黒夜行

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人間にとって科学とはなにか(湯川秀樹+梅棹忠夫)

内容に入ろうと思います。
本書は、世界的物理学者である湯川秀樹と、見識ある文化人類学者である梅棹忠夫の二人による4つの対談を収録した作品です。
本書の7割以上を占めるのが、「人間にとって科学とはなにか」と題された章で、これは1967年に中公新書から発売された同名の新書の再録である。それ以外に、
「現代を生きること―古都に住みついて」
「科学の世界と非科学の世界」
「科学と文化」
という三つの対談が収録されている。
どんな内容なのか、というのを簡潔に説明するのは、これがなかなか難しい。湯川秀樹も梅棹忠夫も、専門分野だけではなく様々な広汎な知識を持ち、普通の人が展開しないような独特な発想を繰り広げつつ、科学というものを中心に据えて様々な方面にその話の触手を伸ばしていくので、ちょっとここで内容紹介をすることは難しい。
二人の話がなかなか高度だったので(これについては後で書くけど、難解というのとはまた違うのですよね)、自分の中で追いつけない話も多々あったので、とりあえず自分の中で理解できた気がする部分だけをなんとなく書いてみようと思います。僕の解釈が間違っている可能性は多々あるので、あんまり鵜呑みにしないでくださいね。

まず、情報と生物学と物理学の話が出てくる。これまで科学というのは基本的に、物理学に代表されるように、不確定な要素というものをなるべく排除して、きっちり定義出来るものを対象にしてきた。生物学はそういう学問ではなくて、遺伝子に代表されるように、情報をいかに運ぶかという観点が初めからあった。徐々に最近、物理学と生物学が近接し始めて生物物理学なんてのが生まれるようになって、ようやくそうなって、物理学はそれまでに対象としていた事以外のものまで研究の対象に含めなくてはいけないような時期に来たのではないか、という話。

また、科学にはどんな価値があるか、という話もされる。科学は他の学問と大きく違って、その学問体系そのものには、他に還元できそうな価値はない。もちろん結果として、科学的知見が何かに転用されて価値を生み出すことはあるが、そもそも科学的体系というのは価値を持たないことが大前提である。科学的探究心というのは、人類が生まれ持った感覚なのではないか、というような話。

また、科学と人間という話も出る。科学、特に物理学は、ヒューマニズムと相性が悪い。物理学の場合、その内側に研究対象としての人間、というものを含める必要がない、というか、必要がないと思われてきた。基本的には、世の中の現象を理解するための学問であって、人間の存在は物理学自体の中には必要ない。しかし生物学はそうではない。まさに人間を含んだあらゆる生命を学問の対象にしている。特に「こころ」の問題をどう科学で扱うかというのは非常に難しい問題。今後、物理学とヒューマニズムがどう折り合っていくのか、というのは興味深い、という話。

科学と宗教の対比は、そこかしこでなされる。科学と宗教がどういう点で似ているのか、そしてどういう点で違うのか。科学は宗教の代わりになりうるのか、というような話。

科学の大衆化の話も出る。これまで、科学者という人種は本当にごく僅かだった。しかし、その数は着実に増えている。これは、科学が大衆化されていっていると見ることが出来る。その過程で、サラリーマン的に仕事をこなすというような、およそ知的探究心とは無縁の科学者も多く出てくるだろう。しかし、科学の大衆化が起こることで、科学の発展は起こるのだろう。事実、アメリカ・ソ連・日本辺りでは科学の業績が多く出ているのに、かつて科学の中心地であったヨーロッパは最近大人しい。きっとヨーロッパは、科学の大衆化をやってこなかったのだろう、という話。

