ブラックアウト(マルク・エルスベルク)
内容に入ろうと思います。
本書は、ドイツでかなり評価されている海外ミステリだそうです。
作品のスケールは、SFとかファンタジー的な要素を除いた、可能な限り現実的な話をベースにした小説の中では、これまで読んだ中でも最大級かもしれません。
ヨーロッパで、突如とんでもない規模の停電が発生する。
イタリアと北欧から広がった停電は、次第にヨーロッパ中に広がっていき、ヨーロッパ全土を大混乱に陥れる。
しかし、原因はまったくわからない。電力会社や送電会社、あるいはテロを取り締まる機関などが全力で原因を究明しようと躍起になるが、なんの手がかりも掴めない。その内に、被害はどんどんと拡大していき、生活のライフラインがズタズタになるだけではなく、電力の8割を原発に依存しているフランス国内では、停電により原発に深刻な影響が出始めている。
そんな中、一人の元ハッカーが、大停電の原因究明に繋がるかもしれない重大な情報に気づく。しかし、警察や電力会社の人間に何を言っても、一個人の意見はまったく聞き入れられない。彼の隣人の娘が政府機関に勤めており、その伝手を利用してどうにかこの重大な発見を伝えようと、旅行先まではるばる車を飛ばすことになったが…。
というような話です。というか、スケールがでかすぎて内容紹介とか無理です。
個人的な感想としては、面白いか面白くないかと聞かれれば面白かったけど、何より一番はしんどかったです。
というのも、固有名詞を与えられた登場人物が多すぎるんです。少なく見積もっても、固有名詞を与えられた登場人物は70~80人ぐらいいます。
確かにその中で、なるほどこの人達がメインなのだなというのは徐々にわかってくるんですけど、初めの内はさっぱり分からない。場面展開の早い作品で、数ページで違う場面に変わってしまう(しかも、ヨーロッパ全土をあちこち行き来するような場面転換)ので、冒頭からしばらくの間は、固有名詞の洪水という感じがしました。ただでさえ外国人の名前を覚えるのはしんどいのに、とにかくこの洪水は、読み始めのメチャクチャ大きなハードルでした。
あとは、登場人物があまりにも多すぎて、しかも場面転換が多すぎて、個別の人物に感情移入しながら読むのがなかなか困難な作品だと思います。最終的に自分の中では(かなり終わりに近づいてきてからですけど)、マンツァーノという元ハッカーの話をメインで読もうと決めたんですけど、とにかく出てくる人物が多すぎて、ストーリーを追うことしかできなくなってくるんですね。
確かに、ヨーロッパ全土を舞台にしたスケールのデカイ話なのだから、これだけ登場人物が膨れ上がるのは仕方ないことなのかもしれません。でももう少し、ストーリーにあまり関わらない人間には固有名詞を与えないようにして、読者が読みながら追っていくべき人物が伝わるような感じがよかったな、と思いました。
スケールのデカさは、かなりのものです。それはこんな風にも表現できます。
本書の中では、原発がかなり危機的状況に陥ります。普通の小説では、それ単体で物語の核になるような出来事でしょう。でも本書では、原発の話は散発的に出てくるだけです。あくまでも、同時並行で起こっているとんでもない出来事の内の一つ、という扱いです。確かに、本書で描かれているような規模の出来事が起これば、そうなるでしょう。それぐらい、凄い規模の話です。
しかもそれが、結構現実に起こりうるんだな、と思わせるところは、なかなか凄いなと思いました。発電や送電(ヨーロッパでは、発電と送電は別の会社が行なっている)に関する詳しい描写があったりして、そういうのを読むと、なるほど確かにこんな感じで攻められたら電気っていうシステムはダメになっちゃうのかもな、と思わせるだけのリアリティがありました。特に、どうやってこれだけの規模の停電を引き起こしたのかという根本の謎が最後の方で解き明かされるんだけど、そのやり口は見事だなと思いました。
本書では、人間の生活において、『電気』というものがどれほど重大なものなのかというのが伝わってきます。3.11の時に輪番停電なんかがあって、電気の大切さみたいなものを実感した人は多いと思うんですけど、本書では一週間以上に渡って(しかも冬!)停電が続くという状況が描かれます。実際には、その停電をどうにか解決しようとする人たちの方がメインで描かれるんで、一般の市民がどんな状況に置かれているのかという描写が少ないんだけど、まあそれでも、とんでもない状況が展開されていることはわかります。普段何気なく使ってる『電気』だし、これがなくなるなんてなかなか想像したくないけど、自分の生活がどれほど『電気』に依存しているのかということに気づけると思います。
