黒夜行

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火星ダーク・バラード(上田早夕里)

内容に入ろうと思います。
舞台は、火星に人類が住み始め、既に火星生まれの人類が現れ火星独自の文化が生まれている、そんな遠い未来の話。火星全体をテラフォーミングするのではなく、火星のごく一部をパラテラフォーミングすることで、資金を抑え火星移住への現実的な道筋を切り開いた。深い峡谷を透明なドーム状のもので覆った都市がいくつか点在する火星には既に、地球への郷愁を抱くことのない、それどころか火星よりさらに遠い宇宙へと思いを馳せる人々がたくさんいる。
水島は、とある事情で地球で刑事になることが出来ない男で、どうしても刑事になりたかった水島は、人手不足のため若干の経歴には目を瞑る火星へとやってきて、治安管理局員となった。地球で言う刑事と同じで、犯罪者を追い詰める立場だ。
水島は、仕事への熱意は人一倍あるし、筋の通った男気のあるやつなのだが、いかんせん協調性に欠け、常にバディと不和を起こしていた。しかし現在のバディである神月璃奈とは奇跡的に相性がよく、長いこと信頼できる相棒として一緒に仕事をしてきた。39歳の水島は、若く美しい璃奈に若干惹かれている自分も自覚していた。
快楽的に女性ばかりを殺しまわっていた凶悪犯ジョエル・タニを捕まえ列車で護送中、何か奇妙な出来事が起こり、それが水島の人生を一変させることになる。意識を失った水島が目を覚ました時、目の前にあったのは惨状だった。璃奈は銃でメッタ撃ちにされ、ジョエルは逃亡してしまっていた。車内で唯一生き残った水島は、璃奈を殺害した容疑で逮捕されてしまう。
水島には、自分が何をしたのか、あの時の状況がどうだったのかという記憶がない。幻覚を見たのは間違いないが、璃奈を撃ち殺すことなどあるだろうか?とにかく、真実を知りたい。しかし、治安管理局を管理する司法省直轄の組織である調査室は、明らかに水島に対して隠し事をし、嘘をついている。
どうにかして自身で調べることを決意した水島だったが、何か強大な力が働いているようで、自由には動けない。しかし水島はあることをきっかけにして、アデリーンと名乗る少女と出会う。アデリーンは水島に、とてもではないが信じることなど出来ない荒唐無稽な話をした。火星の総合科学研究所が、進化した人類<プログレッシブ>を密かに作り上げているという。アデリーンもその一人で、先の列車事故は自分のせいで引き起こされたというのだが…。
というような話です。
いやはや、これは面白い作品だったなぁ。僕はホントSFが不得意な男で、あんまりSF作品で面白いと思える作品に出会えることが少ないんだけど、この作品は凄く面白かったです。
設定としては、伊坂幸太郎の「ゴールデンスランバー」や、トム・ロブ・スミスの「チャイルド44」のような、超絶的に不利な状況下でどうやって逃げるか、という話が結構メインになっていきます。とにかく、立場的にはほぼ丸腰の一介の管理局員が、火星政府を背景に持つ超巨大組織から逃げ延び、さらにそれだけではなくアデリーンという少女や、他にも水島に関わったことで追われてしまうようになった人たちを守る、しかも同時並行でその強大な組織が必死で隠している情報を暴きだそうとする、という部分がストーリー展開の中核になっていきます。
これがなかなか読ませるんですね。水島は、本当にもう満身創痍、結構限界レベルまで自らの身体と精神力を酷使して、逃亡と調査を続ける。初めの内その動機が、璃奈という信頼できるバディを殺されたから、という理由なのが若干弱い気がしますが(でもこれは、璃奈に関する描写が非常に少なく、水島と璃奈の関係性が物語の中で強くは浮かび上がらないからという理由だけど)、しかし水島の融通の利かない、自らの信念を折らない、自分を痛めつけてでも大切なものを守りぬこうとする生き方が非常に強く描かれていてなんというか清々しいし、さらにアデリーンと出会ってからは、いかにしてアデリーンを守るかという部分も強く動機に組み込まれていくので、読んでいくにつれて、水島の行動を応援したくなっていきます。できる限り誰にも頼らず、相手が憎むべき相手であっても出来る限り傷つけず、という非常に困難な縛りを自分にもうけつつ、水島は周囲の人間を説得によって味方につけ、自らの行動によってその清廉さを証明し、そういう泥臭いやり方で少しずつ前に進んでいく。その、必死の逃亡と調査の物語がまず非常に読ませると思います。
ストーリー展開の核はその逃亡と調査なんだけど、物語の核としては、<プログレッシブ>という進化した人類の存在が上げられる。これについて詳しく書くとネタバレになりすぎるような気がするからあんまり書かないようにするけど、<プログレッシブ>であるアデリーンの孤独・不安・諦念、あるいは<プログレッシブ>を推進しようとする人間の野心・展望・信念、そうしたものが物語の核として存在する。
これは非常に考えさせられる内容です。<プログレッシブ>は要するに、遺伝子の組み換えの技術なんかによって、人間の遺伝子を人為的にデザインして作られるのだけど、これは僕らの社会でも、出生前診断やジーンリッチなどの考え方で少しずつ現れているものだ。その延長線上に、この物語がある。遠い将来、火星に人が住むようになるのか分からないし、また遺伝子組み換えの際本書で描かれるような状況が起こりうるのかどうかもわからないけど、でも本書を読み、人類はどうあるべきかという問いかけをすることは出来る。それは、本書で扱われていることに限らない、僕らが生きている世の中でもそのまま通用する問いかけになるはずだ。
水島はある場面でこんな風に叫ぶ。

