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地球最後の日のための種子(スーザン・ドウォーキン)

内容に入ろうと思います。
本書は、作物の多様性を守ることで農業を守り、かつ世界中から飢餓をなくすという信念に沿って行動し、国際的な農業のあり方を変えた一人の伝説の植物学者・ベント・スコウマンの生涯を追いつつ、世界の食料がどう守られているのかを知ることが出来るノンフィクション。
『タイム』誌はかつて、ジーンバンカー(シードバンカーとも言う。世界中のありとあらゆる種子を収集・保管する人)としてのスコウマンを、「人々の日々の生活にとって、ほとんどの国家元首より重要な人物である」と評したことがあるらしい。しかし多くの人が、スコウマンが一体何をした人なのか知らないだろう。もちろん僕も知らなかった。
冒頭でまず、1998年にウガンダで見つかった、小麦の伝染病の中でも最も手強い「黒さび病」(この1998年に発見された黒さび病は、「Ug99」という名前がつけられた)についての話が描かれる。黒さび病の原因である真菌は、風に乗って国境を越え、ありとあらゆる小麦に感染してしまう。当時農家や育種家らにとって、この問題はとんでもない脅威だった。本書にもこう書かれている。『小麦の世界で何か恐ろしいことが起きていて、世界の一握りの科学者たちが、日々のパンに甚大な影響を与える疾病の撃退方法を必死に探していることなど、思いもよらなかったに違いない。』
何故こういうことが起きてしまうのか、そして将来的にそうなることを予見していたスコウマンは一体何を目指したのか。それが本書の大きな焦点の一つになります。
ここに、作物の多様性という問題が関わってくる。これは、確かに言われてみればその通りで、考えれば誰でも分かることなんだけど、これまでまったく想像もしたこともなかったことなので、凄く新鮮でした。
育種家と呼ばれる人達がいる。スコウマンも元々は優秀な育種家だった。育種家というのは、小麦なら小麦を品種改良する人のことだ。効率よく収穫できたり、収量を増大させたりと言った改良に加え、寒い地域でも育てられる品種、塩害に強い品種など、とにかくあらゆる特性を持つ品種を生み出す人達のことを指す。
ここで、ある育種家が、ありとあらゆる点でパーフェクトな小麦の品種を開発したとしよう。その小麦は、効率よく収穫出来、収量も多く、また寒い地域でも暑い地域でも、塩害があっても完璧に育つ品種だとしよう。
そうなれば当然、世界中のあらゆる農家がその小麦を植えたいと思う。そうなれば、自分のところの収入を増やすことが出来るからだ。
しかしこれは、作物の多様性の消失という新たな問題を引き起こす。つまり、世界中で栽培されている小麦が、すべて同じ品種になってしまうのだ。
そうなるとどうなるか。冒頭で書いた「Ug99」のような病気発見された際、世界中に一気に広まり小麦は壊滅してしまうのだ。そうなれば、人類は一気に危機に瀕することになる。たとえばバナナはかつて、一度同じような状況で絶滅しかけたことがある。
メキシコに拠点を持つ国際トウモロコシ・コムギ改良センター(CIMMYT)に所属していたスコウマンは、シードバンク(ジーンバンク)の設立に精力を傾けることになる。
シードバンクというのは文字通り、世界中のありとあらゆる種子を保管する場所だ。それは、現在栽培されている品種はもちろん、過去栽培されていたけどすでに栽培されていない品種、その作物の祖先である在来種など、とにかくありとあらゆる種子を収集し保管することが目的だ。
シードバンクの利点は大きく二つある。
一つは、育種の拠点として、その膨大なデータベースを誰でもアクセスすることが出来る、という点だ。特に近年、遺伝子情報の特許取得の競争が激しく行われていて、国際的なコングロマリットが、ある遺伝子情報を独占的に確保してしまうという流れがある。スコウマンでさえもその流れに抗することはなかなか難しかったが、しかしジーンバンクの存在は確実にそれに対抗する存在として機能している。育種家や研究者は、ジーンバンクに保管されている種子の提供を受け新たな品種を生み出し、それをさらにまたジーンバンクに戻す、というやり取りの繰り返しが、作物の多様性を生み出す。そしてその多様性こそが、世界の食料を守ってくれる、ということなのだ。
そしてもう一つは、「Ug99」のような伝染病に対抗しうる遺伝子を見つけ出す可能性を保管しておくことが出来る、という点だ。
作物が感染する伝染病への対抗策は、一つしかない。それは、その伝染病に抵抗力のある品種を見つけ出し、それを今栽培されている品種と掛け合わせることで、その伝染病への抵抗力を持つ品種を新たに生み出すしかない。
具体例としてこんなことがあった。とある植物収集家が小麦の収集をするためにトルコへ向かった。そこで、「みじめな姿をした小麦で、背はひょろ長く、背はひょろっと長く、茎はかぼそく、簡単に倒伏し、赤さび病にかかりやすく、冬の寒さに弱い」種を見つけた。それでもまあ一応ついでにということで採取し、アメリカの遺伝資源コレクションに追加された種子があった。
その15年後、アメリカを手痛い黄さび病が襲った際、この黄さび病への抵抗性を持つ小麦が、まさにその「みじめな姿をした小麦」だったのだ。
