黒夜行

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嫁の遺言(加藤元)

内容に入ろうと思います。
本書は、7編の短編が収録された短篇集です。

「嫁の遺言」
最初にそれが起きたんは、朝の満員電車の中でした。
それから時々僕は、死んだ嫁の気配を感じるようになった。大抵、真昼間の、人が多い時に限って。
付き合ってる頃から、変わった女だった。普通女が好みそうなことをなんだか全力で拒否するような、そんな変わったところがあった。それで、結婚してからすぐに、癌で死んでしまった。
癌であることは知らせなかったけど、入院中、私が死んだらどうする気や、なんて言っていた。そういう女だった。

「いちばんめ」
高校時代の友人の結婚式の二次会で、当時付き合っていた新藤大輝と久々に再開した。
わたしが初めて付き合った男の人だった。
マンモスという渾名で、この結婚式の新婦である長年の親友である理美は、わたしによく言っていた。あの頃山ちゃんはいつも言ってたもんね。将来は絶対に新藤と結婚するんだって。
お互い、どうしていいのかわからなかった。わたしは新藤のことが好きすぎて、余計なことを心配するようになって、どうしようもなくなっていった。わたしの方が新藤を好き、その状況が哀しかった。
そんな新藤も、結婚するらしい。

「あの人への年賀状」
僕は母親が経営している丸山理容室に足を運んだ。久しぶりだ。近所の小学生と、もう髪を切る必要もないようなお年寄りばかりが相手の、決して繁盛しているとは言えない店だ。
がたついている店を改築して二世帯住宅にしようと話をした時、母親に、店だけは残して欲しい、と言われた。今日は、それを諦めてもらおうと話に来たのだ。
僕には、どうして母親がこの店にこだわるのか理解出来ない。結婚して嫁いで行った先の、夫の両親が経営していた理容室で、その夫は結婚後すぐに家を出ていった、そんな場所でしかないのに。

「不覚悟な父より」
今日もまたいきなり怒鳴りだしてしまうかもしれない。
娘の絵里が結婚すると聞いて、お父ちゃんは落ち着いてはいられんのだ。
お母ちゃんとはもう大分前に離婚した。いつも正しかったお母ちゃんの唯一の失敗は、お父ちゃんと結婚したことだ。結婚後も女の尻を追いかけるのを止められなかったアホなお父ちゃんと結婚したお母ちゃんは、今は、絵里を待つこの喫茶店のマスターと再婚して、いい家庭を築いている。
そんなお父ちゃんが、絵里が年の離れたオッサンと結婚するって聞いて怒るのは間違ってるのかもしれないけどなぁ。
絵里とはずっと気が合った。それでお母ちゃんには怒られてばっかりだったけど、それでも良かった。
士道不覚悟やな、ほんと。

「あんた」
あんたが倒れて病院にいるって連絡が来たよ。しかも名古屋の競馬場で。店を手伝ってくれているパートの佐代ちゃんの痛い視線を感じながら、健康保険を払ってないあんたの治療費を払うために、東京からあんたのところに行くよ。
あんたは、お姉ちゃんのヒモだった。お姉ちゃんはどうもろくでもない男に引っかかる。まあ、不倫していたわたしも人のこと言えたもんじゃなかったけど。
一度あんたに大きなお金を借りたことがある。それは結局色々あって、まだ全部返せてはいない。それはきちんと返さないとね。そう言い聞かせながら、名古屋へ向かう。

「窓の中の日曜日」
ユカに会えるのは毎週日曜日だけだ。しかも、毎週必ず会えるわけではない。それでも、ちゃんと会える時のことを考えて、お酒の量は感がないと。また飲み過ぎたんだね、いくら仕事でも限度というものがあるんだから。またそんな風に言われてしまう。
離婚して、ユカは夫の方に取られた。わたしの浮気が原因だから仕方ない。仕方ないけど、どうにも納得出来ないものがある。私は本当に、ダメな母親だったのだろうか?
体調の悪いママの代わりに、店を切り盛りする。常連さんが集う土曜の夜。

