黒夜行

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ホームグラウンド(はらだみずき)

内容に入ろうと思います。
就職した不動産会社で営業マンとして苦戦にあえいでいる辻本圭介は、自身の祖父が所有する広大な土地を賃貸マンションや駐車場に変えようという提案と共に、祖父・雄蔵の顔を時折見に行っていた。
圭介の母親は、雄蔵と仲が悪かった。
高校時代に妊娠し、駆け落ち同然で結婚した母・由紀子は、高校生で妊娠したことで激昂した雄蔵とやり合い、以後ほとんど実家には寄り付かなかった。そのため、圭介も雄蔵と関わりあった記憶があんまりない。ほとんど他人のようなものだ。
広大な土地の四方を高い塀で覆い、周辺住民と関わりのない雄蔵は、周囲で嫌われ者だった。連れ合いを去年亡くし、畑仕事にも身が入らなくなりその広大な土地を遊ばせてしまっている状況に、圭介は目をつけたのだ。
実際雄蔵は、ある時まで圭介の話に乗り気だった。しかし先ごろ脳溢血で倒れて以来、どうも雄蔵の態度が変ってしまった。どんな変化が雄蔵の中で起こったのか、圭介には窺い知ることが出来ない。
雄蔵宅へとよく一緒に足を運んだ会社の先輩・春菜と共に、その後も雄蔵宅へと話をしに行くが、やはり雄蔵はそれまで乗り気だった計画に興味を失ってしまっているように思える。
そしてやがて、雄蔵は語った。去年亡くした連れ合いが言っていた不思議な話、そして脳溢血で倒れた時に経験した出来事。そして雄蔵がこれから、何をしようとしているのか…。
というような話です。
これはいい小説だったなぁ。まさかこんな切り口でスポーツ小説が成立するなんて、想像も出来ませんでした。
本書は、一言で表現すると、『サッカーボールの出てこないサッカー小説』という感じです。
疑問に思う方は多いでしょう。僕がさっき書いた感想には、サッカーのサの字もなければ、スポーツ小説らしい要素はまるでない。
それでも本書は、紛れもなくサッカー小説なのです。
僕は本書を読んで、二冊の小説を連想しました。
一冊は、古内一絵「快晴フライング」。舞台は、水泳部が廃部寸前の高校。その水泳部でエースだった、しかし人付き合いの悪い主人公は、水泳部を廃部にしないためにまず部員集めをするところから始めなくてはならない。しかも、高校にはプールが存在しない。そんな状況の中、市民大会での優勝を約束してしまう、という話。部員もいないし、練習する場所もないしで、物語の三分の二ぐらいはまったく水泳をしない、という斬新なスポーツ小説。
そしてもう一冊は、渡辺健「遺言状のオイシイ罠」。同じアパートに住む男女四人は、先ごろ死んだ大家からの遺言で、4000坪の土地を相続できることになった。しかしそれには一つだけ条件がある。その4000坪の土地は、木や畑など様々な自然に溢れているのだが、四人で力を合わせて最低でも五年間は農業を続けること、というものだ。そこで四人は、どうにかして手抜きして相続条件を満たすだけの農業を適当にやろうとするが…、という話。状況は大分違いますが、なんとなく雰囲気が近かなぁ、と。
ますますどんな小説か分からなくなったでしょうか。
本書は、冒頭から引き込まれる。引き込まれるというか、親身になれる、と表現するべきだろうか。
冒頭では、サッカー少年が出てくる。しかしこのサッカー少年、サッカー遊びをする場所を見つけられないのだ。
学校のグラウンドは不審者対策で土日は申請しないと使えない、マンションの中にはでは何故かサッカーが禁止にされていた。近くの公園や、ちょっと遠くの広場には、サッカーのような危険な球技は禁止、と立て札がある。
父親と一緒にサッカー遊びが出来る場所を探している少年。彼はただ、ちょっとボールと戯れたいだけだ。しかし、そのちょっとを実現してくれる場所が、近くにまったく存在しない。
これは、東京の話ではないのだ。本書の舞台はたぶん千葉だと思うんだけど、そういう東京などの都会ではない場所であっても、今やそういう環境になってしまっているのだ。
僕は静岡の田舎出身だけど、小中高ともグラウンドへの出入りは自由だったはずだし、近くには特に目的があるわけでもない、でも球技が禁止されているわけでもない空き地が適当に点在していた。僕自身は(静岡出身であるにも関わらず)まるでサッカーに興味がなかったし、野球にも他のスポーツにもさほど興味がなかったですけど、それでも放課後グラウンドで友達とバスケをしたり、近所の空き地で缶蹴りをしたりしたものです。
今はそういう環境がことごとく奪われてしまっているのだなぁと、今の僕にはなかなか実感することのないことを冒頭でガツンと思い知らされました。
本書には、こんな文章が出てきます。

『その姿を見て、和彦は自分の愚かしさを感じた。自分はこれまで子どもには、晴れた日はゲームなどせずに外で遊べと繰り返し行ってきた。でも、どうなのだろう。それはある意味では、子どもに無理難題を押しつけていただけなのかもしれない。携帯ゲームやカードゲームに興じる子供たちを不思議がる大人は少なくない。でも子供がそういう遊びに走る理由をつくってきたのは、大人ではなかったのか。』

