黒夜行

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翼(白石一文)

内容に入ろうと思います。
田宮里江子は、浜松光学という、電子部品関連の製造・販売をする会社で、営業課長代理として浜松から最近異動してきた。異動後初の大きな商談を成功させるべくこの半年必死で頑張っていたが、その最後の調印の日の朝、起きてみると田宮は、高熱にやられていた。
午前中の予定は飛ばせるからと、近くの診療所に行くと、そこで長谷川岳志と再開した。
長谷川とはこれまでほとんど何もなかったし、これからも何もないはずだ。
長谷川は、田宮の親友である聖子の彼氏として出会い、以後ずっとそうだった。長谷川との間で、聖子に秘密にしなければならないことは、一度しかない。その一度も、とにかく長谷川の荒唐無稽な考えにさらされ続けていただけで、別に田宮の方に疚しさはない。
仕事に戻り、つつがなくとは言えない形で調印を終えた後、明後日に控えている母の七回忌に万全を期そうと、もう一度長谷川の元で点滴をしてもらっている時、長谷川から二人で会えないかと誘われる。一度は断った田宮だが、じゃあ一度ウチに来ないかという誘いを断りきれなかった。
それから長谷川とは、時々会うようになった。長谷川は基本的に、何も変わっていなかった…。
というような話です。
本書は、光文社のテーマ競作という企画で出版された一冊で、6人の作家が『死様』という共通のテーマで作品を書くというものです。僕の書いた内容紹介からどうやって『死様』というテーマになるのかわからないかと思いますが、確かに本書では、死ぬということがどういうことなのか、ということが、様々な人間の口から、様々な価値観を背景に語られることになります。
本書を読んだ僕の正直な感想は、本書は誰の物語なんだろうなぁ、ということでした。
本書の主人公は、田宮で間違いない。間違いないのだけど、これが田宮の物語なのか、と聞かれると、僕はちょっと困る。田宮というのはある意味で、触媒として本書の中で存在するのではないかと思う。
触媒というのは、ある化学反応を効率よく進めるために加える物質のことで、触媒自体はその化学反応の過程で変化はしない(質量とかは減ったりするかもだけど、性質は変わらない)。田宮も同じようなもので、田宮は作中に出てくるあらゆる人間関係の間にいて、田宮がその場にいることで相手の人間関係を変質させてしまうような、そういう立ち位置として描かれているように感じられる。
そう感じてしまうと、この小説が誰の物語なのか、ちょっと捉えにくいなと思う。田宮自身は、完全な触媒というわけではなく、もちろん変化もする。しかしその変化は、やはり主人公だというには弱い変化に僕には感じられる。長谷川の物語は実に興味深いし、長谷川の言葉には共感できてしまう部分が結構あるのだけど、しかし長谷川の物語なのかというとそれもなんか違う。他にも本書では、田宮が浜松時代に尊敬していた上司である城山や、田宮の弟の元奥さんである朝子など、なかなか一筋縄ではいかない濃い人物が描かれる。けど、彼らも単独で物語の主役になれるほどではない。
どうもその辺りが、僕の中で落ち着かなさを感じさせたのではないかな、という感じがしました。僕は、白石一文の作品をそこまで読んだことはないのだけど、「僕の中の壊れていない部分」「見えないドアと鶴の空」「一瞬の光」の三作を読んで、この作家とはなかなか相性がよくないなぁ、と感じています。凄く評価の高い作家だということは知っているし、「僕の中の壊れていない部分」なんかはかなり評価されているように僕は感じるけど、でもどうも僕には分からない。本書も、絶賛されている評判をいくつも見聞きしているのだけど、やっぱり僕にはあまり合わなかったなぁ、という感じがしました。
作品の中心というか焦点は、もちろんテーマである『死様』に向けられているのだけども、それとは別に、なんか中心を見定めることの難しい作品だな、と思えてしまうのですよね。自分でも言っていることがよくわからないけど、なんかすっぽり真ん中が抜けてしまっているような、そういう感じがする。もちろんその空白は、僕がきちんと読めていないだけ、というだけのことかもしれないけど、少なくとも僕にはそう見えてしまうのですよね。
ただ、小説としては僕の中ではそこまで強く評価できないのだけど、作中に出てくる価値観や言葉の中には、なるほどと思わせられるものが散りばめられていた。その中でも、特に僕を惹きつけた二つを引用してみようと思う。

『私たちは手にした幸せより先に死ねれば、それが最高の人生なんでしょうね』

『そう考えると、俺たちは他人の心の中に自分という手紙を配って歩く配達人にすぎないのかもしれんなあ。配達人が郵便受けに差し込む手紙の中身を知らないように、俺たちも自分がどんな人間なのかちっとも知らずに、それをまるごと人に預けているだけなのかもしれん』

どちらも、前後の脈絡がないまま、ここの部分だけ抜き出してもスパッと意味が通じるわけではないかもしれないけど、この二つはなかなかいいなと思いました。
前者には、「自分が手にした幸せには寿命がある。自分自身の寿命と比べて、幸せの寿命が長ければ、それが幸せということだろう」という意味で、「自分が手にした幸せには寿命がある」という部分に凄く惹かれます。僕もどうしてもそんな風に考えてしまう人間で、ずっと幸せでいられるなんていう楽観的な感覚を持つことは難しいのですよね。逆に、幸せを手にしてしまえば、その幸せの寿命がいつ尽きるだろうか、ということに恐怖してしまうから、なるべく幸せを手に入れたくない、と考えるような人間だったりします。めんどくさいですね。
後者の言葉は、自分の中で考えたこともないような発想だったので、凄く感心しました。この話は、「自分のことを一番知っているのは自分だとは限らない。その自分のことを一番知っている人間が死んでしまうことこそ、自分という人間の致命的な死なのではないか」という話が前後にあって、それでこの言葉が出てくるんだけど、なるほど、という感じがしました。確かに僕たちは、自分のことを知っているようで知らない。郵便配達人のように、自分が届けているものがなんなのかわからないまま相手に自分自身そのものを届けているのかもしれない、という発想は、なかなか素敵だと思いました。
小説作品としては、やっぱり僕はどうしても白石一文の作品とは相性が悪いな、と感じました。でも本書は、作中で描かれる価値観や言葉なんかに、僕なりに気になるものが多くて、そういう意味では惹かれる作品でした。特に、長谷川のちょっと常軌を逸した考え方のいくつか(さすがにすべてではない)は、なんか凄くわかるな、という感じがしました。

白石一文「翼」



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[7627] どうして私たちの心中が分かる?

初めまして、5年前に主人を送り1月1日の命日に暮れに買い置いてあった「翼「を読み初めたらずんずん胸の中に入って来て1日で読み終えました。「僕たち人生は誰かを不幸に 、、、、、、何よりも自分自身が幸福になるためにあるんだ」このフレーズに救われました。66才かって主人も私も俳優の世界にいました、主人の始めた空手道場をついでひっしの毎日です、「この世の全部を敵に回して「読み終えました。

[7628]

初めましてです。
小説が、勇気を与えてくれたり、自分の人生を支ええくれたり、そういう存在であるのは本当に素晴らしいなと思います。
大切な方を亡くされた後も人生は続いていきますし、
僕には経験がないので分からないですけど、色々と大変なこともおありでしょうけど、
お互い、小説の人物たちの生き方に、これからも勇気をもらっていきましょう!

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2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
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19位 奥泉光「黄色い水着の謎
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新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
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2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
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10位 原田マハ「キネマの神様
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新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
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6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

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1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)