「おかえり、ボギー」
繁盛してるわけでもないけど、経営が成り立たないほどでもないラーメン屋。その店じまいの曲は、ここ最近決まっている。
マユミちゃんという店の常連さんがいる。その息子の良と、ウチの娘の有子は仲が良かった。優等生のまま大人になってしまった有子と、男気だけはあるけれど立ち回りがうまくなくて色々損ばかりしている良。二人はまるで兄弟のように喧嘩したりして大きくなって行った。
良の男気が結果的に悪い方向に作用してしまったとある件をきっかけに、良と有子の関係は色々こんがらがっちまって、まあそれで店じまいの曲があれになってるんだよなぁ。

というような話です。
これはなかなかいい作品でした。雰囲気が凄くいい作品ですね。読んでいる最中も、そして実際に書いてみても思ったけど、内容紹介が難しいんです。それは、決して大きくはない変化を、日常の描写と共に描いているという作品が多いので、内容紹介をする際に特別抜き出して書くようなことが多くなかったりするのですよね。
だから、物語としては非常に地味なものばかりです。それでも、じんわりと読ませる。お腹の上に暖かい石を載せたみたいにして、じわじわと暖かくなっていく。
人物への眼差しが優しいのだろうと思います。この作品に出てくる人たちは、言葉にして誰かに訴えたいほど辛い状況にいるわけでは決してないんだけど、酒場の片隅でちょっと愚痴りたくなるような、そういうちょっとした状況の中にいる。抜け出せないほどもでない。許容できないわけでもない。でも、どうしてもそっちに流れて行ってしまう。その弱さにおかしみを感じる。それと同時に、譲れないとか負けられないとか、そういう揺るがなさみたいなものも描かれる。その強さにたくましさを感じる。
見えているものだけがすべてじゃない。そんなあたり前のことをひっそりと実感させてもくれる作品です。人には色んな面があって、どの方向から見るかで変わる。長く関わった人であっても、自分が知らなかった一面というのは必ず残されている。
長く関わった人だと、逆にそういう面ってなかなか見る機会が少なくなったりする。自分が見てきた通りの人だろう、という先入観だけで完結してしまうのですね。そういう中で、違った一面という新鮮さをスッと描き出してみる。その提示の仕方もさりげなくて良かったなぁ、と思います。
僕が好きなのは、「あの人への年賀状」と「あんた」です。
「あの人への年賀状」はまさに、見えているものがすべてじゃない、という感じの作品です。何故母親は店を残すことにこだわるのか。それについて、ただ不思議だとしか思ってこなかった主人公の、新しい母親の一面を知った驚きのようなものが鮮やかに描かれていると思いました。
母親が背負って来た歴史とか、行きどころをなくした名前のついていない感情とか、そういうものを描いているという全体の雰囲気が凄く良かったなと思いました。
「あんた」は一変して、人間の弱さを描いている作品です。どうしようもなくその方向に流されてしまう主人公の、わたしはこれからその方向へと引き寄せられていくのだ、という、ただ流されて行くだけではないのだというささやかな決意みたいなものが描かれていてよかったです。その決意は、傍から見れば馬鹿げているようにしか見えないかもしれないけど、その一歩を踏み出すまでの長い長い時間の蓄積を思うと、その方向に幸せがあるかどうか分からないけど、なんだか後押ししたくなるような、そんな作品でした。
あと、どの作品も共通して、その作品の世界にスッと入っていけるな、という感じがしました。小説によっては、物語の世界に入り込むのに多少時間が掛かるものもあるんだけど、この短編はどれも、冒頭からスッと入っていけた気がします。誰かに語りかける口調で、かつ、方言を含ませた文章というのが、いいスパイスになっているのかもしれないなぁ、とか思いました。
あと、『嫁の遺言』はちょっと分量が短かったかなぁ、と思ってしまいました。あれも、他の6編と同じぐらいの分量で読みたかったかもな、という気がします。設定とか雰囲気は凄く良かったんで、あっさり終わっちゃってちょっと残念だったのでした。
初めて読んだ作家さんですけど、なかなか読ませる、これからに期待を持たせる作家さんだなと思いました。ハートフルな話ばっかりではないのに、じんわりと暖かくなるような物語でした。是非読んでみてください。

加藤元「嫁の遺言」




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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)