とはいえ、『電気』だけじゃないんですよね。つまり、僕達の今の生活は、様々な『前提となる存在』によって維持されていて、その内の一つが『電気』にすぎないんです。小説としての面白さ的に、『電気』っていうインフラを破壊するインパクトを選んだっていうことなんだと思うんだけど、『電気』だけじゃなくて、僕達の日常になってる色んな『前提となる存在』について、もう少し目を向けるといいのかもなぁ、なんてことは考えたりしました。それは例えば、『法律』だったり、『人々の善意』だったり、『お金』だったり、『貧困に耐える人々』だったりするわけで、そういう、なかなか普段その存在を重大なものとして受け止められない様々なものの存在を意識出来るようになるかもしれません。まあ、別にそんな高尚な作品ではなくて、エンタメですけどね。
個人的な意見としては、これだけ長い作品なんだから、犯人側の描写と追う側の描写が半々とかでもよかったんじゃないかなぁ、とか思ったりしました。最後の最後では犯人側の描写も結構多くなってきますけど、初めの9割ぐらいの間に、犯人側の描写って、多くても5ページぐらいしかないと思うんですよね。リアリティをとことん追究するために、追う側(+停電を復旧させようとする側)の描写にほとんどのページを割いたんだろうけど、物語としての面白さを追究するなら、犯人側の描写がもっともっとあった方がよかったんじゃないかなぁ、という気がしました。いずれにしても、ミステリみたいに、「誰が犯人なのか?」という部分は、そこまで重要ではないんだし。
スケールが大きすぎて、個別に色々書くのが難しいですけど、個人的にはやっぱり、元ハッカーのマンツァーノの物語が一番面白かったです。もう少し全体をすっきりさせて、犯人側・追う側・マンツァーノの三本の軸で展開させるのもよかったかもしれません。
スケールの大きさは相当なもので、これだけのスケールの小説ってなかなかないと思うけど、そのスケールの大きさに見合うだけの登場人物の多さで、名前や人物関係を把握するまでは相当大変でした。リアリティに相当こだわったのだろう、本当に起こりうるかもしれないと思わせる物語でした。僕たちが普段生きている中で背景になっている様々な『前提となる存在』について考えさせられました。
マルク・エルスベルク「ブラックアウト」
本書は、ドイツでかなり評価されている海外ミステリだそうです。
作品のスケールは、SFとかファンタジー的な要素を除いた、可能な限り現実的な話をベースにした小説の中では、これまで読んだ中でも最大級かもしれません。
ヨーロッパで、突如とんでもない規模の停電が発生する。
イタリアと北欧から広がった停電は、次第にヨーロッパ中に広がっていき、ヨーロッパ全土を大混乱に陥れる。
しかし、原因はまったくわからない。電力会社や送電会社、あるいはテロを取り締まる機関などが全力で原因を究明しようと躍起になるが、なんの手がかりも掴めない。その内に、被害はどんどんと拡大していき、生活のライフラインがズタズタになるだけではなく、電力の8割を原発に依存しているフランス国内では、停電により原発に深刻な影響が出始めている。
そんな中、一人の元ハッカーが、大停電の原因究明に繋がるかもしれない重大な情報に気づく。しかし、警察や電力会社の人間に何を言っても、一個人の意見はまったく聞き入れられない。彼の隣人の娘が政府機関に勤めており、その伝手を利用してどうにかこの重大な発見を伝えようと、旅行先まではるばる車を飛ばすことになったが…。
というような話です。というか、スケールがでかすぎて内容紹介とか無理です。
個人的な感想としては、面白いか面白くないかと聞かれれば面白かったけど、何より一番はしんどかったです。
というのも、固有名詞を与えられた登場人物が多すぎるんです。少なく見積もっても、固有名詞を与えられた登場人物は70~80人ぐらいいます。
確かにその中で、なるほどこの人達がメインなのだなというのは徐々にわかってくるんですけど、初めの内はさっぱり分からない。場面展開の早い作品で、数ページで違う場面に変わってしまう(しかも、ヨーロッパ全土をあちこち行き来するような場面転換)ので、冒頭からしばらくの間は、固有名詞の洪水という感じがしました。ただでさえ外国人の名前を覚えるのはしんどいのに、とにかくこの洪水は、読み始めのメチャクチャ大きなハードルでした。
あとは、登場人物があまりにも多すぎて、しかも場面転換が多すぎて、個別の人物に感情移入しながら読むのがなかなか困難な作品だと思います。最終的に自分の中では(かなり終わりに近づいてきてからですけど)、マンツァーノという元ハッカーの話をメインで読もうと決めたんですけど、とにかく出てくる人物が多すぎて、ストーリーを追うことしかできなくなってくるんですね。
