盛岡さわや書店奮戦記(伊藤清彦)

内容に入ろうと思います。
本書は、今や伝説となったある一人の書店員(現在は退職されている)へのインタビュー形式の作品です。
その伝説の書店員というのが、伊藤清彦さんです。僕も正直、しばらくは知らなかったんですけど、ツイッターで盛岡のさわや書店さんと関わりが出来て、それから伊藤さんのことを知るようになりました。
伊藤氏は20代半ばまで本を買っては読みまくるという生活を続けた後、さすがにちゃんと働かないとマズイということで、山下書店というところでアルバイトを始めます。山下書店というのは、ファッションビルの5Fにあった、50坪ほどの店だそうです。しばらくして文庫の担当になった伊藤氏は、そこでとんでもない結果を次々と生み出すことになります。
手描きPOPを独自に考え出し(当時もう既に手描きPOPという発想はあったかもしれないけど、伊藤氏はそれを知らず、自分で考えたと思う、と言っています)、新刊や話題作ではない作品を大きく展開することで、4桁の売上を達成する作品を次々と生み出していきます。「Dr.ヘリオットのおかしな体験」という本は5年掛けて5桁売ったそうです。凄すぎます。
当時の書店というのは出版社や取次主導という側面が大きかったようで角川文庫と新潮文庫が棚のほとんどを占め、あとは申し訳程度に他の文庫がある、というような感じだったようです。伊藤氏はその棚構成を変え、また角川文庫のような放っておいても売れるようなものは奥にやり、手を掛けないと売れないような作品を全面に押し出すことで、信じられないような売上をたたき出すことになります。
その後同じく山下書店の20坪ほどの店の店長となり、そこでも驚くべき成果を出します。20坪の店に、「別冊マーガレット」という雑誌が300冊も配本されるようになるとか、ちょっと異常です。また、実績をどんどん積み上げていったために出版社とも繋がりが出来、文庫の新刊を初回で1000冊確保するとか(何度も書きますが、20坪の店に初回で1000冊というのは異常な冊数です)いう暴挙も出来るようになりました。
その後家の都合で地元岩手に戻らなくてはならなくなった伊藤氏は、山下書店の紹介で、地元のさわや書店に入社することになります。当時さわや書店は、全国ではもちろん、岩手県内でも無名という書店でした。
地方書店というのは当時東京以上に壊滅的だったようで、古参の女性スタッフが伊藤氏の仕事に嫌がらせをしてくるなどしょっちゅうで、こうすれば売れるのに、ということをやらせてもらえないという状況が続きます。一度は社長に、ここではやれない、と辞める意志を見せますが、なんとか踏ん張って自分なりの店作りをし、『岩手に伊藤清彦あり』と言われるまでの書店員になったのです。
本との関わりからさわや書店のスタイルを築きあげるまでを語った作品です。
僕も書店員なので、本当に素敵な本だと思うし、役に立つ作品だと思いました。本書を読んで、僕が理想とする書店というのは、まさに伊藤氏が言うような書店なんだよなぁ、と思いました。
今、割と多くの書店は、昔よく言われた「金太郎飴」のような書店になっている感じがします。つまり、新刊や話題作ばかりが置かれていて、その書店の独自性のないところが多い、ということです。
もちろん、僕も書店で働いているんで、色々難しいというのは分かっています。売れるものを売って売上を確保しないといけないし、日々大量に入ってくる新刊に疲弊しているという部分ももちろんあります。それでも、このままじゃマズイだろうなぁ、と思うんですね。
僕は、伊藤氏と発想が似ている、なんていうのはおこがましいほど伊藤氏ほど結果は出せていない人間なんですが、読んでいて僕も似たようなことを考えていると思うことがたくさんありました。
例えば伊藤氏は、自分で読んで良かったものを仕掛ける、というスタンスをずっとしていて、それで、何もしなくたって売れるような本は別に読む必要はない、と書いているんですけど、それは僕も同じです。僕は自分の読書は、趣味半分仕事半分だと思っているんで、趣味の部分では自分の好きな作家の新刊とか読みますけど、基本的に世間で売れていない本を読んで良かった本を仕掛ける、ということをずっとやっています。ほっといても売れる本は、読んでPOPを描いたって、それによる伸びは微々たるものでしょうし。
また、版元が組む文庫フェアは、全国で同じことをやらなくちゃいけないのは嫌だけど、自分で決して積まない本が売り切れたりするから、それをロングセラーにするという発想は、僕もそうだなと思いました。それで一番うまくいったのは、朝日文庫の「スヌーピー こんな生き方探してみよう」です。数年前の文庫フェアに入ってて、すぐなくなったんで仕掛けてみたところ、未だに売れ続けています。
