黒夜行

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人間仮免中(卯月妙子)






内容に入ろうと思います。
本書は、いわゆるコミックエッセイと呼ばれるジャンルの作品ではあると思うんですけど、ちょっとその破天荒っぷりは比類なし、という感じ。
まず、本書に掲載されている著者略歴をそのまま引用してみましょう。

『1971年、岩手県生まれ。20歳で結婚。しかし程なく夫の会社が倒産し、借金返済のためにホステス、ストリップ嬢、AV女優として働く。排泄物や嘔吐物、ミミズを食べるなどの過激なAVに出演。カルト的人気を得る。その後夫は自殺。幼少の頃から悩まされていた統合失調症が悪化し、自傷行為、殺人欲求等の症状のため入退院を繰り返しながらも、女優として舞台などで活動を続ける。さらに次電停漫画「実録企画モノ」「新家族計画」(いずれも太田出版)を出版し、漫画家としても活躍。2004年、新宿のストリップ劇場の舞台上で喉を切り自殺を図ったことでも話題に。』

さてどうでしょう。この時点で、既に読みたくなったという方もいるでしょうし、なんかすげぇ興味あるわ、って方もいるでしょう。
本書の内容は、大雑把に言うと二つに分けられます。
前半は、統合失調症と闘いながら舞台女優として生活する中で、25歳年上の「ボビー」(日本人です)と出会い交際を始める物語。
そして後半は、突発的に自殺を図った著者が、顔面ぐちゃぐちゃになって入院して以降の物語。
という感じになります。
前半は、著者とボビーの存在感がただただ半端ない。著者はボビーのことが大好きで、一緒にいたいと思っている。ボビーも著者のことを好きなのだけど、自分が25歳も年上であることや、美形な著者にはもっと相応しい人がいると言ってなかなかふんぎりをつけることが出来ない。
それでいて、二人とも突拍子もなく「発動」するので(著者は統合失調症ですが、ボビーの方も、精神的な障害というわけではなさそうだけど、性格的にちょっと難有りという感じの人)、突然喧嘩したり、わけのわからないやり取りが始まったりする。
そんな著者とボビーのやり取りがメインになりつつも、その周辺にいる人たちの話も描かれる。著者の母親との関わり、ボビーの会社での出来事、二人が行きつけにしている飲み屋での話などなど、周辺の人たちもなかなかに濃い。もちろん、著者とボビーの二人には到底かなわないけど。
ボビーは、乱交が好きだったり、時々ちょっとイライラしすぎたりと問題もあるけど、基本的にはメチャクチャ男気のある頼れる男という感じ。著者は、割とサラッと書いているような気がするけど(そんなこともないけど)、ボビーはちょっと凄いと思う。病気のせいで相当にぶっ飛んでしまっている著者とここまで正面から付き合っていける(恋愛という意味ではなくて、人間としてという意味。もちろん、恋愛もだけど)のは、凄すぎると思う。僕だったら無理だなと思うし、というか大抵の人には厳しいんじゃないだろうか。そんなことないのかもだけど。いや、でも、ボビーは凄い。
そして後半は、またぶっ飛んだ展開になる。えっ!?という謎めいた脈絡から、著者は唐突に歩道橋から飛び降り、顔面から着地。首の骨を折らなかったのは奇跡と言われるほどで、顔から下はほぼ無傷で生還するも、顔はぐちゃぐちゃ。9時間にも及ぶ大手術をし、様々な妄想に支配され、少しずつ回復して退院して社会復帰するまでを描く。
こっちも凄い。何が凄いって、著者が、自分が冒されている妄想を漫画にしているところ。そんなこと出来るもんなんだ!っていう驚きがまずあった。病院に搬送されてとんでもないことになって、意識が回復するまでの間の妄想っていうのが漫画になってるんだけど、これはホントに実際そういう感じだったのだろうか。統合失調症の人の妄想というのを体験したことはないからわからないけど、でも後々からでも明瞭に思い出せるぐらい強烈なものなんだろうか。こういう、統合失調症の人の妄想を知る機会っていうのはないので、それだけでも相当に強烈でした。
前半でも周囲の人たちの優しさは滲み出ていたけど、後半ではそれがもっと凄い。
特に、著者の母が凄いと思ったなぁ。
著者の母は、小学5年生の時に統合失調症を発症した著者ともうずっと付き合ってきたわけで、だから接し方も心得ているんだろうけど、それにしても凄い。基本的に著者目線からしかないから、著者の見えないところでどれぐらいの気苦労があって、どれぐらいのストレスをため込んでいるのか、そういう部分は想像するしかないんだけど、少なくとも著者の前ではもんの凄く明るく振る舞う。なんか凄い。母、凄い。母に関しては、ホントにサラッと、物凄く気になる描写がされていて、えーー!!って思ったんだけど、あれはどうなったんだろう。とにかく、母の頑張りには驚かされました。
