黒夜行

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てふてふ荘へようこそ(乾ルカ)

内容に入ろうと思います。
本書は、6編+アルファの短編が収録された、連作短編集です。
全体の設定を説明しておきましょう。
舞台は「てふてふ荘」という、かなり古いアパート。敷金礼金なし、家賃は1万3千円で、初めのひと月は家賃は要らない、という物件で、その安さに惹かれてやってくる人は多い。
しかしもちろん、安いのには安いなりの理由がある。
入居の際、入居者は大家さんに写真を見せられる。それは、部屋の内部の写真ではなく、子どもからオジサンまで取り揃えられた人の写真なのだ。
何故そんな写真を見せられるのか。それは、6室ある部屋に、その写真の通りの『幽霊』が住み着いているからなのだ…。

「1号室」
就職活動にことごとく失敗している高橋は、実家に戻れという良心の声を無視して、日雇いやアルバイトなどで生活をしている。お金が苦しくなったのもあって、てふてふ荘に移ってきた。
一晩寝て起きてみると、驚いたことに、部屋には女性がいた。女性の存在を避けて避けて避け続けてきた高橋は、さやかが幽霊だと知ってからも、とにかく部屋を替えて欲しい、と大家に訴え続けた。しかし、その時空いていた部屋に住む幽霊は、高橋を歓迎しなかった。
自分好みの女性(幽霊だけど)と一緒に過ごす日々。それは今の高橋にとっては、苦痛以外の何者でもなかった…。

「2号室」
スーパーの鮮魚コーナーで働いている美月は、早くに両親を失い、生まれてこのかたずっと貧乏のままできた。てふてふ荘に住んでいるのも、お金がないからだ。美月の部屋にいるのは、お酒が好きで好きで仕方ないオジサンだ。美月は、初めこそ驚いたものの、今では時折お酒を買って帰ってあげるし、仲良くやっている。
職場のスーパーに、将来的に店長候補だろうと噂される新人候補が入ってくる。ささやかな褒め言葉に有頂天になった美月は、すぐさま化粧品売場へと向かい、これまでしたこともなかった化粧をすることにするのだが…。

「3号室」
元詐欺師で、ムショ帰りの長久保の部屋にいるのは、石黒というキツめの女だ。入居者たちとの話から、石黒が、かつて少しだけテレビに出ていたタレントだと知る。出るCM出る番組軒並み大コケしていったという、業界では有名だった女性らしい。
ムショ帰りの前科者を雇ってくれる会社はもちろん少ない。長久保は、もう2年も就職活動を続けてきているのだが、一向にどうにもならない。そんな折、かつてのムショ仲間にばったりと再会してしまうのだが…。

「4号室」
平原は、かつててふてふ荘に住んでいた。航空大学校を目指していたが、入院が必要な病気に罹ってしまい、てふてふ荘を出ざるをえなくなったのだ。
入居当時平原の部屋にいたのは、薫という、異様に容姿の整った陰気な少年であった。薫とは、きちんとした意思の疎通が出来ていたとは言えなかった。しかも別れ際、薫を怒らせるようなことをしてしまった。
それが気になっていた、ということはもちろんある。平原はつい、かつて住んでいたてふてふ荘に立ち寄ってしまったのだった…。

「5号室」
真由美は、色んな出来事が重なった結果、それで両親の気が済むならと、兄の死亡事故現場に100日足を運ぶことになった。その拠点として、格安の家賃で住めるてふてふ荘を選んだのだった。
朝起きたらびっくりするから、そうてふてふ荘の住人に言われていた真由美だったが、皆が何を言っているのか全然理解できなかった。どうも住人は何かを隠しているらしいけど、まあいい。

「6号室」
米倉は、てふてふ荘住人全員の気持ちもあって、6号室に住む幽霊を成仏させてあげなくてはならなくなった。しかしそれは、米倉にはどうしても不可能なことにしか思えなかった。
イラストの仕事でどうにか糊口をしのいでいる米倉と一緒に住むのは、11歳の少年だ。てふてふ荘内の水を自在に操れる能力を持つ彼は、隙あらば米倉を殺そうと仕掛けてくるのだ。しかし米倉には、どうして自分が恨まれているのか、さっぱり理解できないのだ…。