また、売れているものは奥にやって、まだ知られていないけど自分が読んで良かった本を全面に推すというのも、僕はずっとやってきたなぁ、と思うんですね。
まあそんな感じで似たような発想を持ってたなぁ、という部分もあるんだけど、やっぱり基本的には圧倒されるような話ばっかりでした。中公文庫を3週間で6000冊売ったとか、さわや書店に入って二週間で売上が20%、一年後には倍になってたとか、年間に十本は4桁売ってる本があったとか、初版の3%はさわや書店で売るからといって初回で600冊仕入れるとか、それまで5冊ぐらいしか売れていなかった雑誌を、パブリシティの影響を考えて初回で2000冊発注して売り切ったとか、ちょっともう凄すぎでした。
それを実現するための工夫や努力も凄いものがあります。移動可能な台を作って、時間帯によって雑誌の平台の構成を変えるとか、前日の売上スリップを見てそれを一冊一冊ノートに書き写すとか(そうすると覚えるんだそう)、日記手帳の搬入時期がどんどん前倒しんなったことに憤りを感じ、いつ売れているのかを調査し搬入を遅らせてもらうとか、凄いなと思います。
書店というのは本当に、まだまだいくらでもやれることがあるんだな、と実感できる作品です。売り上げ的に厳しい厳しいと言っているけど、まだまだやらなくちゃいけないことはたくさんある。これからの書店は、それが出来たところだけが生き残れるんだろうなぁ、という気がします。
僕が本当に残念なことは、古典作品の読書経験&知識がほとんどないこと。基本的にエンタメ作品ばっかりしか読んでこなかったし、子供時代や学生時代に古典とかにほとんど触れてこなかったんで、正直言って全然分からない。本書に、『そのジャンルの効き目の本があって、それを中心にして他の本が派生し、その著者にまつわる本なども並んでいくようになる。これが棚づくりのセオリーであるのに、その基本が出来ていないんです』という文章があって、グサっと来ました。自分の底の浅さが残念で仕方ないんですけど、でもさすがに今から古典を頑張って読む気力もないわけで、その辺りが僕の限界になっちゃうだろうなぁ、と思いました。
とにかく、盛岡のさわや書店に行ってみたくなりました。伊藤氏は既に書店員を退職していますが、伊藤氏の薫陶を受けた人が今もさわや書店をもり立てているので、伊藤イズムは健在だろうと思います。ホントに、盛岡で伊藤氏に講演を開いてもらって、全国各地の書店員はそこに集い、帰りにさわや書店を見学して帰る、なんていうツアーを誰か企画してくれないだろうか、と思ったりしました。
書店に限らず、物を売る立場の人、あるいは物を作る立場の人にも役に立つ作品かもしれません。本好きの人なら、書店員じゃなくても読み物としても楽しめるんじゃないかなと思います。書店員はこの作品を読んで革命を起こしましょう!
伊藤清彦「盛岡さわや書店奮戦記」
- 関連記事
-
- 3・15卒業闘争(平山瑞穂) (2011/12/23)
- 人質の朗読会(小川洋子) (2011/12/14)
- 「買いたい!」のスイッチを押す方法 消費者の心と行動を読み解く(小阪裕司) (2011/01/16)
- 言葉の海へ(高田宏) (2011/10/17)
- ヴィーナスの命題(真木武志) (2011/02/14)
- 六本木少女地獄(原くくる) (2011/08/20)
- デフレの正体 経済は「人口の波」で動く(藻谷浩介) (2011/01/13)
- 幸福な生活(百田尚樹) (2011/06/16)
- 科学の現在を問う(村上陽一郎) (2011/05/26)
- 気になる部分(岸本佐知子) (2011/08/19)
Comment
[4064]
[4065]
初めましてです。
ありがとうございます!適当に書き散らしてるだけのブログですけど、
気が向いたら読んでみてください。
いつでもコメントお待ちしてますよー。
ありがとうございます!適当に書き散らしてるだけのブログですけど、
気が向いたら読んでみてください。
いつでもコメントお待ちしてますよー。
コメントの投稿
Trackback
http://blacknightgo.blog.fc2.com/tb.php/1943-02177789
こちらの記事が面白かったのでコメントしました。ブログ、お気に入りに入れて読ませていただきます♪またお邪魔させて下さい^^P