黒夜行

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あまからカルテット(柚木麻子)

内容に入ろうと思います。
本書は、女子校だった中学時代からの友人である、ピアノ講師の咲子、編集者の薫子、美容部員の満里子、料理上手な由香子という四人が、日常的に起こる様々なトラブルを、料理を通じて解決するという連作短編集です。

「恋する稲荷寿司」
昔からオクテだった咲子が、花火大会で偶然に出会った男性に恋をした!しかし、ちょっとした事情があって、連作先も何も聞けないままで別れてしまった。咲子たちに残されているのは、その男性が咲子にくれた稲荷寿司だけ。その稲荷寿司を他の三人も食べ、食雑誌の編集者をしていた薫子は、編集長であり食べあるきの達人である上司と知っている店を片っ端から回って稲荷寿司を食べ、満里子は、合コンで知り合った男性繋がりで咲子が恋した相手の友人を探すことになり、由香子は、自分が食べた稲荷寿司のレシピをどうにか解き明かそうと四苦八苦…。

「はにかむ甘食」
料理ブログが大人気となり、ついに薫子の編集でレシピ本を出版することになった由香子。その冒頭に載せるエッセイには、子供の頃祖母の元に一時預けられていた時に、あだ名しかわからない仲のいい女の子がくれた甘食の味が忘れられなくて、どうにかしてそれを再現してみたと書かれている。
ネットで自分自身が酷評されていることを知ってしまった由香子は、もう二週間も料理を作れないままだ。
友人たちが由香子の家に押しかけてあれこれ世話を焼いてやるも、由香子は立ち直る気配なし。こうなったら、エッセイに書かれていた当時の友人を探しだそうと三人は決めるが…。

「胸騒ぎのハイボール」
その美貌から、常にチヤホヤされてきた満里子は、今徹底的に落ち込んでいる。付き合っている彼氏が、どうも浮気をしているようだ、と言うのだ。ユキコという名前と、ハイボールとちょっとした一品料理が凄く美味しい店を切り盛りしているという条件で、どうにか満里子の彼氏が行きつけにしている店を探し当てた三人。どう見ても満里子と張り合えるほどの容姿ではないことを確認した三人は、安心してその店に満里子を呼び出すが…。

「てんてこ舞いにラー油」
結婚し、夫と新居に住み始めた薫子は、しかしとんでもない忙しさにてんてこ舞いになっていた。
念願だった書籍編集者になった薫子は、しかし担当している売れっ子脚本家の初の長編小説の担当にかなり苦戦している。しかも、引っ越した新居の暇を持て余した主婦たちが、どうにか自分たちの暇つぶしに薫子を誘い込もうとアプローチしてくる。鹿児島にいる夫の母親からは、頻繁にナマモノが送られ、家にあまりいられない薫子は、不在伝票の多さにイライラさせられる。何もかも自分でやり、人を頼ることが出来ない薫子の悪い部分が如実に現れてしまっている。
どんな限界の生活の中、まともな家事も出来ない中で、非常に重宝した食べるラー油。しかしそれは、ある日玄関のドアノブに引っ掛けられていたものだった。送り主が誰なのかも不明。一体このラー油は誰が…。

「おせちでカルテット」
大晦日。薫子は、鹿児島からやってくる義母を待ち構えていた。完璧なおせち料理を準備するのが嫁の役目だと言う義母に対抗し、どうにかおせちを用意してみせると啖呵を切ってしまった薫子。友人たちに泣きついて、多忙な彼女たちの時間を少しずつもらって、四段のお重を手分けして作ることにしたのだ。
しかし大晦日。とんでもない大雪により、薫子以外の三人は足留めを食らう。内緒にしておきたい理由から秩父にいた咲子は、大雪のため東京に戻れなくなっている。部下のミスにより、元旦二日から売り出す福袋を作り直していた満里子は、どうにもならない事情からデパートの倉庫に閉じ込められてしまった。人気アナのスケジュールの都合で大晦日に番組の収録をしていた由香子は、雪のせいである番組にどうしても必要なおせちをたった5時間で作る羽目になってしまった。薫子の方でもイレギュラーな事態が起こり…。