『私が欲しいのは、どんな未来が訪れても、誰もが自分の選びたい生き方を選ぶことのできる社会だ!』

一方で、<プログレッシブ>を推進するトップはこう自問する。

『人間は、どこまでいっても、己の罪深さから逃れられないのか。
科学の力で、それを克服することはできないのか。
どこまでも罪を犯し続けるしかないなら、人類にとっての真の平安はどこにあるのだ。
それを望むことすらも、あるいは、姿を変えた罪の姿でしかないのだろうか―。』

この作品は、人類というものの存在について、鋭く様々な問いを突きつける。はっきりと答えの出る問いではない。ある人はその答えを、自らの信念によって支えるだろう。ある人はその答えを、永遠に保留し続けるだろう。ある人はその答えを、対話によって探ろうとするだろう。SFが得意ではない僕が言っても説得力はないけど、こういう現代の社会ではありえない設定をSFとして提示することで、人類や未来に対して深く考えさせる。そういう力がSFにはあるな、と実感させられる作品です。
一人ひとりの行動は、自分が当事者でなければ責めることが出来るものが多いだろう。<プログレッシブ>に関わる研究者も、水島やアデリーンを追い続ける人間も。しかし、もしその当事者になってしまえば、もしかしたらそんな選択をせざるを得ないかもしれない。そういう究極の状況が何度も提示され、人間の葛藤や深みが描かれる。誰のことをも否定することは難しい。もちろん無条件に肯定することも難しい。そういう中にあって、水島という男の清廉さは見事で、これほどまでにストイックに生きるのはしんどいだろうなぁと思ってしまった。でも、僕も割と嘘がないように生きたい人間で、水島のような男の生き方にはちょっと憧れてしまうのだけど。
物語は、凶悪犯を護送中の列車内で起こった、傍目から見ればちょっとした事件から、とてつもない話へと展開していく。SFの設定も見事だけど、水島を中心としたサスペンス的な展開は読み応えがあるし、これがなんと恋愛的な要素も見事に絡みあって、一体感のある世界観を生み出している。これがデビュー作だからなぁ。凄いものですよ、ホント!
SF的な作品が苦手な人も多いかもしれないけど、SFが基本ほとんど読めない僕でも読めた作品なのでそこまでハードルは高くないだろうと思います。長い作品ですけど、一気読みできてしまうのではないかと思います。表紙も素敵だしなぁ。是非読んでみてください。

上田早夕里「火星ダーク・バラード」



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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
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7位 「ぐろぐろ
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9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)