黒夜行

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スエズ運河を消せ(デヴィッド・フィッシャー)

内容に入ろうと思います。
本書は、一人の偉大なマジシャンが、マジックの知識・技術を駆使して敵軍を翻弄するイリュージョンを戦場で行った、その記録です。
ジャスパー・マスケリンは、代々マジシャンを輩出する一家に育った。特に祖父のジョン・ネヴィル・、マスケリンが有名で、彼は『現代マジックの父』と呼ばれるほどの存在だった。
そんなマスケリン家の10代目であるジャスパーは、イギリスで好評を博す人気のステージマジシャンだった。
しかしジャスパーは、満足できない日々を送っていた。このままステージマジシャンとしてい続けても、一家の中で特別な功績を残せるわけでもない。
そんなジャスパーを駆り立てたのが、戦争だった。
ジャスパーには、マジックやイリュージョンの知識や技術が、必ず戦場で活かせるという確信があった。しかし、ジャスパーは38歳で、軍人になるには年を取りすぎていた。だからジャスパーは、軍の入隊センターに日参するも、なかなか自分の言い分を理解してもらえず、軍にも入ることが出来ないでいた。
ようやく入隊できたものの、ジャスパーはすぐに戦場に行けたわけではなかった。カモフラージュ部隊が作られ、そこで訓練や講義などに明け暮れるも、なかなか戦場へという命令が来ない。彼らは一計を案じ、少佐相手に自分たちのカモフラージュを見抜けるかどうか実験することで、自らの力を証明した。
そうしてついにジャスパーは、戦場に行くことが出来ることになった。行き先は、エジプトだ。
当時エジプトの砂漠では、「砂漠のキツネ」と恐れられたドイツ軍のロンメル司令官が、イギリス軍を苦しめていた。ジャスパーはそこで、軍隊のあちこちではみ出している、しかし一芸に秀でた仲間をあちこちから集めた。動物の擬態が専門の大学教授、材料さえあれば何でも作ってしまう大工、色を知りぬいた画家など、戦場にいても大して役には立たないが、ジャスパーの目指すイリュージョン作りには欠かせない人員をかき集めてきた。
そうしてジャスパーのカモフラージュ部隊は誕生したが、しかし仕事がなかった。彼らは、自らに何が出来るのか示すことが出来ないでいたし、上官も彼らに何が出来るのかさっぱりわからなかったのだ。
そんなジャスパーの元にやってきた最初の任務は、なんと魔道士との闘いだった…。
というような話です。
いやー、これはもうハンパなく面白かった!!面白いだろうなとは思ってたけど、まさかこんなに面白いとは思ってなかったんで、ホントにびっくりした。
本書では、ジャスパーが様々なイリュージョンを生み出すのだけど、その一つ一つの詳細を書いてしまうとちょっと興ざめだろうなと思うので、その詳細には触れない。ホントは言いたくて言いたくて仕方ないけど(こいつら、マジこんなとんでもないことやったんだよ!と、全然関係ない俺が自慢したくなる 笑)、それは自重しよう。でも、ふんわりとでも伝えたいので、各章の章題だけ列挙してみようと思う。

「入隊志願」
「最初の任務」
「カモフラージュ部隊、結成」
「戦車をトラックに見せかけるわざ」
「アレクサンドリア港を移動せよ」
「ゴミの山から軍隊を作り出せ」
「スエズ運河を消せ」
「エジプト宮殿でのスパイ活動」
「命がけのイリュージョン」
「第二十四”ボール紙”旅団」
「折りたためる潜水艦」
「戦艦建造プロジェクト」
「失意と絶望の日々」
「砂漠での失敗」
「刻々と変わる戦況のなかで」
「史上最大の偽装工作」
「司令官からのメッセージ」
「ニセの戦車で奇襲をかけろ」