というような話です。
これは結構面白い作品でした。色んな意味で、凄くよく出来た作品だったなぁ。
基本的には、子供の頃からいつも一緒にいた女四人が、それぞれの抱える事情でトラブっているのを、他の三人がどうにか手助け、その過程で料理が大きな鍵を握る、というストーリー展開なのだけど、そういう同じ流れの構造でありながら一編一編違ったタイプの話になっているし、しかもそれぞれの話が個別に分断されているわけではなくて、各編の固有の話と同時並行で、四人の関係がリアルタイムで変化していって、最初から最後まで長編小説のように個々の話が絡みあって物語が進んでいくという構成が非常に巧いと思いました。特に僕が個人的に感心したのが、具体的には書きすぎないようにするけど、ハイボールの話の時に出てきた咲子のとある反応。その話だけでは理解出来ないその反応が、後々の話を読むとちゃんと分かるのですよね。
各編の話は、ちょっとしたミステリ仕立てになっていて、しかもそれに料理が巧く絡んでいるという点で、結構新しいタイプのミステリだなぁ、という感じがしました。謎自体はそこまで大したものではなくて、咲子が一目惚れした男性を探せ!だの、ラー油の送り主を探せ!だのといった、非常に小さい事態ばかりなのだけど、それが作品の雰囲気と凄くマッチしている。仲良し四人が、仕事の傍らでどうにか片手間で対処出来る程度の謎でないと、本書はどうにも成立しえないので、その辺りの謎の設定の仕方がまず巧いなと思いました。そして、どの話にもきっちりと料理が密接に関わっている。これが結構無理矢理という感じではなくて、料理の存在そのものが結構重要なモチーフになっているんです。稲荷寿司とか甘食とかラー油とか、ただモチーフとして出てくるだけではなくて、それがなかなか魅力的に描かれていて、凄く食べたくなるんですね。本書で描かれている食べ物が凄く美味しそうに感じられる、とか書くと、食に興味のない僕が言っても説得力がないですけど、でもたぶん、食べることが好きな人にとっては、その料理の描写だけでも凄く気に入る作品なんじゃないかなぁ、という感じがしました。
もちろん、本書は、四人の関係性や謎解きの過程、解決した後の展開など、ケチをつけようと思えば色んなところに突っ込むことが出来る作品です。でも、少女マンガみたいなものだと思って、この緩やかな物語の設定をすんなりと受け入れることが出来れば、凄く愉しく読める小説だと思います。
ラストのおせちを巡る物語は、ホント巧いなぁと思いました。この作品だけ若干長めで、しかも群像劇っぽい体裁を取っています。おせちを持って薫子の家に集合するはずの三人が、それぞれが別の事情で薫子の家に辿りつけないでいる。そうこうしている内に、薫子の方でも大変な事態に陥る。その緊迫した感じが凄く面白いなと思いました。特に、どうにかして番組開始までにおせちを作らなくてはいけなくなった由香子の話は良かったなぁ。
個々の物語もさることながら、四人の関係性がまた非常に面白い。この四人、もちろん仲がいいのだけど、いがみ合ったり喧嘩したりすることがないわけではもちろんない。本当にちょっとしたことがきっかけで、彼女たちの関係はぎこちなくなったり、収集がつかなくなったりする。でも彼女たちは、何度もそういう状況を乗り越えていく。彼女たちは、四人で会っている時も、四人全体で抱えるべきトラブルに遭遇してしまうわけなんだけど、それとは別に、個々人でそれぞれ悩みとか問題を抱えている。それは、傍から見れば些細なことにしか思えないかもしれないけど、彼女たちの生活の中では、あるいは彼女たちが生きてきた人生の中では、凄く大事なことだ。そういう様々な悩みや問題が、色んな方向から解決の糸口が見つかっていく。その過程も凄く面白い。
誰もが、子供の頃のままでは生きていけない。大人になって、仕事をしたり結婚したり、そういう中で、子供時代にはまだ大きな差ではなかったもの、あるいは大きな差ではあったけども将来的にまだどうにか挽回できると思っていたものが、現実として立ちはだかっていくことになる。特に女性にとって、社会の中で女性として生きるということに、男にははっきりとは目に見えない障害があちこちに転がっている。彼女たちは、自分たちの前に立ちはだかるそれぞれの障害を、時には自力で、そして時には仲間の力を借りて乗り越えていく。
彼女たちの関係性は少しずつ変わっていくし、それは悪い方向への変化であることだってもちろんありえる。それでも、彼女たち四人がずっと一緒にいる、という部分はきっと変わらないだろう。そう思わせるだけの力強さを本書からは感じることが出来て、凄くよかったなと思います。
本書を読んで僕は、大学時代の友人を思い出しました。大学時代の友人である女子5人は、物理的に距離が離れたり、それぞれの個人が様々な事情を抱えるようになってからも、学生時代と同じような関係性の中でいいやり取りを続けている。もちろんその過程で、その5人にしかわからない様々なことがあったことでしょう。それでも、そういうたくさんのことを乗り越えて、学生時代とは関係性の形がきっと変わってしまっているだろうけど、それでもまだ5人は5人でいるという関係性をきちんと維持している。小説や映像でよく描かれるのは、女同士の結構醜かったりする人間関係だと思うんだけど、なかなか小説やドラマでは描かれにくい仲の良い女性のグループというものの存在を僕は知っていたし、それが本書でも描かれていて面白かったです。もちろん、僕が知ってる5人組と、本書で描かれる4人組に、性格や環境やなんかで共通点があるなんてことは別にないんですけどね。
もちろん男が読んでも楽しめる作品ですけど、やっぱり女性が読んだらより楽しめる小説だろうと思います。本物の親友、というものの強さや安心感みたいなものがしっかりと描かれている作品で、読んでいて凄く楽しい小説です。是非読んでみて下さい。

柚木麻子「あまからカルテット」



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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)