていたという。
そんな著者は、子どもの頃両親の離婚を機に路地を離れるが、しかし大人になった今も、路地というものに対する想いは抜け去らない。
著者はノンフィクション作家として様々な土地を訪れるついでに、各地の路地を回った。路地とはいえども、今では閑静な住宅地に変わっていたりと、路地の頃の面影を残す土地は少なくなっている。中上健次の著作を読んで中上健次の生まれた土地を訪れた人間ががっかりして帰るんだ、という話を近くに住む人から聞くこともある。
部落差別というのは、今の日本にはあまり表立って存在はしないだろう。僕がそういう人とあまり関わったことがないだけかもしれないけど、僕の周りでそんな話は聞いたこともないし、事実本書でも、若い世代であればあるほど、路地出身であるという事実に特別な感慨を抱かない者も多く出てくる。そういう世代は、差別を受けたこともなければ、そもそも自分が路地出身であることも知らない者さえいるだろう、ということだった。
しかし、注意深く見れば、やはりまだ路地の面影は残っているし、少ないとはいえ差別的な話もある。著者は、傍目には面影がなくなってしまった路地を訪ね歩き、そこに住む人々、路地から移り住んだ人々、未だに屠殺や革なめしの仕事をしている人、そういう人達に話を聞き、今失われつつある路地を、かつてあった路地と路地の間の繋がりを、そして何よりも、著者自身の中にある路地の風景を描き出すために、今も路地を歩き続けている。
というような作品です。
なかなか面白い作品でした。本当に僕はこれまで、路地や部落と言ったことはよく知らないままだったので、なるほどなぁ、という感じで読みました。
解説で西村賢太が指摘している通り、本書は純粋なノンフィクションという感じの作品ではありません。「純粋なノンフィクション」ってなんだよ、って話ですけど、なんとなく対象に対して客観的であるかどうかかな、というぐらいの意味に捉えて下さい。
本書は、随所に著者自身の感傷が入り交じる。そういう意味では、半分ぐらい紀行本という感じの作品でもあります。旅行記というか、旅先であったあれこれを書いたエッセイ、という雰囲気ですね。
でももちろんそれだけではなくて、行く先々が路地であるということで、本書は感傷の入り交じるノンフィクションという感じに仕上がっている。
著者に見えているものがどこまで見えるか。それが、本書をどれだけ深く楽しめるかに掛かっているのだろう、という感じはします。
著者は、ごく一般的な人は掛けていない「路地出身」という眼鏡を掛けて各地を回ってみる。僕たちがまったく同じ光景を見てもまるで何も感じないところで、著者はそこが「路地」であるという事実から僕らには見えない何かを見る。それが、文章を通じてどこまで僕らに届くか。たぶんそれが、本書がどう読まれるかの最大のポイントなのだろうな、という感じはしました。
僕は、路地というものを体験したことも見たこともなくて、中上健次ら路地出身の作家の作品の小説も読んだことがなかったりするので、やっぱりその全体の雰囲気みたいなものは捉えにくいなと思う。著者に見えているものは、やっぱり僕にはなかなか見えてこない。
ただ、第一章で、著者が生まれ育った更池の当時の姿が描写される。僕にとってはこれが、初めて知る路地の姿であって、それ以後どの路地の話を読んでも、大体この更池のイメージを重ねて読んだ。
路地というのは元々、穢多非人の身分にあった人たちの集団であって、身分解放がなされても、そのまま差別的な視線が残り続けた。同和対策事業特別措置法という、同和地区への優遇措置を定めた法律などもあり、それで同和利権など様々な問題を引き起こしてきたようだけど、現在は恐らく、気にするのは祖父母の世代ぐらいで、祖父母の世代がいなくなれば、恐らく結婚なんかでも問題にはならなくなっていくんだろうな、と本書を読んで思わされた。
ただ僕は本書を読んで、穢多非人の身分制度の名残はようやくなくなりつつあるのだろうけど、日本には新たな身分制度ができつつあるな、なんてことを考えながら読んでいました。
それが、正社員・契約社員・フリーターというような階層です。
穢多非人の人たちは、屠殺や刑場など人が嫌がる仕事をさせられていたようだけど、今の社会の仕事における身分制度も、立場が悪くなればなるほど汚れ仕事をさせられる、という印象があります。もちろん、今はまだ過渡期で、正社員だって汚れ仕事をしていたり、フリーターがユルい仕事をしていたりするけど、今の時代の流れが進んでいけば、この格差はどんどん広がっていって、新しい身分制度になっていく感じがしました。穢多非人は、なかなかその立場から這い出ることは出来なかっただろうけど、例えば両親がフリーターである子どもは、いい教育を与えることが難しかったりするだろうし、いい仕事に就けずに結局フリーターになる、という悪循環になりそうな気がします。それに、フリーターだと結婚がしにくい、なんて話は、やっぱり今普通にありますしね。50年ぐらい経ったら日本はどうなってるんだろうなぁ、とか思ったりします。
路地の歴史や文化の話も色々と描かれていて面白いと思いました。「漫才」の原型が、路地の人たちの芸能である「万歳」にあるとか、昔は穢多非人の頭みたいな人が世襲でいて、江戸城の出入りが許されていたとか。あるいは、東京では近江牛という牛肉が高級とされているらしいんだけど、それも近江からの東京にやってきた路地出身者が背景にあるなんて話はなるほどなぁ、と思いました。日本では、牛が食べられるようになったのは結構最近らしいんだけど、一般人が牛を食べていなかった頃でも、上流階級と路地の人は食べていたといい、これはインドと同じだ、なんて話も面白いなと思いました。
路地に詳しいある人の言葉として、こんな文章が載っている。

『この原題に被差別部落があるかといわれれば、もうないといえるだろう。それは土地ではなく、人の心の中に生きているからだ。しかし一旦、事件など非日常的なことが起こると、途端に被差別部落は復活する。被差別部落というものは、人の心の中にくすぶっている爆弾のようなものだ』

著者は、路地そのものが消えていくことを、感傷的に捉える。差別や偏見がなくなっていくことはいいことなのだろうと思う。しかし、著者自身のアイデンティティの一つでもある路地の消滅は、著者に複雑な思いを抱かせる。恐らく、そんな思いを誰かと共有出来るかもしれないと思って、色んな人に話を聞いてみたりもしているのかもしれない。
普段なんとなく生活をしていると見えてこない世界。注意深く見ていても、最近では見えてこない世界。日本の近代化の過程で多くの犠牲や問題を生み出してきただろう路地は、少しずつ消え去ろうとしている。そういう消えゆく風景を、文章という形で写し取ろうとしているかのような著者の旅路は、なんとなく応援したくなる。感傷の入り混じったノンフィクションです。是非読んでみて下さい。

上原善広「日本の路地を旅する」



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2013年の個人的ベストです。

小説

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4位 野崎まど「know
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6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
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5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
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小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
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3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
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9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
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13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
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2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
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5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
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新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
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5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
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7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)