他にも色んな話が出てくるんだけど、僕が文章で書いて説明できそうなのはこれぐらいかな。それにしたって、自分がいかに理解していないかを再認識させられるという感じでしたけども。
本書では、別に難しい単語が出てくるわけでもないし、難解な言い回しが出てくるわけでもない。言葉一つひとつ、文章一つひとつをとってみれば、さほど難しくないというか、むしろ平易であるかもしれないとも思う。でも本書は、すんなり読める作品ではない。
それは、僕の解釈では、平易な単語に両者がそれぞれ一般的以上の意味を付加させていること、そして文と文の間を繋ぐ論理が飛躍しているように思えることの二点に拠っているのではないかと思います。
二人は、ごく一般的な単語を、ごく一般的ではない意味で使っているような感じがする。ちょっと具体例がパッと思いつくわけではないけど、自分の頭の中にあるモヤっとした概念を伝えたいのだけど既存の言葉にぴったりくるものがない時、それに代用して何か別の言葉を使っているのかもしれないな、と感じさせる部分が結構ある。二人の間では意思の疎通が出来ているんだろうし、読んで分かる人には分かるんだろうけど、読解力のない僕には難しい。
文と文の間の論理の飛躍は、天才が書く数学の解答用紙を見ているようなものだなと思った。数学の問題を解く時、式変形をするものだけど、例えば僕が式展開を10回やって答えを出す問題を、天才は3回ぐらいで答えを出す。その間の式展開は、その天才にとってはあまりにも自明すぎて、回答用紙に書くまでもないのだ。本書も、そんなイメージを抱いた。二人としては当たり前の、つまり自明である事柄については無意識的に外して話をしている。しかしそれは、知性が高いからこそ可能なのであって、僕のような凡人にはなかなかついていけない。湯川秀樹と梅棹忠夫という二人の天才の会話だからこそ成立するんだろうなぁ。
本書は、まあ色んな話題が出てくるのだけど、とりあえずは「科学というものをどう捉えるか」という話がメインだ。そしてここでいう「科学」というのは、対談に湯川秀樹がいることもあって、ほとんど「物理学」とイコールである。今では科学というのは、とにかく裾野が広がったけど、確かにある時期まで物理学が科学の中心にいた時代があって、そういう意味で「科学」と「物理学」を同一視する感じになっています。
本書は、科学の中のそれぞれのジャンルにおける細かな話は出て来ません。単語としては、量子論だとか相対性理論だとか、ニュートンだとかアインシュタインだとか色々出てきますけど、そういう個々の事柄について話が飛ぶことはほとんどありません。そうではなくて、科学というものの本質を捉えるために、例えば生物学や宗教と比較をする、科学が大衆に開かれたことでどういう影響が出るかを考える、科学にはそもそもどんな価値があるのかを考える、というように、まさに「科学」そのものを話題の中心に据えています。そういう対談なので、話の展開はかなり抽象的になります。ただその一方で、科学の知識がなければ読めない、という作品でもないので、むしろ読解力のきちんとある文系の人だったら案外読みこなせちゃうんじゃないかな、という気がします。僕は、自分が読解力に欠けていることを知っているので、科学は好きだし科学的な知識はそれなりにあるけど、でも本書はちょっと難しかったです。なんか高校の教科書とかに載ってた評論文みたいな感じの文章ですね。
僕にとっては難しかったんですけど、でもやっぱり面白かったですね。全体を通して作品を理解するというのはちょっと難しかったんだけど、個別の話は凄く面白かったです。二人とも科学というものに対してなかなか批判的な視点を持っていて、そこから導かれる結論が色々と楽しい。例えば、「過去の研究の蓄積なんて見たって仕方無いんだから、図書館とか全部封鎖しちゃって、自分の頭で考えて、それで相対性理論なんかを自分で発見しちゃえばいいんだ」みたいなことを言ったり、「みんな役に立つことをしてたら忙しいんだから、これからはどれだけ何もしない人間を生み出せるかが重要なんじゃない?」みたいなことを言ったりしている。そういう個々の意見に対してどう感じるかは、読者それぞれの好みの問題として、でもそういう結論を出すに至る論理の流れなんか結構楽しいし、科学というものの良さをもちろん十分に認めた上で、さらにちょっと批判的な視点で見てみるという見方は僕は結構好きでした。
最後に、これは気になるなぁ、という文章をいくつか抜き出して終わろうと思います。

『湯川:「私」の発言としての情報は「私」という乗り物に乗っていたときに本来的な意味を持っていた。それを「私」から情報だけ切り離して、供給する。主体から切り離された言葉だけがさまようていた。あとは知らんというところに何があるのかな。自由があるのかな。自由があるというだけではいい足りんので…』

『梅棹:そこが大変重大なところだと思うんです。むしろ科学というものが価値から過離れているというそのことが、人間が科学を生み続けてきた一つの原動力であるといってもいい。でき上がった科学にあとから価値づけをすることはできるんです。しかし、なにかの価値のために、科学をつくり出してきたのではないと思うんです。』

『梅棹:もう一つ、ほかと違う科学に特徴は、ものごとを説明できないことが非常に多いということです。(中略)人間は、次々といろんな考え方を生み出して科学をつくってきたけれども、以前としてそれは完結していない。科学は未完結体系なんですね。人間の体系的知的活動の中で、これだけ体系性が少ない部門は、私はほかにないt思うのです。』

『湯川:孫悟空がお釈迦さんの掌の外に出られないということがあるでしょう。これはまさに、宗教というものの性格をよく表している。出られんようになってると思わなければ、宗教にならない。お釈迦さんの掌の外はなんやろか、まだなんぞあるのかどうか。そんなことを気にするのが科学者です。』

『梅棹:科学的な考え方、科学的な方法が発達して科学が成果を生んできていることは事実ですが、一方では、科学がものごとにたしかな答を与えるのは、非常にむつかしいことなのだということが、だんだんはっきりしてきた。科学が本当の答を出し得るものなのかどうか、いろいろな実際的な問題に対して。実際的であればあるほど、科学がちゃんとした答をその問題に対して出せるのかどうか。怪しい点がある』

『梅棹:宗教には、初めにまず説明があると思うのです。科学は、なんでも説明するものだというふうに一般に考えられているけれども、逆なんですね。宗教こそ、なんでも説明する。その説明が宗教への確信を支えている。科学は、なにか革新的でない。科学というのはつねに疑惑にみちた思想の体系なんですね。』

湯川秀樹+梅棹忠夫「人間にとって科学とはなにか」


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2013年の個人的ベストです。

小説

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3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
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新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
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10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
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10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
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12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
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2011年の個人的ベストです
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1位 千早茜「からまる
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番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)