黒夜行

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LOVELESS(桜木紫乃)

内容に入ろうと思います。
清水小夜子は、従姉妹であり作家である杉山理恵から、母親である杉山百合江と連絡が取れなくなってしまったから見に行ってもらえないか、と連絡がある。伯母である百合江の家を知らなかった小夜子は、母である清水里実に所在だけでも確認しようと思って連絡を取ると、自分も一緒に行くという。面倒なことになった。
小夜子と里美で、生活保護下にある百合江のアパートを訪ねると、百合江は衰弱したまま昏睡状態に陥っていた。病院に連れて行くと、まだそんな歳でもないのに、老衰に近い状態だ、と診断される。
百合江は激しい人生を送ってきた女だった。
北海道の極貧の家庭で百合江は生まれた。父親は飲んだくれで、酒を飲むと母親に暴力を振るう。幼い頃に親戚に預けた小百合の妹・里実を無理矢理連れ戻してきて、その代わりに百合江は薬屋へと奉公に出されることになった。高校に行ってバスガイドになるという夢は、早くも諦めざるを得なかった。
たまたま見た舞台で歌っていた鶴子に惹かれ、奉公先を飛び出して旅回りの一座に飛び込んだ。百合江の歌は、女形である宗太郎の器量と相まって評判になるも、やがて百合江は宗太郎と東京へ出ることになり…。
というような話です。
なかなか凄い話でした。全編落ち着いた筆致で描かれているので、文章や表現そのものに勢いがあるという作品ではない。ただ、抑制の利いた文章によって描かれる百合江の壮絶な人生は、冷たいのに触れれば火傷するドライアイスのようなものだな、と僕は感じました。人生に期待していない、3年後5年後のことなんか考えられないという、よく言えば楽観的な百合江の生き方は、ある意味では物凄く冷めている。どこかに目標を定めるわけでもないし、到達したいゴールがあるわけでもない。百合江にとって大事なことは、今日明日ご飯が食べられるか、というぐらいのものであり、3年後の自分なんて想像の埒外なのだ。
もちろん、そういう時代だった、ということも出来ると思う。今ほど豊かではない時代の中で、数年先のことを考えることが出来た人間はそう多くはなかっただろう。百合江は、当時の女性としては、さほど浮いた存在ではないのかもしれない。
でも、百合江の人生が、里実の人生と対比するように描かれているために、百合江のゆらゆらとした生き方が余計に強調される感じがします。
里実は百合江とはまったく違って、数年先のことを見据えて今の行動を考える。恐らく、当時の女性としてはかなり珍しい存在だっただろうと思います。ただ、現代を生きる僕としては、里実のあり方に違和感を覚えることはない(好き嫌いは別として)。だからこそ余計に、百合江の生き方が際立っているのだろうと思います。
それは、百合江のこんな言葉にも明確に現れている。

『百合江の心が楽なのは、まさにこの、予定の立たない暮らしのせいだった。』

元々の性分だったのか、旅回りの生活によって馴染んだものだったのか、百合江は先のことが分からない方が安心できるという質だ。これは、分かる部分もあって、分からない部分もある。
僕も、将来のことはなるべく考えたくない人間だ。将来のことを考え始めると、なんだか不安になってくる。それは、自分がどうなっているだろう、何をしているだろう、という不安ももちろんある。自分の今の生き方が、『良い未来』に繋がるとは想像しにくい、そういう部分からやってくる不安だ。
でもそれとは別に、未来が決まってしまう怖さ、というのもある。これからの人生、どうなるのか分かってしまえば、楽しくないな、と思う。どうなるかわからないから未来なんであって、その未来を、きっとこうなってくれるはずだと、今からガチガチに縛り付けてしまって何が面白いのかわからない。自分が想像してなかったほど悪くなる可能性ももちろんあるけど、自分が想像してなかったほど良くなる可能性だってある。それを、今未来のために動くことで、それがどんどん狭まってしまうような、そんな気がどうしてもしてしまう。
まあ、この意見はおかしいと思う。普通は、今未来のために何かをすることで、可能性が広がるはずだ、と考えるべきなのだろう。そういう思考も分からなくはないし、そういう思考だって僕の中には少しはある。でも同時に、今未来のための動くことが、未来の可能性を潰してしまうかもしれない、という不安も同居しているのだ。里実は、そんな不安を持たない女だったのだろう。そして恐らく百合江は、そういう不安を持ちながら生きていたのではないか。
百合江の生き様は、潔くて好きだ。里実の生き方は、合理的だし賢いし、そして何よりも正しいのだろう。ただ僕は、それを『正しい』と思う価値観そのものを否定したい、というひねくれ者だ。百合江の生き方は、不安定だし脆いし、そして恐らくかなり間違っている。それでも、百合江の人生の方が羨ましく思えてしまう。
それはきっと、人に恵まれているからなのだろう、と思う。里実の人生は、小百合と関わる部分でしか描かれないからはっきりとは分からないのだけど、決して人に恵まれた人生ではなかったはずだ。里実の場合は、己の才覚一つで、常に周囲の人間と闘いながら成功を勝ち取ったのだと思う。それはそれで素晴らしいし、そういう生き方に憧れる人もきっといるだろう。
百合江は、僅かな成功はそこここでありつつも、決して成功した人生だとはいえないだろう。する必要のない苦労をすることも多かったし、騙されることや何かを押し付けられることも多かった。それでもなんだかんだ常に、百合江の周りには誰かがいる。良い人も悪い人もいる。それでも、出会って来たすべて人たちとの関わりの中で、百合江という人生は存在する。それが、なんとなく羨ましく見えるのだろうと思う。
帯裏に、こんなフレーズが書かれている。

『他人の価値観(ものさし)では決して計れない、ひとりの女の「幸福な生」。』

そう、百合江は恐らく幸せだった。自分にとって何が一番大事で、何が一番必要で、どうすればそれを手に入れることが出来るのかを知っていた。それは、里実も同じだったかもしれない。違うのは、里実が『未来の自分』のために今を生きているのに対して、百合江は『今の自分』のために今を生きている、ということなのかもしれない。いや、もっと違う何かがあるのかもしれない。
本書で描かれるのは、百合江の人生だけではない。三世代に渡る、長い長い家族の物語だ。誰かの犠牲なしには生活が立ちいかなかった貧しい時代。ババ抜きのように、自分が犠牲を引き抜かないようにと怯える人間や、その怯えから解放されるために家族を捨てる人間、あるいは犠牲を犠牲と思わずにいられる人間。様々な人間が絡まり合って、家族の歴史というものが熟成されていく。百合江の人生は際立っているように見える。しかしそれは、この家族の誰に焦点を当てても見られる壮絶さなのかもしれない。
僕は今、真剣に生きていると胸を張れるような生き方はしていない。そして、同時代を生きる多くの人びとがそう感じているのではないかと思う。必死でなくても生きていけてしまう世の中。僕は決して嫌いではないけど、本書のように、誰しもが必死だったのにそれでもまともに生きられなかったような話を読むと、ちょっとだけ、申し訳ないなぁ、という気持ちになったりもする。
幸せだったと言い切れるだろう、壮絶だけど潔い人生を歩んだ一人の女性の物語です。是非読んでみてください。

桜木紫乃「LOVELESS」





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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)