黒夜行

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こちらあみ子(今村夏子)

内容に入ろうと思います。
本書は、太宰治賞を受賞し著者のデビュー作となった「こちらあみ子」と、単行本書き下ろしの「ピクニック」の二編が収録された作品です。

「こちらあみ子」
あみ子は、お母さんが家で開いている書道教室を覗く。そこで見かけた男の子に心を打たれる。のり君。実はのち君と同じクラスだったことを知ったのは、大分後のことだった。
のり君と時々一緒に帰った。のり君はほとんど喋らなかった。あみ子は、時々学校に行って、先生に怒られて、家ではお母さんに「あみ子さん」と呼ばれ、抱きしめられたことはなかった。
ある時から、兄は不良になって、お母さんはやる気を失った。そしてあみ子は、何も変わらなかった。相変わらず時々のり君を追いかけ、時々授業に出て、風呂に入らなかった。

「ピクニック」
ローラースケートに水着というスタイルで接客する『ローラーガーデン』に、七瀬さんという新しい人が来た。皿洗いを希望していたのだけど、ビキニを来て接客することになった。年齢はちょっと上。ローラースケートを履くと転ぶので、裸足で仕事をすることになった。
七瀬さんは、誰もが名前を知っているお笑い芸人と付き合っている、といった。馴れ初めは、七瀬さんが幼い頃に川で拾った、片方だけの運動靴。
ルミたちは、そんな七瀬さんの恋愛を陰ながら応援し、時にはドブさらいの応援に行った。七瀬さんも、そのお笑い芸人との恋の相談を、ルミたちにした。
お笑い芸人が落とした携帯電話は、なかなか見つからない。

