黒夜行

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前夜の航跡(紫野貴李)

内容に入ろうと思います。
本書は、日本ファンタジーノベル大賞を受賞した、新人のデビュー作です。短編の賞というわけでもないのに、受賞作は連作短編集というなかなか珍しい作品。
大枠の設定だけ先に書いておきます。
どの話も主人公は違うんですが、『主人公が海軍に所属していること』そして『その主人公が何らかの形で、仏像彫刻に精進している笠置亮佑という若者と関わる』という点が共通点です。
笠置亮佑は、その道では有名な仏師であり、亮佑は幼い頃から父親から手ほどきを受けた。今は、全国を行脚しながら修行の身で、父親の仕事も手伝っている。
そんな亮佑には変わった質があり、それは、霊的なものの類を感じることが出来るのだ。そして亮佑が彫る仏像は、その霊的な者たちに働きかける力がある。

「左手の霊示」
芹川達人は、支倉大佐が直訴して創設された秘密裏の特殊任務機関に所属している。任務中のとある事故で左手を奪われた芹川は、支倉の伝手で、仏像彫刻師である亮佑に左手の義手を作ってもらった。その義手をつけたことで、芹川は霊的な存在を感知することが出来るようになったのだ。芹川が所属する特殊任務機関は、海軍内で起こる霊的なトラブルを解決する部署だった。
芹川はとある海軍所属の建物に泊まり込んでいた。そこには、軍艦同士のある事故の責任を感じ自殺した軍人の霊が現れるらしいのだが…。

「霊猫」
榎田利秀は、経理局会計監査課所属の海軍人。不正な支出がないかチェックする部署だが、最近食料がネズミにやられる艦が多いという話を聞き、それで故郷でのとある噂を思い出した。
それは、とある木彫家が彫った猫を置いておくと、ネズミが寄ってこない、というものだった。半信半疑ながらも、極秘でその木彫家に木彫りの猫を依頼することになったのだが…。

「冬薔薇」
塩崎寿実生は、駆逐艦の機関長として、古参の機関員たちの扱いに苦労しつつ、なんとか対面を保とうと、訓練中気を張っていたのだけど、結局倒れ軍病院で入院することになった。
そこに、同期の韮沢がやってきた。雨の降る中ずぶ濡れでやってきた韮沢は、どうしてもこれを受け取って欲しいと、本物と見間違うばかりの出来栄えの木彫りの薔薇を置いていった。
後日病室に、韮沢から依頼を受けたのだという若者がやってくるが…。

「海の女天」
小田川繁雄は運用長として、荷物運搬の順番などを公平に捌く役割を担っていた。演習を目前に上陸となったが、繁雄を訪ねてきた若者がいるという。彼が当宿しているという宿を訪ねると、一心に彫り物をする若者がいた。
笠置亮佑と名乗ったその男は、ある女性から頼まれたのだ、と言って、一体の木彫りの女天像を渡した。その女天像の顔は、かつて自分を助けるために命を落とした姉の顔に似ているような気がした…。

「哭く戦艦」
霊的トラブルに対処する特殊任務機関に所属する芹川は、支倉から頼まれ、支倉と関わりが深かったという人物の依頼を個人的に受けることにした。松尾という名の予備少佐は、日本海海戦の英雄であり、現在は沖合に係留され記念碑として残した。
その戦艦から、夜中奇妙な音が聞こえるのだという。芹川は、左手が笠置亮佑を呼べと言っているといい、現地に亮佑を呼び寄せる…。

というような話です。
新人とは思えない、安定感抜群の作品でした。
正直、話そのものは、僕の好みとは若干外れている感じでした。全話海軍を舞台にしていて、訓練シーンなんかで戦艦の動きの描写なんかが出てきたりするんだけど、僕にはどうも具体的にイメージ出来なかったりして、そういう点でちょっと難しい部分はありました。
しかし、この作家は相当『書ける作家』だと思いました。この作品は、海軍という正直僕がそこまで興味の持てないところを舞台にした作品だったので、そこまで強く訴えかける作品ではないのですけど、これだけの作品を書ける作家なら、たぶんどんなシチュエーションを舞台にしても作品を書けるだろうし、そのシチュエーションが僕の好みに合えば、かなり傑作だと言い切れる作品に仕上がるのではないか、という気がします。本当に、中堅以上の作家が雑誌連載していた作品を書籍化しました、と言われても信じてしまうぐらい、新人作家とは思えない安定さが際立っていました。
とにかく、筆運びが巧い。特別巧い表現をしているとかというわけでもないんだけど、落ち着きのある洗練された文章で、無駄がない感じです。グッと引き締まっている感じで、その筆運びの巧い文章が、全体の雰囲気をうまく牽引している感じがしました。登場人物をそこまで多く配することなく、それぞれ短い話ながら、限られた登場人物の輪郭みたいなものを鋭敏に描こうとしているのが窺えるし、特別なところがあるわけではない人々の微妙な差異を描き出すのが巧いと思います。とにかく本書の白眉は文章で、これだけ安定感のある文章を書ける新人作家というのはそうはいないと感じました。
ストーリーは、好みはちょっと分かれるかもしれません。恒川光太郎や朱川湊人的な若干ファンタジックな要素をうまく取り込みつつ、軸足はきちんと現実側に残しているという感じです。僕にはそれが若干アンバランスには感じられたんですけど(海軍という、かなり真剣な世界の中に、ある意味で唐突にファンタジックな世界が割り込んでくるというのが、個人的にはちょっと違うかなぁ、という気がしたんですが)、ただこういう作品を好きだと感じる人はいるだろうなとも思えるタイプの作品です。霊的なものの出現がちょっと唐突に感じられてしまうのは、僕は若干の弱点かな、という感じはするんですけど(もう少し巧いやりようがあったような気がする)、でもその指摘はもはや新人作家に対する指摘じゃないわけで、十分うまくまとめていると感じました。
とにかく、笠置亮佑という木彫家の存在感がいいですね。海軍相手であっても飄々とし、動じることなく霊的なものと向き合い、その声に真摯に耳を傾ける。彫り始めると周囲の音が聞こえなくなるくらいの集中力を発揮して、そして掘り出したものは霊的な力を持つ。この作品のリアリティ(って表現はちょっとおかしいかもだけど)は、ほぼすべてこの笠置亮佑というキャラクターが鍵を握っているという感じで、この笠置亮佑というキャラクターをどう感じるかで、作品の感じ方も結構変わってくるような気がします。
個人的に好きな話は「霊猫」と「冬薔薇」。「霊猫」は、結構多くの人が好きになるんじゃないかなぁ、と僕は思います。健気さが全開に現れていて、いいなぁと思いました。「冬薔薇」は、木彫りの冬薔薇に込められた思いや、二人の間の関係性みたいなものがいいなぁと思いました。
個人的には、ちょっと凄い新人が出てきたな、という印象です。ストーリーだけ評価すれば、正直そこまで僕の好みの作品ではないんですけど、洗練された文章は新人離れしているし、これからどんな作品を書くのか実に楽しみな作家だな、という感じです。ちょっとこれは読んでみて欲しいです。たぶん、絶賛する人もいるんじゃないかなぁ。ちょっとこれからに期待したい作家です。

紫野貴李「前夜の航跡」




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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
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9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)