確かに、ヨーロッパ全土を舞台にしたスケールのデカイ話なのだから、これだけ登場人物が膨れ上がるのは仕方ないことなのかもしれません。でももう少し、ストーリーにあまり関わらない人間には固有名詞を与えないようにして、読者が読みながら追っていくべき人物が伝わるような感じがよかったな、と思いました。
スケールのデカさは、かなりのものです。それはこんな風にも表現できます。
本書の中では、原発がかなり危機的状況に陥ります。普通の小説では、それ単体で物語の核になるような出来事でしょう。でも本書では、原発の話は散発的に出てくるだけです。あくまでも、同時並行で起こっているとんでもない出来事の内の一つ、という扱いです。確かに、本書で描かれているような規模の出来事が起これば、そうなるでしょう。それぐらい、凄い規模の話です。
しかもそれが、結構現実に起こりうるんだな、と思わせるところは、なかなか凄いなと思いました。発電や送電(ヨーロッパでは、発電と送電は別の会社が行なっている)に関する詳しい描写があったりして、そういうのを読むと、なるほど確かにこんな感じで攻められたら電気っていうシステムはダメになっちゃうのかもな、と思わせるだけのリアリティがありました。特に、どうやってこれだけの規模の停電を引き起こしたのかという根本の謎が最後の方で解き明かされるんだけど、そのやり口は見事だなと思いました。
本書では、人間の生活において、『電気』というものがどれほど重大なものなのかというのが伝わってきます。3.11の時に輪番停電なんかがあって、電気の大切さみたいなものを実感した人は多いと思うんですけど、本書では一週間以上に渡って(しかも冬!)停電が続くという状況が描かれます。実際には、その停電をどうにか解決しようとする人たちの方がメインで描かれるんで、一般の市民がどんな状況に置かれているのかという描写が少ないんだけど、まあそれでも、とんでもない状況が展開されていることはわかります。普段何気なく使ってる『電気』だし、これがなくなるなんてなかなか想像したくないけど、自分の生活がどれほど『電気』に依存しているのかということに気づけると思います。
とはいえ、『電気』だけじゃないんですよね。つまり、僕達の今の生活は、様々な『前提となる存在』によって維持されていて、その内の一つが『電気』にすぎないんです。小説としての面白さ的に、『電気』っていうインフラを破壊するインパクトを選んだっていうことなんだと思うんだけど、『電気』だけじゃなくて、僕達の日常になってる色んな『前提となる存在』について、もう少し目を向けるといいのかもなぁ、なんてことは考えたりしました。それは例えば、『法律』だったり、『人々の善意』だったり、『お金』だったり、『貧困に耐える人々』だったりするわけで、そういう、なかなか普段その存在を重大なものとして受け止められない様々なものの存在を意識出来るようになるかもしれません。まあ、別にそんな高尚な作品ではなくて、エンタメですけどね。
個人的な意見としては、これだけ長い作品なんだから、犯人側の描写と追う側の描写が半々とかでもよかったんじゃないかなぁ、とか思ったりしました。最後の最後では犯人側の描写も結構多くなってきますけど、初めの9割ぐらいの間に、犯人側の描写って、多くても5ページぐらいしかないと思うんですよね。リアリティをとことん追究するために、追う側(+停電を復旧させようとする側)の描写にほとんどのページを割いたんだろうけど、物語としての面白さを追究するなら、犯人側の描写がもっともっとあった方がよかったんじゃないかなぁ、という気がしました。いずれにしても、ミステリみたいに、「誰が犯人なのか?」という部分は、そこまで重要ではないんだし。
スケールが大きすぎて、個別に色々書くのが難しいですけど、個人的にはやっぱり、元ハッカーのマンツァーノの物語が一番面白かったです。もう少し全体をすっきりさせて、犯人側・追う側・マンツァーノの三本の軸で展開させるのもよかったかもしれません。
スケールの大きさは相当なもので、これだけのスケールの小説ってなかなかないと思うけど、そのスケールの大きさに見合うだけの登場人物の多さで、名前や人物関係を把握するまでは相当大変でした。リアリティに相当こだわったのだろう、本当に起こりうるかもしれないと思わせる物語でした。僕たちが普段生きている中で背景になっている様々な『前提となる存在』について考えさせられました。
マルク・エルスベルク「ブラックアウト」
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