黒夜行

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<子ども>のための哲学(永井均)

内容に入ろうと思います。
本書は哲学の本です。でも、普通の哲学の本とは大分違います。
本書は、大部分を占めるのは、著者が子どもの頃から考えていた、ある大きな二つの問題について、結局著者自身がどんな風に考えたのか、という部分です。その二つの問題というのが、『なぜぼくは存在するのか?』と、『なぜ悪いことをしてはいけないのか?』ということです。たった一言で文章にしようとするとこうなるけど、著者が子どもの頃から抱き続けた問題というのはかなり深く、容易ではありません。
僕は正直、著者のこの二つの問題について書かれている部分には、ほぼついていくことが出来ませんでした。どちらも、たぶん問題そのものはざっくりとは理解できたと思う(それでも、取りこぼしている部分は相当多いだろうと思うけど)。ただ、問題を理解してからの、著者自身の解決というか思考というか、そういうのは本当に難しかった。なかなかついていくのが難しい。前に、野矢茂樹の「哲学・航海日誌」を読んだ時も感じたんだけど、無人島に持って行って、理解できるまで永遠に読み込みたい、という感じがしました。それぐらい、ついて行くのが大変でした。
本書のタイトルは、「<子ども>のための哲学」となっていて、素直に捉えたら『子どもにも理解できる哲学』だと思うだろうけど、読み終わって、このタイトルはそういう意味ではない、ということが分かった。<子ども>と、カッコつきになっているところが重要。
僕は、著者が本書の中で提示する、著者が子どもの頃から抱き続け考え続けて来た二つの問題についてはほとんど理解できなかったのだけど、それでも本書には読むべき価値があったと感じました。それは、結局『哲学する』とはどういうことなのか?について、非常に重要な示唆を与えてくれる作品だからです。
まず本書の冒頭の文章を抜き出してみましょう。

『哲学といえば、たいていのひとは、ソクラテスやプラトンからデカルト、カントをへて、ハイデガー、ウィトゲンシュタインにいたる西洋哲学史上の人物を思い浮かべるようだ。そして、哲学を学ぶとは、そういうひとたちの書いたものを読んで、理解することだと思っているひとが多い。しかし、そういうやり方で、哲学の真髄に触れることは、絶対にできない。少なくとも、ぼくはそう確信している。
本人にとってはどんなに興味深い、重大な意味をもつものであっても、他人の見た夢の話を聞くことは、たいていの場合、退屈なものだ。それと同じように、他人の哲学を理解することは、しばしば退屈な仕事である。そして、どんなによく理解できたところで、しょせんは何かまとはずれな感じが残る。ほんとうのことを言ってしまえば、他人の哲学なんて、たいていの場合、つまらないのがあたりまえなのだ。おもしろいと思うひとは、有名な哲学者の中に、たまたま自分に似た人がいただけのことだ、と思ったほうがいい。いずれにしても、他人の哲学を研究し理解することは、哲学するのとはぜんぜんちがう種類の仕事である。』

この文章だけでも、本書に価値があると思う。僕も、本書を読むまでは、『哲学』=『過去の偉人達の考えたことを知ることだ』と思っていた。でも著者は、過去の偉人たちの哲学を知ることと、哲学することとは、まったく関係のないことだと言っている。そんなことで、哲学の本質にはたどり着けないのだ、と。
では、哲学するためにはどうすればいいのか。本書にはこうある。

『つまり子どものときに抱く素朴な疑問の数々を、自分自身がほんとうに納得がいくまで、けっして手放さないこと、これだけである』

これこそが哲学することの重要な点であり、これだけでいい、と著者は言うのだ。
ここで、<子ども>という表記が重要になる。本書に直接定義めいたものはないけど、<子ども>とは、子どもが抱くような存在そのものに対する疑問を持っている人、というような意味だと思う。こんな文章がある。

『つまり、大人になるとは、ある種の問いが問いでなくなることなのである。だから、それを問い続けるひとは、大人になってもまだ<子ども>だ。そして、その意味で、<子ども>であるということは、そのまま、哲学をしている、ということなのである。』