あと、「集会室」と「エピローグ」がありますが、この二つはちょっと省略します。
これは凄く良い作品でした!乾ルカは、凄い新人が出てきたものだなぁ、と思って何作か読みましたけど、本書も非常に良く出来ています。
ます設定が抜群。6部屋すべてに地縛霊がいて、入居者はその幽霊と一緒に生活をしなくてはいけない、という、どうしたってありえない設定ですが、これが物語を本当に面白くしています。幽霊とのハートウォーミングな関わり、なんていうとちょっとなかなか想像しがたいかもしれませんけど、本当にそういう感じで(一部例外もあるけど)、それぞれの主人公(部屋の住人)が、それぞれの部屋の幽霊と関わり合うことによって、少しずつ前に進めるようになったり、新しい発見が出来たりというような感じになっていくわけです。
それが本当に自然なんです。自然な流れで、幽霊と住人が関わり、そして幽霊の存在が住人を何らかの形で後押しするんです。この、物語の核になる部分が本当に良いと思う。住人が抱えている問題はそれぞれだけど、みんな何かつまづいたりうまくいかなかったり色んなことが嫌になっていたりする。そういう状況の中で、触れられるわけでもない、ただ話し相手でしかない幽霊との交流が、どれだけ住人に影響を与えるのか。その描写が本当に巧い。短編ごとに様々な趣向を凝らして似たような話の連続になっていないし、その少しずつ違う趣向の凝らされ方が、最後にうまくまとまって、なるほど全体ではそういう流れになるのか!という感じになって、本当に、個々の短編ももちろんだけど、全体としてのまとまり感も本当に凄いと思いました。てふてふ荘にまつわる謎や、その謎の解明に結果的に一役買うことになるとあるテレビ番組など、細かな設定も本当に巧いんです。
幽霊たちとの交流によって、住人の方にだけ変化があるわけではありません。幽霊の側も変わっていきます。自分が死に至った過程や、幽霊になってからの生き方(?)なんかが描かれ、住人たちとはまた別に、幽霊各自が抱えている問題というのも凄くいいなぁ、と思います。
僕が特に好きなのは、3号室長久保と、5号室の真由美の話です。
長久保は、元詐欺師で、今はどうにか社会復帰をしようと真面目に就職活動をしているのにまったくうまくいかない男で、その理由を、生前からあらゆる場面で疫病神だった石黒におっかぶせようとしているわけです。決して、幽霊との関係が良いわけではない。それでも、石黒という強い女性と共に、現実に立ち向かっていく過程が凄くいいです。ここで描かれるとあるテレビ番組が、物語全体に少なくない影響を与えるわけで、その使い方も本当に巧いです。
真由美は、まったく信じていない『兄の幽霊』を鎮魂するべく、短い期間の間てふてふ荘に住んでいる。この章は、他の章とはかなり異質な話で(どう違うのかは、まあ読んでください)、てふてふ荘の『真実』を知ってしまっている読者からすると、非常に滑稽な感じが演出されています。それと同時にこの真由美の章で、物語の根幹を揺るがす(なんて書くと大げさかもだけど)大きな事実が分かるような構成になっているんだけど、それが本当に巧く出来ていて素敵です。ここで明かされる事実が、最終的に「集会室」や「エピローグ」の核であったり重要なポイントであったりするようになるわけで、何度も書いてますが、本当に全体の構成が非常に巧いと思うのです。
なんだかもっと色々書きたいことがあるような気がするんだけど、珍しく、深夜にかなり睡魔に襲われつつ文章を書いているんで、そろそろ限界です。
『幽霊が住むボロアパートでのハートフルな物語』という感じの話ではあるんですが、そのまとめではどうにも収まり切らない魅力に溢れています。登場人物たちの描かれ方や、物語の展開のさせ方、そして善太の構成の見事さなど、本当にどこをとっても見事としか言いようがない作品だと思います。読んでいると次第に、自分もてふてふ荘に住んでいて、彼らが右往左往している問題は実は自分にも関わってくるんじゃないか、と思えるような感覚に陥ってきます。これは本当にオススメです。是非読んでみてください。

乾ルカ「てふてふ荘へようこそ」




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Comment

[4126]

こんばんは。
私も数日前にこの本を読んだばかりです。ホント、巧いですよね。1話ごとの内容も最後の「集会室」も。
長久保と石黒のコンビ(と言っていいのかどうか、笑)と美月と遠藤(おっちゃん)のコンビが印象に残りました。長久保が前科者故ことごとく就活に失敗し、石黒に助けられながら危険物取り扱い主任の資格を取る辺りが好かったですね。受験勉強など【同志】という感じでしたよね。
美月とおっちゃんの関係は親子に似ていますが、おっちゃんと実の娘は余り良好な親子関係を結べなかったようで、美月との繋がりの方がある意味深い関係になりましたね。段々化粧などに執着していく美月に的確なアドバイス(=苦言)をしてブレーキ役を果たしてくれたおっちゃんがいたからこそ、元の彼女に戻れた訳です。最後は感動でしたね。
大家さんは本当に働き者で、アパートの掃除、入居者のお世話など骨身を惜しまず尽くしてくれましたが、彼の存在の秘密も最後に解き明かされる構成になっていて、アイデア満載の読み物になっていましたね。
乾さんの作品は初めて読みましたが、これを機に別の作品にも挑戦してみたいと思います。
話は変わりますが、池井戸さんの『鉄の骨』を読みましたよ。ちょっと長いですが、ゼネコンの談合(当然政治家が絡みます)とそれを追う検察庁、恋愛と三つ巴で読み応え充分でした。
連日暑いですが、通りすがりさんもお元気で乗り切ってくださいね。

[4127]

こんにちはですー。
てふてふ荘は、乾ルカさんのデビュー当時からのイメージとはちょっと違ったりするんですけど、良い作品でしたよね。
僕も、長久保と石黒のコンビは素敵だー、と思いました。石黒の、仕事に対するスタンスとか、まあ当たり前のことを言ってるだけなのかもだけど、石黒のその物凄く辛い境遇を知った上で聞くと、なんだか凄く響くなぁ、と思いました。幽霊とコンビなんて変な話ですけど、うまく読ませますよね。
美月とおっちゃんもいいコンビでしたね。おっちゃんの眼差しがなければ、美月が気づくのももっと遅くなってしまったかもしれませんしね。触れると成仏してしまうというのを知らなかった美月にとっては、寂しくなっただろうなぁ、と主ます。
大家さんの話の組み込み方とか、その謎の明かし方みたいなのが本当に巧かったですね。全体の構成が凄く絶妙だと思います。
乾ルカの作品だと、僕がこれまで読んだ中で言えば、「メグル」が結構よかったですよ。あと、デビュー作の「夏光」も凄くいいんですけど、これは「てふてふ荘」とはかなり作風が違うんで、どう感じるかはちょっとわかりません。
「鉄の骨」も良い小説でしたね。僕の中で池井戸作品は、もうどうやってもダントツで「空飛ぶタイヤ」が一番ですけど、他のどの作品も、経済という社会の中での弱者に巧く焦点を当てている感じがしていいなぁと思います。
みなさん暑さでヘロヘロですね。僕は割と大丈夫ですけど。
ドラさんも体調を崩さないようにお気をつけくださいね。

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感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

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