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果てなき渇望 ボディビルに憑かれた人々(増田昌文)





内容に入ろうと思います。
本書は副題にある通り、「ボディビルに憑かれた人々」を取材し、その考え方や生き様を追ったノンフィクションです。
冒頭の話は、非常に興味深い。
日本ボディビル連盟を立ち上げた玉利齊は、「体の細さと胸板の薄さに驚いた」と表現した、とある有名な作家にボディビルを教えることになった。新しもの好きでしかも超がつくほどの多忙なその作家に、ボディビルを続けていけるのか疑問はあったが、学生時代「アオジロ」とあだ名されていたというその作家は、ボディビルを始めてほどなくボクシングや剣道にも手を染めるようになったという。
その作家の名は、三島由紀夫。
本書では、三章に分けて、ボディビルダーたちを描き出す。
第一章は「コンテスト」。この章では、矢野義弘と呼ばれる、国内でもトップクラスのボディビルダーの話を中心に、ボディビルダーたちのトレーニング法、コンテストでの審査基準、これまでの日本人選手の活躍、何故ボディビルにはまるのか、日本におけるボディビルの立ち位置など、ボディビルに関する基本的な状況を説明しつつ、矢野義弘という驚異的なボディビルダーの輪郭を描像していく。
第二章は「女子ビルダー」。章題通り、女子ビルダーの現状について描かれる。
男のボディビルダーも、社会的に様々な葛藤と闘いながらボディビルを続けているが、女性はまた違った角度から葛藤を強いられる。
そのキーワードが「女性らしさ」である。
筋肉で覆われた体を目指しながら、同時に女性には「女性らしさ」が求められる。しかしコンテスト直前には、

『基準は生理ですよ。生理があるうちは、まだ甘い。生理が止まったということは、私の身体から女性に必要なし坊がなくなったということなの。言い換えれば、私は女でなくなることでコンテストを戦う身体を手に入れるわけ』

と語るボディビルダーがいる。そんな中で、一体「女性らしさ」とは何なのか。この章では、高橋明美、西本朱希と言った素晴らしい戦歴を持つ女子ビルダーを中心に、女子ビルダーを取り巻く状況が描かれる。
そして第三章は「禁止薬物」。他の様々なスポーツでもそうだろうが、ボディビルも、ドーピングの誘惑と戦い続けなくてはならない競技だ。
ボディビルの場合、アナボリック・ステロイドと呼ばれるステロイド剤が、悪魔のクスリである。
本書では、匿名ながら、アナボリック・ステロイドを使って国内大会で優勝したこともあるというとあるボディビルダーの話が中心となる。彼の主張は、「美しい肉体を作り上げるのに、アナボリック・ステロイドは欠かせない。アメリカなどでは、ボディビルダーへのドーピング検査はほとんど行われていないのだから、使わなければ絶対に勝てない」というものだ。
日本のボディビルダーに対するドーピング検査は、恐らく世界一厳しい。しかもステロイド剤には、かなりの副作用がある。使っていることが発覚すれば、以後ボディビルの業界から締め出されるのは必定で、さらに、ステロイド剤の使用を止めればすぐに身体は元通りになるが、副作用はそのまま残る、というのも、使用を躊躇させる点だ。
ボディビル業界におけるアナボリック・ステロイド使用に関する判断は、色んな価値観が存在する。何が正解かはわからない。
最後に、マスターズ大会に参加する金澤と登坂の二人が描かれる。
というような感じです。
さて、これはなかなか評価の難しい作品だなぁ、と思いました。
あとがきで著者は、単行本刊行後、「ボディビルダーでしか理解できない」という読後の感想を多くもらった、と書いている。
確かにその気持ちは、わからなくもない。
例えば僕は、ボディビルとマラソンを比較してみたい。
共に、協力してトレーニングもできるけど、基本的に一人で黙々とトレーニングが出来、誰かと比較されることでコンテストやレースが成り立つけれども、なんとなく「自分との闘い」という面が強いイメージがあるという点で、他のスポーツよりは比較しやすいかなと思ったりしました。
マラソンであれば、自身がマラソンをやらなくても、走りたい気持ち、タイムを追い求めたい気持ちは、どことなく理解できるのではないかなという感じがします。「走る」というのは、子どもの頃からみんなやっていることで違和感はないし、「タイムを競う」というのも競技スポーツの基本的なものだったりするので理解しやすいという感じがします。
一方ボディビルはどうでしょう。僕らは何故、彼らの気持ちを理解することが出来ないのか。
まず僕らには、「筋肉を増強させたい」という欲求を抱いたことが人生の中でないのです。そういう機会に恵まれることは、少ないだろうと思う。本書でも触れられているけれども、日本人はボディビルダーを「ムキムキ」と表現し、これは「そうはなりたくない」という気持ちを込めた表現だったりする。少なくとも日本においては、「筋肉を増強させたい」という欲求はなかなか理解を得にくい。
しかも彼らが追い求めるものがはっきりと理解できなかったりする。マラソンであれば「タイム」に相当するものが、ボディビルではちょっと見えにくい。ボディビルはフィギュアスケートのように、芸術点的な審査がなされる。そこには、「美しいと思えるものに点数を与える」という動機が必要だけど、僕らには「ボディビルダーの肉体を美しいと感じる審美眼」がない。だからこそ、ボディビルダーが「美しさ」を目指して努力していることが、僕たちにはちょっと奇異に思えてしまうのだ。
本書には、こんな描写もある。

