黒夜行

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哀愁の町に霧が降るのだ(椎名誠)

内容に入ろうと思います。
本書は、椎名誠の自伝的小説です。というか、ほぼ自伝なんじゃないか?小説風自伝、と言ったところか。学生時代から現在(執筆当時)まで時間軸が入り乱れているのだけど、基本的には椎名誠ら一味(?)が青春時代のある一時を過ごしていた克美荘での物語、ということになる。
話は、椎名誠がなんとなく(だったと思う)書き下ろしの小説を書こう、と思うところから始まる。A出版社(本書の親本を出版したところ)の担当者が、椎名誠を和歌山のホテルに缶詰にして一気呵成に書かせようとするのだけど、うまく行くはずもない。
現実の椎名誠も、椎名誠が描く小説も、脱線に次ぐ脱線を繰り返しながら、次第に、椎名誠と克美荘に大きく関わる人物が出てくる。
中でも主要な人物は、現在イラストレーターとして活躍する沢野ひとしと、弁護士になった木村晋平の二人だ。椎名誠と沢野ひとしは高校の同級生、木村晋平は沢野ひとしの友人だった男で、それに何人か加えて、アホなことばっかりやっていた。喧嘩したりだとか、イタズラしたりだとか、酒を飲んだりだとか、特になんということもないダラダラとした日々を送っていたのだ。
その合間合間に、現在(執筆当時)の椎名誠が出てくる。大抵はA出版社の担当者と何やらやりあっているのだけど、別件の仕事であちこち旅に出かけたり、本を書くのに当事の記憶を呼び覚ますため沢野ひとしと木村晋平と酒を飲んだり、と言ったようなことをするのだ。
で、すったもんだあって、ようやく彼らは克美荘、へとたどり着く。
その、陽の差さないジメジメとした狭い空間で、彼らは酒を飲み、酒を飲み、酒を飲み、時々いたずらをしたり、時々盗みを働いたり、時々恋をしたりと、まあ大半は酒を飲んでいるわけなんだけど、そんなユルユルとした、なんとも風情漂う青春のひとコマを切り取った作品。
なんとなく思っていたのとは違ったんですけど、これはこれで面白い作品でした。
いや、僕がこの作品をどう捉えていたかというとですね、こういうことなんです。椎名誠って確か、「本の雑誌」っていう雑誌の創刊に関わっている人だと思うんですけど、その「本の雑誌」創刊に至るあーだこーだが描かれている話、なのかと思ってたんですね。そういう意味では、ちょっと残念ではありましたけど、これはこれでなかなか渋い良い作品だったと思います。
この作品を表現するのに、僕的にピッタリだと思う言葉は、『渋い』なんですね。なんだろう、うまく説明できないけど、なるほどこういう時代もあったんだなぁ、という感じがするんです。今の感覚からすると、椎名誠が克美荘で過ごした時代の緩やかさみたいなものは、ちょっと想像を絶する感じがします。その隔世の感が、僕に『渋さ』を感じさせるような気がします。一昔前の映像とか見ると、『古いなー』って思うこともあるけど、『渋いなー』って思うこともあると思います。そんな感覚だと思ってもらえれば。
時系列はあっちこっち行くし、話はどんどん脱線するし、なかなかメインの話は始まらないし、小説を書くはずの椎名誠がどっか外国に旅に行っちゃうしで、もう結構ひっちゃかめっちゃかな感じの作品なんですけど、なんとなくうまくまとまっている感もあるんですね。それが不思議。終わったんだか終わってないんだかよく分からない終わり方なんだけど、それがこの作品には妙に合っている気がしなくもない。なんとも不思議な作品なんです、ホントに。この、まとまっていないようでまとまっている風でもある、終っていないようでいて終わっている風でもある、という感じは、椎名誠という個性にしか生み出せないようなものかもしれないなぁ、と思ったりします。
メインの話である克美荘の話に行き着くまでの話もなかなか面白いんだけど、やっぱり克美荘の話は面白い。沢野ひとしがとにかく空腹だとヤバいとか、木村晋平は司法試験の勉強をしないといけないのに克美荘でのお父さん役をやらされたりとか、驚愕すべき適当すぎる金の管理とか、意味不明な珍客・イベント・イタズラの数々とか、もうとにかくアホみたいな話ばっかり。高野秀行の「ワセダ三畳青春記」に近いけど、作品の雰囲気は結構違う。「ワセダ~」はノリとテンションをマックスまで引き上げたような描写で突っ走るような感じがあるんだけど、本書の場合、抑制しているのについ零れ落ちてしまうというような奇妙なテンション(というか、その残滓というべきか。なんだろう)みたいなものがあって、読後感は結構違う。
克美荘で彼らと一緒に暮らしたいか、と聞かれれば、絶対に暮らしたくないけども、もの凄くおおらかな時代の中で、先の見通しのことなど何も考えず、その場限りの快楽だけに猪突猛進出来る彼らの生き方や仲間との関係性みたいなものは、ちょっと羨ましく思います。少なくとも現代では、これほどの『環境』は、生み出したいと願ってもなかなか生み出せないだろうな、と思います。
なんだろうなぁ。今の日本って、ちょっと余裕がないな、って気がするんです。今は、ちょっととんでもない地震とかあって、そりゃあ余裕も何もないけど、地震がなかったとしても、余裕ってないですよね、あんまり。
本書で描かれているようなアホみたいな生き方をする若者たちが出てくるっていうのは、社会に余裕があるからなんだろう、っていう気がするんです。そうじゃないと、こういう人たちは存在を許容されないですよね、きっと。今は国とか国民とかに余裕がちょっとない(地震であることを除いたとしても)ので、なんか窮屈だな、という気がします。自分自身が本書で描かれているような椎名誠らのような生き方をしたいとは思わないけど、でもそういうアホみたいな若者たちが許容されるような世の中であって欲しいなぁ、とは思ってしまいました。
あんまり作品の内容自体には触れてませんが、なかなか書きづらいんですよね、内容について。あっちこっち話は飛ぶし、克美荘での話、という以外特にこれというような話があるわけでもないんで、なかなか。ノスタルジックな面もあるんで、著者と同年代の人なんかは余計に面白く感じられるのかもです。僕は、こんな時代いいなぁ、という感じで読みました。自伝的小説なのか、小説風自伝なのか、どちらとも言えないような作品ですが、読んでみてください。

椎名誠「哀愁の町に霧が降るのだ」







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2013年の個人的ベストです。

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6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
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13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
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新書

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7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
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小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
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3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
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11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
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18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
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コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
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18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
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9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
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13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
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2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
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1位 千早茜「からまる
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10位 原田マハ「キネマの神様
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新書
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9位 「孤独と不安のレッスン
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番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)