黒夜行

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たまさか人形堂物語(津原泰水)

内容に入ろうと思います。
本書は、「玉坂人形堂」という、ちょっとした人形の小売をしつつ、人形の修繕をメインにした店を舞台にした連作短編集です。
まず全体の設定から。
「玉坂人形堂」のオーナーは澪。祖父から譲り受けた店を成り行きで受け継がなくてはいけなくなっただけであり、人形には素人。
玉坂人形堂では、二人の職人を雇っています。
一人は富永という若者。なんと新卒での就職。なんでも実家が裕福だとかで、無給でもいいから修行として働かせて欲しい、と言われ、バイト代程度の賃金で働いてもらっている。人付き合いがいいほうではないし、無断欠勤なども酷いのだけど、人形への知識と修理の腕は確か。
もう一人は師村さん。個人の話はほとんどせず、経歴はほぼ不明。富永くんと二人ではどうにも回らないとなった時、澪は新聞広告に「ありとあらゆる人形を直せる人」と募集したところ、「世の中にある人形の半分くらいなら」と言ってやってきてくれたのが師村さんだ。その知識と腕はとんでもなく、必ずやどこかで名を成した人だとしか思えないのに、どうやっても師村さんの素性は知れないのだった。

「毀す理由」
壊れた人形を直すのが玉坂人形堂の役割の一つ。しかし、「壊れた」ではなく、どうみても「壊した」としか思えない人形もある。
美貌の依頼人が持ってきた活人形。まるで本物の人間としか思えない精巧さだけど、顔の部分だけが壊されている。修繕用にと、人形の元の写真を見ると、なんと依頼人と瓜二つなのだ。しかし、師村さんによれば、それはちょっとおかしいという。その人形は、どう判断しても30年以上も前のもので、依頼人の顔そっくりに作れるはずがない、と。
一方、テディベアを持ってくる親子。子供がそのテディベアを引きちぎってしまうらしく、耳や足が取れてしまっている。何度修繕しても、二週間後にはその状態で戻ってくる。富永くんは、これをどう修繕すべきか考える。

「恋は恋」
富永くんが友人から預かったというラブドール。ラブドールの用途を想像するとどうにも気持ち悪い澪には、それをしばらく預かると言った富永くんに文句も言いたくなるのだけど、不思議と、しばらく一緒にいると慣れてくるものだ。持ち主とも話したけど、ラブドールにはいろんな扱われ方があるのだと感心した。
もし不具合があったら見ておいてくれと言われた富永くんは、預かったラブドールの欠陥を知りメーカーに連絡するが…。

「村上迷想」
村上に遠縁がいるのだけど行ったことがない、というと、二人の職人に呆れられた。それぐらい、人形で有名な土地らしい。
恐ろしげな曰くのある人形などを見せてもらいつつ、遠縁のお宅に泊めてもらうことにした澪だったが、その日、そのお宅の息子のウチの一人が突然死んでしまう。なんでも、父親の愛人だった女性の家で倒れたというのだが…

「最終公演」
人形劇ってのは一体なんの差があるんだろうね、という商店会長の問いかけに思わずと言った感じで反応してしまった師村さん。ズデニェク・パラフという、富永くんは知っていたようだけど聞き覚えのない名前から、師村さんが経験したという、チェコの異端人形劇団の話になり…。

「ガブ」
ラブドールを預かった際にちょっとした知り合いになったラブドール制作会社の束前さんから、師村さんの素性に関するヒントめいたものを知らされる。なんでも、『軽井沢のコレクター』という、人形の世界では知らぬ者のいない存在が、近々師村さんを訪ねてくるというのだが、束前さんが師村さんに伝言するように言ってた「ガブが待ってる」とはなんのことなのか…。