さてどうだろう。なかなか興味の引く章題ではないだろうか。読むと、さらに驚かされる。どう考えても不可能だろうと思われるミッションを、彼らカモフラージュ部隊は次々と成功させてしまうのだ!
本書は戦争を背景にした作品で、実際に戦闘の場面や、あるいは歴史的事実がどうなっていたのかというような描写も出てくるのだけど、でも全然戦争の本を読んでいる感じがしない。それは、彼らカモフラージュ部隊が、自らの任務を実に楽しげにこなしているからだ。
そもそも彼らは、前線にいるわけではない。かなり安全な場所で、カモフラージュに必要なアイデアを練り、体を動かして様々なものを作り、そしてテストした。それは、そこだけ切り取れば、戦争とはかけ離れたもののように感じられるかもしれない。
実際、彼らもそう感じていた。
彼らは、自分たちが不可能を可能にするとんでもないイリュージョンを次々に成功させていったことを誇りに思っていたし、自分たちの功績の大きさも理解していた。しかしそれと同時に、結局砂漠でちまちまと罠を張っているだけの部隊で、自分たちは砲弾も銃弾も轟音も、ほとんど経験することなく戦争に参加しているということに対する罪悪感や怒りや不安みたいなものも持ち合わせている。特に、ジャスパーが顕著だった。
ジャスパーは、自分の家系が偉人を輩出していることを常に意識していた。自分も、これまでの先祖たちに負けないだけの功績を残したい。そんな風な野心もあった。しかし、結局自分がやっていることは、大したことではないんじゃないか。実際銃を構えて戦いに挑むのと比べたら何ほどのこともないのではないか。そんな謎めいた罪悪感に駆られもする。
本書は、確かにどのようにしてイリュージョンを生み出して言ったのかという話でもあるのだけど、ジャスパーを始めとするカモフラージュ部隊の面々の悲哀や生き様みたいなものも描かれていく。イリュージョンのアイデアや実際の戦闘での活躍も実にワクワクさせられるのだけど、彼らカモフラージュ部隊の人間模様も、また面白い。
実際、こう言ってはなんだけど、本書はドラマのような展開を見せる。失礼を承知で書けば、あまりにも出来すぎているんじゃないかと思うくらい、様々なことがおこり、様々な状況に見舞われる。
その度に、ジャスパーを始めとするカモフラージュ部隊は、それぞれの試練に立たされることになった。特に、ジャスパーは。ジャスパーは、慢心していた過去の自分に嫌気が差し、休む暇もないくらい予定や仕事を詰め込みまくっても、忍び寄る後悔や恐怖にさいなまれるようになる。ジャスパーは実際、戦争の歴史に新たな歴史を刻み込んだ人間だ。それまで行われていた『カモフラージュ』とはまるで次元の違うアイデア・戦略を生み出し続けたジャスパーは、戦争の常識を変えたと言ってもいいだろう。しかし、ジャスパー自身は、あらゆる感情と戦うことになる。
ジャスパーだけではなく、お調子者のマイケルや、寡黙で仲間を作ろうとしないフィリップなど、砂漠での戦闘(しかも前線ではない)という特異な状況の中で、様々な変化を見せていくことになる。ジャスパーが生み出すイリュージョンも素晴らしい。でも、ただそれだけの本というわけでもない。本書は、戦争に新たな歴史を刻み込んだカモフラージュ部隊の面々の苦闘の記録なのだ。
ジャスパーの類まれなアイデアから生まれ、様々な人の手によって現実になっていく様々なイリュージョンの裏側と、それが実際に戦闘でどんな風に使われどんな効果を与えたのかという部分と、カモフラージュ部隊という前例のない特殊な舞台に所属することになった凸凹な面々の人間模様という二つの軸が見事に絡み付いて、とんでもなく面白い作品に仕上がっているという感じがしました。
しかし思うのだけど、ドイツ軍のロンメルは強すぎないかい?<砂漠のキツネ>なんて異名を持つぐらいだから相当な指揮官なんだろうけど、ジャスパーらが全力投球で作り上げたイリュージョンを次々仕掛けても、ドイツ軍はなかなか倒れないのだ。逆に言えば、ロンメルがあっさり倒れなかったからこそ、ジャスパー率いるカモフラージュ部隊は活躍できた、という言い方も出来るだろう。何にしても、指揮官の違いによってこうも戦闘というのは変化するのだなと痛感させられました。
本当は、ジャスパーらがどんなイリュージョンを見せたのか、そして彼らカモフラージュ部隊をどんな状況が襲ったのかなんかを、かなり詳細に書いてしまいたいのだけど、やっぱりそれは興ざめになるだろうから止めておきます。そうなると、なかなかたら嬉しいなと思います。久々に、ここまでド級の面白さのノンフィクションを読んだなという感じがします。とにかく、すっげー面白いです!是非是非読んでみてください!戦争について、歴史について全然知識がない人(僕のことです)でも全然楽しめる作品です。すっげー面白いですよ!

デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ」



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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
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小説
1位 千早茜「からまる
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5位 百田尚樹「錨を上げよ
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8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
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新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
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4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
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番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)