黒夜行

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雪の練習生(多和田葉子)

内容に入ろうと思います。
本書は、3編の短編(中編かな)が収録された連作短編集です。
設定は実に奇妙。なんと主人公はホッキョクグマです。サーカスの花形から作家に転身し自伝を書く「わたし」、その娘で、女曲芸師と伝説の「死の接吻」を演じた「トスカ」、さらにベルリン動物園で飼育係の愛情に育まれ、世界的アイドルとなった孫息子の「クヌート」(ここまでは、帯裏の内容紹介を引用しました。凄くまとまっててわかりやすかったので)。このホッキョクグマ三代の物語が描かれます。

「祖母の退化論」
かつてモスクワのサーカスの花形として活躍したわたし。三輪車に乗り、二本足で立ち、そうやって人気を獲得していった。それが今では、あちこちの会議に出るようになっている。身体を壊したわたしは、普通なら射殺されて処分されるところを、運良く管理職に移ることが出来た。わたしの事務能力は、案外に高かった。そうやって次第にわたしは、あちこちの会議に出かけることになったのだ。
その合間に、なんとなくわたしは自伝を書き始めた。まだサーカスに入る前、イワンに芸を躾けられている頃の記憶を少しずつ書いていった。そしてしばらくしてある程度まとまったものを、出版社に勤めるオットセイという渾名の男のところに持っていった。
わたしは作家として有名になり、そしていつの間にか、ベルリンへの亡命を遂げていた。

「死の接吻」
わたしは、巨大なホッキョクグマであるトスカと、他9頭のホッキョクグマを操り、サーカスのショーを行う。わたしは背が低く、顔も若く見られがちなため、そんな若い女が巨体のホッキョクグマを操っている、というところがウケているようだ。
馬小屋の掃除から、様々な偶然が重なって調教師になったわたしは、9頭のホッキョクグマがモスクワから贈られた後、モスクワにいるトスカというホッキョクグマを呼び寄せたいと団長に訴えた。9頭のホッキョクグマは、ベルリンに着くなりストに突入し、稽古などしない。これではモスクワからの賓客がショーを見に来た時に困る。せめてトスカだけでもいればまだ違うだろう、と言いくるめた。
トスカはモスクワで不遇をかこっていた。バレエ学校を優秀な成績で卒業したのに、ホッキョクグマであるという理由で期待された「白鳥の湖」のオーディションにも落ちてしまった。トスカと稽古を始めたわたしは、後々「死の接吻」と呼ばれるようになる甘美なショーを完成させる。

「北極を想う日」
生まれたばかりのクヌートは、自分がどこにいて、何をしているのか、全然理解できていない。次第に、自分がベルリンにいて、人間によって育てられているのだ、ということを知るようになる。母乳ではなく哺乳瓶からだったが、そもそもクヌートを育てているのは母親ではなくマティアスという男の飼育係だったが、そんなことはどうでもよかった。ベルリン動物園で生まれたクヌートは、やがてお客さんの前に出るようになり、その愛らしさから人気者になっていく。しかし、ある日祖母の夢を見る。ただ可愛いというだけの理由で人気になってはいけない、と祖母は言う。

というような話です。
いやいやこれは、ちょっと凄い物語でした。先に書いておくと、ちょっと僕にはレベルの高い小説で、この物語を深く自分の中で消化できているかと聞かれると、全然そんなことはありません。僕は、何度もこのブログで書いていますけど、物語を読む力がやっぱりちょっと劣っていて、ちょっと格調高い小説になると、途端に読み解けなくなってしまいます。本書も、別に難しい小説ではないんですけど、滋味深いというか、格調高いというか、ちょっと僕が読解出来るレベルを超えている作品で、うまくこの作品の良さを伝えられません。
でも、なんだか凄くザワザワさせられる作品でした。僕は、カバーが掛かったまま読み始めたので、作品の設定を知らないままで読み始めました。そうすると、「祖母の退化論」の初めの方を読んでいて、主人公の「わたし」は『自伝を書いている』というのに、その内容が『二本足で立つ』とか『三輪車に乗る練習をする』とかそんな話なわけです。僕はしばらく、全然話について行けなくて実に困惑しました。しばらくしてからようやくカバーを外して帯の言葉なんかを見て、やっと主人公が、何故か人間の言葉で自伝を書くことができるホッキョクグマだ、ということがわかって納得しました。
どっからそんな設定を思いついたんだかわかりませんが、ホントとんでもないことを考える作家だなと思いました。僕は、多和田葉子さんの作品を読むのは本書が初で、だから普段どんな作風の人なのかまったく知らないで読みました。他の作品もこういう感じなのかなぁ。凄く気になります。
話としては本当に、三代のホッキョクグマたち(とはいえ、「死の接吻」は主人公が人間ですけど)の周りで起こっていることを書いているだけという感じで、凄く特別なことが起こるとか、とんでもない展開になるとか、そういうことはありません。淡々と、ホッキョクグマたちが(あるいは調教師が)見たり感じたりすることを書いているという感じです。だから、物語そのものに強く惹きつける何かがあるというわけではないんだけど、それでも凄くザワザワさせられる。
それはなんでかなぁて思うと、ちょっと作品自体を消化しきれていないんで的外れかもですけど、ホッキョクグマでありながら人間でもあるというその身体感覚かなぁ、という気がします。
本書で描かれるホッキョクグマたちは、自分のことをホッキョクグマだときちんと認識しているんですけど、でも普通に人間と喋ったり、文字を書いたりということをまるで違和感なく行なっている。ホッキョクグマであるという認識と、能力的には人間と同じようなことが出来るというその状況が実にアンバランスで、そこが凄く気になるんだろうなぁ、という感じがしました。記憶や感覚なんかも人間そのものという感じで、だけど本書は、『人間と同じことが出来るのに外側がホッキョクグマという存在のアイデンティティ』みたいなものはまるで描かれていなくて、ホッキョクグマであるという認識と人間らしく振る舞えるという事実が共存している。
しかも、ホッキョクグマの認識だけではなく、周りの人間の認識もおかしい。ホッキョクグマが人間の言葉を話したり、会議に出たり、パーティに出席することについて、誰もが疑問を抱くことがない。そこには、共通の了解がある。それが、僕たちの世界とは明らかに異なっていて、凄くザワザワさせるのではないかな、という感じがしました。
自分の読解力がないために、この作品を深く理解出来ないのが凄く残念ですが、これは遠い将来もう一回リベンジしたい気がします。どうにかこういう作品を、ちゃんと隅々まで味わい深く理解できる人間になりたいなぁ、という感じがしました。みたいなことを書いていますけど、別に難しい作品というわけではありません。僕がちょっと、格調の高い作品が得意ではないというだけで、普通に読める小説だと思います。いろんな意味で凄く違和感満載の作品で、こういう変わった作品を書いたり思いつけたりする人は羨ましいですホントに。是非読んでみてください。


多和田葉子「雪の練習生」





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8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
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小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
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3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
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11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
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13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
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2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
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1位 千早茜「からまる
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5位 百田尚樹「錨を上げよ
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9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
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14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
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番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)