『日本にプロ・ボディビルの制度はない。国内のボディビル大会で優勝してもトロフィーがもらえるだけで基本的に賞金は出ない。それにもかかわらず、国内にもステロイド使用者がいるという事実は何を語っているのだろう。』

こういう事実も、僕らにはなかなか理解し難いものに思えてしまう。ステロイド剤は、使い方さえ適切であれば、飛躍的に筋肉を増強できるという。しかし、副作用も激しいし、使用がバレれば国内のコンテストへの出場はほぼ不可能になる。それでも彼らは、そんなリスクを冒してステロイド剤に手を出す。
それは、こういう表現は非常に失礼だし適切でもないのだろうけど、僕にはある種の依存症のようなものに思えてしまう。
パチンコ依存症の人が、借金をしてまでパチンコにはまってしまう。彼らには、当たればリターンがでかい、というイメージがあるのかもしれないけど、しかし一方で、自分がもう取り戻せないほどつぎ込んでしまっているという事実もきっと認識できているだろう。それでも彼らは、身が破滅することが分かっていて、借金をしてでもパチンコにとり憑かれてしまう。
本書を読んで、ボディビルに憑かれた人々は、そういう依存症みたいなものに近いような気がする、と思えて仕方がありませんでした。
健康のためにボディビルをやる、というのであれば、それはいいと思う。しかし、本書で描かれるボディビルダーたちは、ステロイド剤を使用していなくても一年のほとんどは体調が不良だったり、生理が止まったり、過酷なダイエットをしたりして、頑強な見た目とは裏腹にとても脆い。それほどまでに自分を追い詰めなくては理想の筋肉を手に入れることは出来ないのだけど、果たしてどうしてそこまでのめり込んでしまうのか。
これはもう、その世界に足を踏み入れた人間でなくてはきっと理解できないのだろう、と僕は思えてしまった。
僕は、自分は弱いけど、将棋が好きだ。生まれ変わったら、数学者か棋士になりたい、と思うほどに将棋が好きだ。
これまでも何冊か、将棋のノンフィクションを読んだことがある。そこで描かれる人たちは、常軌を逸した情熱を持って将棋に取り組み、幼い頃からありとあらゆるものを捨て去って将棋に打ち込んでいる。その努力が実らず散った人達の人生は、なかなかに辛いものがある。
勝負の世界とは、そういうものなのかもしれない、と思いもする。
しかしやはり、将棋とボディビルでは印象がまるで違う。それは結局のところ、「日本人の感覚にそぐうかどうか」ということなんだろうと思う。将棋は、ルールがわからなくても、なんとなく日本人にそぐう。駒の動かし方がわからなくたって、盤に向かっている彼らが何を考えているのかさっぱりわからなくたって、羽生さんはやっぱりヒーローだし、将棋を扱った小説やノンフィクションは結構ある。
一方でボディビルは、何故かと問われても答えようがないけど、どうしても日本人の感覚にはそぐわないのだと思う。
そして僕は、その点こそ、本書で鋭く切り込んでくれたらよかったのにな、と読みながら思ったりした。
あとがきで著者は、ボディビルというテーマは散々編集者に足蹴にされたし、「ボディビルダーでしか理解できない」という感想にも納得がいかない。書かれなければならないテーマというのは存在するのだ、みたいなことを書いているのだけど、『なぜ日本人の感覚にボディビルはそぐわないのか』というテーマは、やはり追求して欲しいなぁ、という感じがします。それを併せて追求していくことで、ノンフィクションとしてより完成度の高いものに仕上がるような気がしました。
というわけで、非常に評価の難しい作品だと感じました。何故なのかは説明できないけど、どうしてか「日本人の感覚にそぐわない」ボディビルというものにのめり込んでしまった人たちの人生が深く描かれていきます。こういう人達もいるんだな、と思うことはできますけど、彼らがなぜボディビルにのめり込んでしまうのか、その辺りのことはやっぱりよく理解は出来ませんでした。ボディビルを取り巻く環境全般を知りたいという人にはいいかもしれません。

増田昌文「果てなき渇望 ボディビルに憑かれた人々」



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2013年の個人的ベストです。

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5位 笹本稜平「遺産
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7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
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12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
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小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
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13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
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1位 千早茜「からまる
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5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
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8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
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番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)