「スリーピング・ビューティ」
この話は、ちょっと内容を書かないでおきましょうかね。

というような話です。
派手さはないし、凄くいい!と言えるようなところがあるような作品ではないんだけど、短いなりに話は深くて、隅々まで丁寧さが行き渡っている、凄く優しい作品だと思いました。凄く分かりやすい魅力があるわけではないから、人に勧めようとすると短い言葉でパッと伝えられるような作品ではないんだけど、ふとした時に手にとってなんのきなしに読んでみるとじんわり来るような、そういう作品だと思います。こういう本を、派手に売るんじゃなくて、じわじわと少しずつ売りたいなぁ、と思えるような、そんな作品です。
本書は、微妙にミステリっぽいタッチが入っているんだけど、でもミステリという感じではない。そういうあやふやな感覚を抱かせるのが、人形というものが持つ不可思議な存在感なのかな、という気がしました。
人形を前にすると、人はいろんな感情を持つだろうと思います。一つ一つ思い入れも違えば、感じ方も違う。もちろん世の中の色んなことはそうだけど、人形も、同じ形ですべて割り切れるようなものではない。
特に、修繕をメインにしている玉坂人形堂には、強い思い入れを持った人間が集まることになる。なにせ、「諦めてしまっているものも一度持ってきてください」とアピールしているのである。であれば、様々な形の人形が集まることになる。
その特徴が最も出ているのが、一番初めの「毀す理由」でしょう。ここで扱われる二つの人形は、「どうして壊してしまうのか?」というものが物語の核になっているのに、それがスパッとわり切れる形では提示されない。読む人によっては、この解決ではぼんやりとしていて納得できない、という人もきっといるだろうと思う。それはそれで、きっといいんだと思うんですね。書こうと思えば、分かりやすいスパッとした解決を扱うような物語だって作れたはずです。でも著者はそうはしなかった。この物語は、「どうして壊してしまうのか?」というのがメインの物語であるように見せつつ、その裏では、「人形とその人形に思い入れを持つ人間の想いの深さはこれほどのものなのだ」というメッセージを込めたのだろうなと思います。
また本書では、玉坂人形堂で雇っている二人の職人がかなりいい味を出しています。富永くんの、ちょっと大げさに言えば傍若無人っぷりは読んでいて痛快だし、師村さんの背景に隠された深い深い物語には、人形というものが持つ『魔』みたいなものを感じさせられました。超絶的な技量を持つ師村さんだからこそのその背景は、師村さんの人間性を非常によく反映しつつ、物語として非常に読ませる話になっていて、さすがだなと思いました。本書は、連載していた雑誌が休刊になってしまったために、途中で連載を終えなくてはならなかった、という事情があったようなんですけど、続編も考えているようですし、是非今度は富永くんの背景についても面白い話が知れたらいいなぁ、と思いました。
個人的には、「村上迷想」だけちょっと浮いているような気がしました。舞台が玉坂人形堂周辺じゃない、ということもありますが、物語のテイストとしても、全体から若干浮いている感じがします。物語のラストも、うーん、という感じで、僕の中ではこの話だけがちょっと微妙かなぁ、と思ってしまいました。
「最終公演」は、凄く不思議な話で、パラフの講演を見てみたい!と思わされました。魔術師のような人形劇を行なっているパラフ氏の公演の思い出語りを師村さんがするわけなんですけど、最後の最後のオチも含めて、なんだか魔術的な語りに取り込まれてしまったような感じがしました。
そして、内容を書かなかった最後の話。これはホント、なかなか良い終わらせ方だと思いました。まさかそういう展開になるとは思っていなかったので、ちょっとびっくりしました。僕は別に人形には興味はないんだけど、仕事として、こういう環境で働けるってのはいいだろうなぁ、とか思いました。
僕の中で津原泰水って、ちょっとホラーというかそういうテイストの作品を書く作家だと思っていたので(「ブラバン」だけが例外なんだろうなぁ、となんとなく思っていたのでした)、こういう作品も書くんだなぁ、という印象でした。表紙のイメージも結構合っている気がします。細部まで丁寧に作りこまれている作品で、凄く好感の持てる作品です。是非読んでみて下さい。

津原泰水「たまさか人形堂物語」



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小説・新書以外

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13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
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コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
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新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
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13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
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2011年の個人的ベストです
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1位 千早茜「からまる
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4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
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13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
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新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
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6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
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番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)