僕は、『自分で何か選ぶことが出来ること』こそが、ある種の『未来への可能性』そのものだ、と思っています。無数にある(ように見える)選択肢の中から、自分がそれを選び取ったのだと実感できる環境。それこそが、未来への新しい扉を開く鍵なのではないか、と。
しかし今子供たちは、現実的にその環境を手に入れることが出来ないでいる。もちろん、サッカー以外のことであれば、不自由なく遊べるのかもしれません。でも、少なくともその周辺で暮らす子供たちの思考から、『サッカー』という選択肢は消える。そうやって大人たち(僕もその一人かなぁ)は、子供の選択肢を少しずつ削り取っていく。
とある公園に『サッカーなどの危険なスポーツは禁止です』という立て看板を見つけた父親は、同じ敷地内に『子供は地域の宝物』という看板を見つけて苦笑する。大人たちは、『どんな場所』から『どんな子供たち』のことを『見て』いるのだろう。
この冒頭のやり取りだけで、僕は結構惹きこまれてしまった。別に子供がいるわけでもない僕がそう感じたのだから、子供のいる親にしてみたらさらに共感の度合いは高いのだろう。
そこから、『サッカーボールの出てこないサッカー小説』が本格的に始まる。
恐らくここまでの流れで大体予想出来るだろうから書いちゃうけど、本書は、雄蔵が所有する広大な土地を、芝生を植えサッカーの出来る場所にしよう、と目論む人びとの話だ。つまり本書は、『サッカーをする場所をどう生み出すか』という小説なのだ。そりゃあ、サッカーボールも出てこないわけだ。
何故雄蔵はサッカーグラウンドを作ろうと思ったのか。その理由には、なかなかに深い背景がある。
それが本書を、スポーツ小説としてではない、家族小説としてのサッカー小説、という実に変わった作品に仕立て上げている。
雄蔵自身は、サッカーと関わりを持ったこともなければ、サッカーの試合を見に行ったこともない。圭介がサッカーをすることだって、土地利用の話で圭介が雄蔵の元を訪れるようになってから知ったことだ。それぐらい雄蔵とサッカーは縁遠い。そんな雄蔵は、あることをきっかけにして、サッカーグラウンド作りの計画を着実に実行に移していく。
その背景には、不仲のままである父・雄蔵と、娘・由紀子の歴史が横たわっている。
雄蔵が自らの土地にサッカーグラウンドを作る。確かにそれは大きな変化だが、しかし誰かの人生を、特にその土地利用を手がけることで営業成績を上げようとしていた圭介の人生を大きく揺さぶるほどの影響力を持つわけはない。普通はそう思うだろう。
しかしこの雄蔵の行動は、圭介だけではなく、他の様々な人間の人生を変えていくことになる。
雄蔵にとっても由紀子にとっても、そしてそれまで何も知らないでいた圭介にとっても、雄蔵と由紀子の不仲に関わる事柄は、人生の中で無視できないだけの存在感を持っていた。しかしそれは、ずっと平行線を辿ったまま、圭介が就職し働き出すだけの時間が経過しても何も変化しなかった。
雄蔵の土地改変計画に触発されて変わった人々は多い。その筆頭はもちろん圭介だが、圭介と共に雄蔵宅を訪れる機会の多かった春菜についてもそうだ。春菜の変化が最もよく表現されている箇所があって、そこの『そういう自然のにおいを嗅いでいると、生きてる気がするじゃない』って感想は、なるほどなぁ、という感じがした。雄蔵は、とある個人的な目的のために、自らの土地をサッカーグラウンドに作り変えようとしているだけだ。しかしその行動は、様々に波及的な影響を与え、広がっていく。
圭介は土地改変の過程で、少しずつ自分の生い立ちを知ることになる。圭介は、サッカーなどまるでやらない両親に育てられ、そしていつの間にかサッカーをするようになっていた。きっかけを思い出せない。何故雄蔵と由紀子の仲が悪いのか、由紀子は冴えない父親である修司のどこに惹かれたのか。これまで疑問に感じつつも特に追求する必要性を感じていなかった様々な疑問に、様々な形で答えが与えられる。
その過程を描くことで、本書は家族小説として成立している。祖父が広大な土地をサッカーグラウンドにしようとしている。その突拍子もないアイデアから、家族の歴史が浮き彫りになっていく。
本書は、子供の抱える窮屈さから、老人の不安や孤独までを、サッカーというものをベースとして語る。サッカーの練習をするわけでも、サッカーの試合をするわけでもなく、ただサッカーをする場所を生み出そうとすることが、これだけ豊かな物語になるのだなぁ、と凄く感心しました。それなりにスポーツ小説を読んできましたけど、本書はかなり変わった形で作中にサッカーを取り込んでいて、凄く面白いと感じました。
最後の展開は、まあ色んなことがトントン拍子に進みすぎている感じもする。でも、その結果そのものが重要なのではない。自分の人生を見つめ、他人を受け入れていく中で、多くの人たちが自分の可能性を広げていく。そこに、希望を見出すことが出来る、という意味で、順調に進みすぎているあれこれも良く見えてきます。

『見てみろ、ここが、おまえの遊び場だぞ』

雄蔵が呟くこの台詞を、僕はなんだか凄く力強く感じました。
本書で描かれる人びとは皆素敵だ。特に僕は、修司の存在が素晴らしいと感じた。修司は、これまで圭介がずっとそう思っていたように、うだつのあがらない特にこれというところを見出すことが出来ない男だ。しかし、その修司の印象は、ある瞬間から一変する。修司の生きていく上での強さ、みたいなものを圭介は垣間見ることになる。
雄蔵の土地改変の話と繋がらないわけではないけど、そこから少し離れたところで少しずつ色んなことが描かれていく。少しずつ変わっていく大人たちの有り様が面白く描かれている作品だと思います。
本書は、冒頭でも書いたように、非常に変わったスポーツ小説です。練習するでも試合するでもないサッカーを描くことで、家族という非常に大きなものが描かれていきます。その設定の斬新さと、登場人物たちに注がれる眼差しの素敵な小説です。是非読んでみてください。

はらだみずき「ホームグラウンド」



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