この一件だけでも、シードバンクがどれだけ重要であるか分かるだろう。将来的に、どんな伝染病が流行るか分からないし、もちろんそれに抵抗性を持つものがどれなのかあらかじめわかるはずもない。だからこそ、今有用であるかどうかという視点とはまったく別の観点から、将来的に役に立つかもしれない、という観点から、シードバンクというものは作られている。
スコウマンは、誰もシードバンクの重要さに気づいていなかったことからその重要さを見抜き、あらゆる人間を巻き込んでその設立に邁進した。シードバンクを作るだけではなく、それをどう有効に活用するかということにも力を向け、また同時に、世界中から飢餓をなくすために、自らの生活を犠牲にして研究に邁進した。
しかしその一方で、スコウマンの人生は決して恵まれたものではなかった。常に直感と理想を背景に行動し続けたスコウマンは、組織の中でうまくやっていけるタイプの人間ではなかったし、実際に組織の中で軋轢を生み出していた。遺伝資源は誰にでも開かれたオープンな情報であるべきだというスコウマンの考え方とはまったく逆の流れの中で、しかも遺伝情報を保管するということそのものの重要ささえきちんと理解されないままで予算が削られていく中で、スコウマンはやがてCIMMYTを解雇されてしまうことになる。
しかしそれからスコウマンは、通称<地球最後の日のための貯蔵庫>と呼ばれる、ノルウェー最北のスヴァールバル諸島に築かれた世界種子貯蔵庫の所長となった。これは、まさに通称の通り、隕石の衝突などによって人類がほぼ絶滅したとしても、そこの貯蔵庫の種子を使うことで新たに農業を始めることができる、ということを目指したものだ。
そんなスコウマンの生涯と、世界の農業事情を追ったノンフィクション。
なかなか興味深い作品でした。細々としたことが書かれすぎていてちょっと興味の持てない部分も若干はあったのだけど、基本的にはまったく知らないことだらけだったので、本当に新鮮な作品でした。
そもそもジーンバンクの存在を知りませんでしたからね。で、本書のタイトルから、なるほどそういう種子を集めたジーンバンクってのがあるのね、じゃあそれはやっぱ地球が壊滅的な被害を被った時の場合なんだろうなぁ、とかそれぐらいの想像しかしてなかったんですけど、ジーンバンクのもっと重要な存在価値を本書で初めて知って驚きました。
でも確かにそうなんですよね。とある品種だけが世界中で好まれて栽培されていけば、やがてそれに甚大な被害をもたらす伝染病が発生した時に食料は危機に陥る。2050年までに世界の人口は90億人に達するという。だとすれば、必要な食糧増産は75%にも及ぶらしい。これは、世界が過去一万年のあいだに口にしてきた食料の合計を上回る量なんだそう。
だからこそ農業というのは、より効率よくより多くの収量が得られることを目指さなくてはいけない。しかしそうやって品種改良された品種ばかりが世界中に広まってしまうと、多様性が消失することでまた危機がやってくる。そのジレンマを解消するための存在がジーンバンクなんだと知って、なんか凄く感動しました。
だって凄いじゃないですか。今でこそ、農業が大企業によって寡占されて、同一品種が世界中を席巻する環境になってるけど、ちょっと前はそうではなかった。そうではなかった時代に、そういう時代がやってくることを見抜き、さらにそれに対抗するために、今有用なわけではないシードバンクなんてものを世界のあっちこっちに作っちゃった人がいるわけで、そりゃあ確かに国家元首より重要な人だよなぁ、って感じがしました。
本書は、スコウマンの話だけではなく、農業の世界に大きな影響を与えた様々な科学者たちの話も描かれます。特に強烈だったのが、ロシアのヴァヴィロフという植物学者。その時代その国にたまたま生まれてしまったために、素晴らしい功績と能力の持ち主が不遇をかこつことになるという状況はやっぱりやりきれないものがあります。
また本書を読むと、農業というものの抱える様々な問題について触れることが出来る。やはり大きな問題は、国際的な大企業が農業の世界を席巻し、知的財産を押さえてしまう。大規模農業を否定することは、人口の増大が予想されるこれからの世の中では難しいのだけど、裕福な国と貧しい国との格差みたいなものが浮き彫りになる。
遺伝子組換えの話も出てくるし(スコウマンは、飢餓を解消するために遺伝子組換えという技術は素晴らしいものだという認識だったようだ)、戦争や財政難などにより貴重な遺伝資源が失われていってしまっている現状についても言及している。食というのは人類の基本であって、何があっても食物は作り続けなくてはいけない。止まるわけにはいかないし、むしろ進み続けなくてはならない。そのためにはやはり、多くの人がこれらの問題を共有し、意識していくしかないのかもしれないな、と思いました。
僕にとってまったく知らなかった世界のことが描かれていて、本当に新鮮でした。描かれていることは、なかなか想像できない大規模な世界の話ではあるけど、最終的にはここで描かれていることは、僕たちが普段食べている食べ物に直結する。農業というものがどんな仕組みで成り立っているのか知っておくことは、もしかしたらこれから重要になってくるかもしれません。是非読んでみて下さい。

スーザン・ドウォーキン「地球最後の日のための種子」



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