後半では、前半ほどはボビーは出て来なくなっちゃったんだけど、やっぱりボビーも凄い。顔がぐちゃぐちゃになっちゃった著者を以前と変わらない形で愛する。やっぱすげぇなぁ、ボビー!ボビーの方にも色々あって、それはそれで大変で著者の方にも関わってくる話なんだけど、まあ何にしてもボビーはやっぱりすげぇなぁ。
ってかホント読んでると、すげぇしか出てこなくなるんですよね。著者とボビーだけじゃなくって、なんか出てくる人や状況が全部とんでもなくて凄い。普通なのって、病院の看護婦とか医者ぐらいじゃないかぁ(まあそこにも、ちょっと凄い人はいるけど)。あとは大抵凄い。
僕が一番好きなシーンは、退院した著者がボビーと一緒に久しぶりに飲み屋に行ったその店の大将がした告白です。あの場面は、物凄くよかった。かっこいい。
読んでて、真剣に生きてる人ってやっぱり凄いな、って思ってしまう。本書に出てくる人たちの生き方を真似したいなんてことはまったくありえないんだけど(遠慮願いたい…)、彼らの真剣さはなんか羨ましい。どこかを目指しているわけでもなく、何かをしようとしているわけでもなく、ただ毎日を必死で生きるという真剣さ。それがこれほどまでに豊かたものだとは想像もしませんでした。もちろん著者の場合は、なんだかんだ周りの人に恵まれたのだろうと思います。同じ症状を患い、同じような境遇にいる人で、著者と同じような環境にはいられる苦しんでいる人はたくさんいることでしょう。そういう意味で著者は運がいいのだろうと思います。
しかし同時に、この著者だからこそ周りに人が集まったのだ、と解釈することも出来るでしょう。何故か著者の周りには、凄く良い人や助けになる人、心強い人、面白い人なんかがたくさん集まる。何故か皆、この著者に惹かれている。確かに読んでいると、なんか分かる気がする。この著者には、人をひきつける魅力があると思う。でも、それが何なのかは、うまく説明できない。それが、この作品の良さにもつながっているのだろうな、と思う。
僕も飛び降り自殺をしようとしたことがあって、建物の屋上に登って、後少し体重を前に掛ければ落ちれる、というところまで行った。けど、やっぱ無理だったんだよなぁ。柵のない建物の際で目を瞑って片足立ちしたりしてみて、なんか偶然よろけてフラっと落ちないかな、とかもやってみたんだけど、やっぱりダメだった。怖いっていう感じじゃなくて、なんていうんだろうな、その一歩を踏み出せない感じ。
だから僕は著者が、何の躊躇もなく、深い葛藤もなく(本書を読んでいるだけだと、そう思える)、ほぼ脈絡もないままで歩道橋から飛び降りたシーンには、ちょっと驚愕した。病気のせいだとはいえ、人間にそんなことが出来るもんなんだ、っていう衝撃があった。
それでも、僕は昔はほんと色んなことでウダウダ悩んでいる人間で、その延長上で自殺を考えたんだけど、本書を読んでると、なんていうか、どんな状態でも生きられるものなんだな、っていう気がする。最悪の最悪なんてことにはなかなかならない。最悪、ぐらいまでの状況だったらいくらでも転がってるだろうけど、でもきっとそれは、絶望するほどのことでもないんだろうな、という感じがする。今の僕は、もう昔のように悩むことは少なくなったけど、でもやっぱり今も、どうでもいいようなことで落ち込んだり悩んだりすることは時々ある。人それぞれ悩みの質は違うし、どんな悩みが高級でどんな悩みが低級でなんてことは全然ないのだけど、でも、本書を読むと、自分が悩んでいるようなことなんか、ほんとどーでもいいことなんだなー、という感じがしてくる。
著者は、この漫画を描くのに、相当に無理をしたようです。そういうことは、あとがきにサラッと書いてあります。連載とかは無理だけど、また漫画を描いていけたらいいな、って書いてある。ちょっと読みたい。これまでに出ている漫画も読みたくなるなぁ。
破天荒すぎて、僕たちの日常と地続きで繋がっているとはとてもじゃないけど想像できないような日常を生きる女性の、それでも毎日必死で生きているその姿を描き出している作品です。強烈です。時にはしんどいかもしれません。でも、全体的には明るいです。ボビーも凄いです。著者の母も凄いです。なんか、みんな素敵です。生きてるってだけで奇跡的なんだよ、って言葉を耳にすることってたまにあって、嘘くせーなー、って思ってたけど、その言葉が初めて嘘くさくなく思える状況を知りました。是非読んでみてください。

卯月妙子「人間仮免中」



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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
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4位 「消された一家
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9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)