黒夜行

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言葉の海へ(高田宏)

内容に入ろうと思います。
本書は、日本で初めての近代国語辞書『言海』を、たった一人で完成させた大槻文彦の波乱の人生を描いた作品です。
本書を読むきっかけになったのは、三浦しをんの「舟を編む」。「舟を編む」は、出版社で辞書づくりに人生を捧げる人たちを描いた作品で、それで本書も読んでみることにしました。
前半の三分の二は、大槻文彦が辞書づくりに挑む以前の、その当時の日本の情勢を含めた大槻家の流れが描かれる。
先に書いておくと、僕はあまりにも歴史の知識がなくて、この部分をうまく説明できない。どれぐらい歴史の知識がないかというと、『攘夷』という言葉は『開国』という言葉とセットで出てきてくれないと意味がわからないし(『攘夷』って単語は未だに、なんとなくの意味しかわからない)、西郷隆盛とか坂本龍馬とか大久保利通みたいな人たちが、どんな立ち位置の人で何をしたのかとかまったく知らない。前半の三分の二では、『攘夷』か『開国』かという緊迫した情勢の中で、独立した国家にはきちんとした辞書が必要だ、という大槻文彦のナショナリズムが立ち上がる過程を描いているわけだけど(まあ国家情勢だけではなく、祖父や父からの影響も大きいんだけど)、やっぱり僕には歴史の知識がなさすぎてついていくことがなかなか出来なかったです。
ただ、『条約改正』と『辞書づくり』が直結で結びつく時代、というのはやはり凄いものだなと思いました。僕には本書で描かれる『条約』が何を指してるのかよく分からないんだけど(『開国』に関係あるのかしらん)、しかし、僕らが生きている世の中では、世の中の様々なことが見えにくくなったとはいえ、『条約改正』と『辞書づくり』が密接に結びつくことはなかなか想像出来ない。大槻文彦にとって常に最大の関心があったことは、『国の独立・国の盛衰・国の道徳』であり、それは当時諸外国を見聞きして知っていた知識人にとっての共通の思いだった。もちろんそれは、『攘夷』の人たちも同じだっただろうけど、両者は見ているものがまるで違う。欧米の知識をどんどん取り込む洋学者たち(大槻文彦もそんな洋学者の一人)は、考え方や思うさまは違えど、未来の日本を形作るための様々な意義のある仕事をした。大槻文彦の辞書づくりも、そんな系譜の一つにある。国家というものの形を整えるために絶対に必要な辞書。そういう強い思いで取り組んだ『言海』である、ということが伝わってきた。
三分の二過ぎた辺りから、ようやく辞書づくりの話になる。
英断だったのは、文部省の高官だった西村茂樹が、近代国語辞書の編纂を大槻文彦一人に託した、ということだ。
数々の失敗が、先にあった。文部省としても、辞書づくりが急務であるという認識はきちんとあった。しかし、複数の学者(しかも国学者)に辞書の編纂をさせると、解釈の違いから議論ばかりとなり、まったく作業が進まない。しかも国学者は、日本語や漢学には詳しいが、洋学の知識がまるでない。その点大槻文彦は、洋学者でありつつ、祖父や父の系譜で漢学をきっちりと仕込まれている。当初はもう一人、年配の国学者をつけるつもりだったが、やがて辞書の編纂は大槻ただ一人の仕事となった。
日本初の近代国語辞書を編纂しているのだから、当然元になるものはない。それまで作られてきた辞書はあるが、どれもこれも近代国語辞書としての形態にはなりえない。大槻はたった一人で、どんな語を収録するのか、それらの語源はどこにあるのか、初出の書物はなんなのか、読みが確定されていないように思える単語をどうするか、辞書の構成をどうするかなどを決めていかなくてはならなかったのだ。
何よりも大槻にとって最大の仕事になったのは、文法だろう。本書を読む限り、それまでの日本には、明確に日本語の文法を定めた某かのもの、は存在しなかったようである。学者もみなてんでばらばらの規則(というか自分の決めた規則)で文章を書いていたのだろうし、庶民は文法のことなんか知ったこっちゃない。大槻はまず何よりも、日本語の文法をきっちりと制定するという難事業を、辞書の編纂と同時に行ったのだ。まったくもって凄い。
辞書づくりの具体的な苦労というのは、そこまで描かれていなかったように思う。それよりは、大槻が何を考え辞書の編纂をし、周りがそれにどう反応し、そして時代がどう移ろっていったのか、という部分がメインになっていると思う。
その中で、時折辞書づくりの具体的な苦労の話が出てくるのだけど、その一つが「どぢやう(どじょう)」だ。
まずそもそも泥鰌は「どぢやう」なのか「どじやう」なのか「どぢよう」なのか「どじよう」なのか「どぜう」なのか。それを確定させないと、辞書の中でどの単語の前後に配置したらいいかわからない。さらに語源はなんなのか。「土長(とちゃう)」から来ているという説、「泥鰌(でいしう)」から来ているという説。他にも、「泥生」「土生」などの説があるがどれなのか確定できない。
しかし、『言海』の改訂版である『大言海』で、ようやくそれが確定している。ある時偶然、大槻は泥鰌の語源を言い当てている書物を読んだのだ、という。このように、辞書づくりというのは、終わりがない。大槻は、辞書づくりが終わったらイギリスに留学しようと考えていたのだけど、結局それも諦めざるをえなかった。
そうやって、大槻文彦という一人の男が死に物狂いで人生を掛けて取り組んだ辞書づくりがあってこそ、日本という国は独立国家としての体裁を整えることが出来、日本語の文法も整備され、僕達は今辞書というものを持つことが出来るようになっている。辞書というものがどんな経緯で生まれたのか、知っている人は多くはないだろうし、今の日本で辞書づくりをしている人たちのこともなかなか想像は出来ないだろう。言葉というものに、そして辞書というものに取り憑かれてしまった一人の青年の志は、今も辞書づくりに挑む人たちに内に残っているのではないか、と思う。
なかなか僕らが普段意識することのない辞書。その辞書づくりの先鞭をつけ、日本の文法や辞書の基礎をたった一人で作り上げた大槻文彦の人生。是非読んでみてください。

高田宏「言葉の海へ」



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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
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新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
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5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
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9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)