本書はつまり、<子ども>のための哲学、なのであって、子どものための哲学、ではないのでした。だから、タイトルから受ける印象以上に内容は結構難しい。
著者自身がそういう<子ども>だったようです。周りの子ども、あるいは大人を含めて、誰も自分と同じような疑問を抱いていないようだ、と気づいてしまった著者は、そこから、哲学のなんたるかを知らないまま、ひたすらに自分にとって重要な疑問について考え続けた(本書では、哲学のなんたるかを知ってから哲学するのは遅い、というか、一般的な意味での哲学を学んでしまったら哲学することが難しくなる、と言っています)。そしてその結果、知らず知らずのうちに哲学していたようなのです。
だから本書は、『自分自身の<子ども>の驚きから出発して、みずから哲学しようとするひと、せざるをえないひとのために書いたのだ』ということになります。
僕も、著者ほど複雑な疑問を抱いていたわけではないし、著者ほど深く問題を突き詰めて考えたわけでもないけど、中学高校ぐらいの頃は、他の人にとってはさほど重要ではないように見えた、しかし僕にとっては重要で仕方なかった問題についてずっと考え続けていました。その問題がどういうものなのか、今言語化するのはなかなか難しい。大雑把に言えば、『どうして自分は生きていなくてはいけないのだろう』みたいなことだと思うけど、たぶんピッタリとした言葉は見つけられないような気がする。
当時の僕が哲学していたのかどうかは、もはやよく分からない。本書では、<子ども>の哲学は、『もっとかわいた、はっきりとした疑問なのである。ぼくは深刻になやむどころか(後略)』と書いてあるのだけど、僕は当時深刻に悩んでいた。僕にとっての疑問は、純粋な疑問ではなく、自分の周囲との関係や生き方と強く強く結びついている疑問だったので、あれが哲学していたということになるのかはちょっと疑問だ。それに、そういう状態だったから、自分の抱いている疑問について深く深く考え続けることにある種の苦痛を伴いもした。だからこそ、本書で著者がやっているようには、深く突き詰めて考えてもいない。ただ、他人にはまったく理解してもらえないだろう疑問や悩みについてウダウダ考え続けていた、という点だけは共通しているかな。
本書は、野球のやり方を、将棋のやり方を教えてくれる本と同様、哲学のやり方を教えてくれる本です。やり方を教えるその一例として、著者が考え続けた二つの疑問について詳細が書かれている、という体です。だから究極的には、著者の二つの疑問そのものについてはどうでもいい。本書でも、

『読者のかたがたが、もし万が一ぼくの問題と同じ(あるいは似た)問題をもっておられるなら(ぼくの考えも参考にしつつ)考えてみてほしい。別の問題をもっているなら(ぼくのやり方を参考にしつつ)考えてみてもらいたい。何も考えるべき問題がなければ、もちろん何も考えなくていい。でも、もし考えるべき問題があるならば、それを考えぬいてみてほしい。それはだれにでもできることなのだし、哲学なんてそこからしか始めようがないのだ(ただし、人生の悩みや苦しさから哲学をはじめてはいけない。それは必ず悪い思想を生み出すから)。ぼくが言いたかったことは、せんじつめればただそれだけのことだ。』

と書いてある。本書では、こういう考え方が貫かれている。こういう哲学の本は珍しいのではないか、と思いました。哲学と言えば、過去の哲学者の考えを学ぶことだと思っている人(僕も本書を読むまではそうだった)には、目から鱗の作品なのではないかと思います。
僕は、ウィトゲンシュタインにはちょっと興味はあるけど(全然知らないけど)、カントとかデカルトとかハイデガーとか、そういう人たちには特に興味はありません。哲学的な思考(永井均の著作である「翔太と猫のインサイトの夏休み」っていう哲学の本は凄く面白かった!)には結構知的な関心を持ったりするけど、深く知識があるわけではありません。要するに、哲学というものについてよく知りません。でも本書を読んで、それで全然問題ない、むしろその方が<子ども>の哲学のためにはいいのだ、というようなことが分かって、なんか良かったなという気がします。著者のように、周りの人には理解してもらえない、その疑問を突き詰めて考えたところで何も益はないし何も変わらないような疑問というのを、否応なしに考え続けてしまう人というのはいると思います。まさにそういう人のための本です。長年抱いている疑問は特にない、という人は、別に読まなくてもいいと思います。必要な人には本当に必要な作品ではないかと思いました。是非読んでみてください。

永井均「<子ども>のための哲学」



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10位 辻村深月「島はぼくらと
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13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
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小説・新書以外

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13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
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コミック

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2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
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13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
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16位 朝井リョウ「何者
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18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
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新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
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13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
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小説
1位 千早茜「からまる
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5位 百田尚樹「錨を上げよ
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8位 笹本稜平「天空への回廊
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11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
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19位 松崎有理「あがり
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新書
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6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
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小説以外
1位 「死のテレビ実験
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10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)