というような話です。
どちらも、作品の雰囲気を壊さないままで内容紹介をするのが非常に難しい作品でした。こんな感じの文章で、なんとなく雰囲気が伝わってくれたらいいなぁ、と思うんですけども。
ちょっと凄い作品でした。一番近い表現を探すと、『心がざわざわする』という感じです。
読んでいる最中、全然落ち着かない。歯の隙間に挟まった食べかすが、舌先でうんうんやっても全然取れない、みたいな違和感がずっと続く。結局最後まで、歯の隙間から食べかすが取れることは、ない。凄く、ざわざわする。こんな感覚になる小説はなかなかない。
どうしてざわざわするのか、をちょっとだけ考えてみた。
見当はずれかもしれないけど、今の僕の解釈では、
『登場人物たちの立ち位置がまるで想像できないから』
ということではないかと思う。
例えば「こちらあみ子」では、あみ子はなかなかに突拍子もない少女として描かれる。あみ子は自由奔放で、あみ子自身は自分の抱いている感覚をきちんと言葉に置き換えることは出来ないのだけど、でも読んでいると、あみ子が何をどう感じているのか、ということは凄く伝わってくる。
その一方で、周りの人間があみ子のことをどう感じているのか、という立ち位置は、本当にイライラするぐらい見えてこない。ここが、まさにざわざわの源なのではないか、と僕は思います。
例えば、あみ子のことを『あみ子さん』と呼ぶ母親。例えば、あみ子と一緒に帰っているのに一言も喋らないのり君。例えば、あみ子の鎖骨の部分を何度か押してあみ子を部屋から追い出す父親。例えば、トランシーバー片手にあみ子と遊ぶ兄。彼らが、あみ子のことをどんな風に感じ、どんな風に扱おうとしているのか、もどかしいほど分からない。
もちろん、少しずつ分かってくる部分もあるし、まったく分からないわけじゃない。それでも、最後の最後まで、はっきりとしたことは何も分からない。
あみ子は、周囲の反応や変化に鈍感だ。鈍感、という表現が当てはまっているのかどうかも分からないけど、とにかくあみ子自身は、周りからの影響をほとんど受けない。あみ子の視点のみで進んでいく「こちらあみ子」という作品は、だからこそ、周囲のあみ子に対する感覚がもどかしいほど伝わってこない。万華鏡のように、常に様相が変わっていく、どんな一貫性のないものでもいい。あみ子に対して、時には優しく、時には厳しく、時には無関心で、時には怒りを覚える、とかそういうバラバラな感覚でもいい。知りたいのだけど、でも読者は、無表情で佇む仏像の表情を読み取ろうとするかのようなもどかしさしか感じることが出来ない。
「ピクニック」もそうだ。こちらは「こちらあみ子」とは違って、メインとなる七瀬さんの視点では描かれない。七瀬さんの先輩である『ルミたち』というのが語り手だ。それなのに、その『ルミたち』が七瀬さんのことをどう思っているのか、全然分からない。だからざわざわする。こちらの話では、一人明確に七瀬さんに対する態度を表明する人物が出てくるのだけど、でも読めば読むほど、その人物も何を考えているのかよく分からない。
こう書くと、ただ人間が描けていないだけの小説だ、と勘違いされてしまうかもだけど、それは全然違う。あみ子や七瀬さん以外の人物も、人間らしさに溢れている。人物としての香りは、芳醇に立ち上っていると感じられる。それなのに、あみ子や七瀬さんに対しての感情だけがうまく理解出来ないのだ。それぞれの話の主役的な人物への感情をはっきりさせないままで、人物としての輪郭を明確に描く、というのは凄いことだと思う。
「ピクニック」も好きだけど、やっぱり「こちらあみ子」の方が好きだなぁ。あみ子の、『世界への収まらなさ』みたいなものが弾けているし、見方によっては輝いていると思う。そしてその一方で、僕はあみ子の世界をほんの一部しか知ることが出来ていないのだろうな、とも感じる。あみ子の内側にある世界は、もの凄く広い。ただその世界は、他者と容易に共感できるものではないし、あみ子の抱える世界に入り込むにはある種の覚悟がいる。もしのり君にその覚悟があれば、なんていう意味のないことを考えてみたりするけど。はっきり言って、その覚悟を持てる人間がいるとは、僕にはちょっと想像できないのだけど。
あみ子は、決して孤独ではない。いや、孤独かもしれないけど、あみ子自身はそれを孤独だとは捉えていない。他者と世界を共有することが出来ないことが孤独だとは考えないのだ。あみ子はあみ子で完結している。完結しているように見える。それを『強さ』と捉えるか、『弱さ』と捉えるか、あるいは別の何かと捉えるかは、読む人次第だろうと思う。僕はそれを、どう捉えただろう。うまく言葉には置き換えられないのだけれども。
本当に、不思議な作品です。読む人によって感じ方に大きく差が出る作品だとは思います。ただ、『心がざわざわする』という感覚は、理解してもらえるんじゃないかな、と思います。その『ざわざわ感』が、作品の称賛に繋がるか嫌悪に繋がるかは人それぞれかと思います。僕はかなり好きな作品です。これからどんな作品を書いて行くのか、楽しみで仕方ない作家です。是非是非読んでみてください。

今村夏子「こちらあみ子」




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Comment

[4072]

この作品はいいですね。
>歯の隙間に挟まった食べかすが、舌先でうんうんやっても全然取れない、みたいな違和感がずっと続く。
という表現は的を射てますよ、激しく同意です。

[4073]

こんばんわです。
すいません、僕も通常『通りすがり』を名乗ってるんで、
名前かぶっちゃいますけどもー。
まさかそんな表現を褒めてもらえるなんて!
ありがとうございますー。
書き続けていって欲しい作家さんだなぁ、と思います。

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今村夏子  こちらあみ子

少女の目に映る世界を鮮やかに描いた第26回太宰治賞受賞作。書き下ろし作品『ピクニック』を収録。(「BOOK」データベースより)太宰賞・三島賞受賞作。(関連ブログ記事はこちら。)今年に入ってすぐの頃からtwitterで話題になっていて、読みたいなと思っていた本でした。読んで正解。あぁ、もうすごく良かった!感想を書くのにまた読み返したけれど終盤は何度読み返してもじーんと来ます。胸ぐらをがしっと捕まれて引っ張られるような、ものすごい吸引力で引き込まれて、読み終わってからも、あみ子の世界から抜け出せず、ぼーっとし

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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
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2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
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18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
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新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
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6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
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小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
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6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)