黒夜行

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妙なる技の乙女たち(小川一水)

内容に入ろうと思います。
本書は、赤道上にあるリンガ島を舞台にした、7編の短編が収録された連作短編集です。
まず大雑把な設定の話をします。
現在リンガ島は、宇宙開発企業がひしめく島となっている。それは、21世紀半ばに設置された軌道エレベーターの存在にある。
鋼線の30倍の強度を持つ可紡性カーボンナノチューブの紡績法が一人の青年によって発見された。軌道エレベーターの概念自体は全盛期から存在していたのだけど、それを作るための素材が存在していなかった。可紡性カーボンナノチューブはそれを可能にし、軌道エレベーターを設置するのに最適である赤道上で真っ先に建造されたのが、リンガ島だったのだ。
それにより、リンガ島には宇宙開発企業が集まるようになり、一大都市を築いた。本書はそのリンガ島でくらす、宇宙開発と若干関わる人々、そして宇宙開発とはほとんど関わらない人々の生活を、働く日本人女性を主人公に据えた連作短編集です。

「天上のデザイナー」
京野歩は、インダクトリアルデザイナーとして、小さなデザイン事務所で働いている。宇宙船の便器や弁当箱なんかの設計をしている会社だ。うんざりするような日和見上司と、いけすかない社長の元で、生意気な新人という立ち位置でずっと働いてきた。
ある日社長が戯れに、歩に宇宙服のデザインコンペの話を振ってきた。社長は冗談だったのだろうけど、歩はやってやろうじゃん、と思った。調べてみると、宇宙服のデザインというのは、あまりにも洗練されていない。自分だったらこうするのに、とデザインにのめり込む歩だったが…。

「港のタクシー艇長」
歌島水央はテンダー(交通艇)と呼ばれる、いわゆる水上タクシーの艇長である。リンガ島に宇宙開発企業が集中したために陸地が足りなくなり、島の外側に次々巨大構造浮体が拡張されていった。そのため、海上タクシーが発達していったのだ。
女の艇長だからとなめられることも多いのだけど、それでも父親から教わった船を操る楽しさに身を任せて生きてきた。
その日水央は、メッツラー将軍を乗せた。未だ海賊がのさばる地域で、軍事請負企業に属する民間軍人であり、水央のリンガ島における身元引受人でもある。メッツラー将軍は水央に、もっとまともな仕事について欲しい、と願っているのだが…。

「楽園の島、売ります」
高級自然住宅開発企業を率いる女社長幡守香奈江は、進化生態学を専門とする科学者であるルクレースと共に、リンガ島におけるリゾート開発を行っている。自然が少ない、と嘆く富裕層の多いリンガ島の現状に、初めは不可思議なものを感じていた香奈江だったが、インドネシアの熱帯雨林のほとんどが環境保護区にしていされていることを知って納得した。そして香奈江は、ルクレースと共に、法の抜け穴をうまくかいくぐって、リンガ島周辺でのリゾート開発に成功している。
しかし、先ごろ契約を済ませたとある件が暗礁に乗り上げている。当初は開発に賛同していたはずの原住民族が、突如反対し始めたのだ。会社の信頼にも関わるのでここは引けない香奈江なのだが…。

「セハット・デイケア保育日誌」
阪奈麻子は、リンガ島内の保育園で保育士として働いている。経営者である姉妹は、警察のお世話になったことのあるような人間らしく、資格も何もない麻子でも雇ってもらえているのだ。
ある日お昼寝から起きると、子供が一人増えていた。見慣れない顔の子は、レオンと名乗った。親が探しに来るわけでもなく、結局そのまま保育園で預かることになった。
このままリンガ島で保育士として生きていていいのか若干悩んでいる麻子が、何故かレオンを引きとって育てることになるのだが…。

「Life me to the Moon」
犬井麦穂は、発車寸前の軌道エレベーターのケージに飛び乗った。年配のアテンダントに誰何され、欠員が出たアテンダントの代わりに乗員したのだ、と説明する。アテンダントとしての仕事は、勘と経験を頼りに、なんとかこなしていけた。
宇宙への憧れは、人一倍大きかった。軌道エレベーターが出来、誰でも宇宙に行けるようになったとはいえ、まだまだ気軽に行けるというほどでもない。憧れだけでどうにかなる場所でないこともわかっている。それでも麦穂は、宇宙に行ってみたかった…。

「あなたに捧げる、この腕を」
鹿沼里径は、アーマートの創始者だと呼ばれている。大理石や花崗岩などの、男の腕力でも加工の難しい素材を、機械的倍力装置(ロボットハンド)を使って加工する芸術家だ。そのやり方には、方方から賛否が集まってくる。日本で活動を続けることに限界を感じ、リンガ島にやってきた。
そんなある日、先輩である京野歩から紹介され、サンジャという男と会った。政府の宇宙開発部門に属する役人だそうだ。そのサンジャから、宇宙船の船首像を作ってもらえないか、という依頼をもらうのだが…。

「the Lifestyles Of Human-beings At Space」
歌島美旗は、リンガ島に軌道エレベーターを建造した世界的企業・CANTECで事務仕事をしている。働いて分かったことは、いくら世界的企業だといえども、事務仕事は退屈だ、ということだ。
しかしある日美旗の元に、なんとCANTECのCEOから連絡があり、変わったプロジェクトに組み込まれることになった。それは、宇宙飛行士の食生活を改善する、という目的のプロジェクトだった。
しかしそこで美旗は、もっと根本的な疑問にぶつかる。何故宇宙での食事は、すべて地球から持っていかなくてはいけないのか?いやそもそも、宇宙で人間的な生活が出来ないのは、おかしいことなのではないか…。

というような話です。
これは巧いなぁ、と思いました。SFというのは、こういう広げ方も出来るんだな、と思いました。
SFという言葉を使うと、無条件に「難しい」と感じる人がいるでしょう。気持ちは分かります。ただ本書は、ほとんどSFではありません。表現がおかしいですが、SFではあるんだけど、ほとんどSFではない、という設定が本当に素晴らしい、と思いました。
本書でSF的である部分は、①軌道エレベーターが存在していること②若干未来を舞台にしていて、時々現在より進んだテクノロジーが出てくる ぐらいなものです。そもそも軌道エレベーターに関しては、本書でも書かれているように、それに使える素材(本書では可紡性カーボンナノチューブ、と呼ばれているものです)が開発され量産が可能になれば(現在、素材の開発は終わってるかも。量産が出来ないだけかもです)、本当にすぐにでも出来てしまうらしいんです。だから、軌道エレベーターの話はもはやSFではない、ともいえます。
本書は、『もしかしたらこうなるかもしれない世界の中で、その周辺に生きる人々を描いた作品』と言えると思います。この設定は、本当に秀逸だと思いました。
SFというと、宇宙船で宇宙に出たり、異星人とバトルしたり、能力者が力を持っていたり、みたいなことを想像すると思うんだけど、でもそういうどんな世界であっても、そういう人たちの生活を支える人々がいるし、またそういうこととは無関係に生きている人々というのももちろんいるわけです。本書はそういう、その世界の中でメインとなるわけではない、周辺の人々を描いているという点で素晴らしいと思いました。まさにこれは、SF作家ならでは、という印象を受けました。現実ではない世界の、さらにその周辺にいる人々の生活を描くというのは、本当にものすごい想像力を必要とすると思うからです。
出てくる人たちも多彩です。宇宙服のデザインをするデザイナー、水上タクシーの艇長、リゾート地開発会社の社長、多国籍保育園の保育士、軌道エレベーターのアテンダント、特殊な芸術家、事務員です。宇宙服のデザイとか、水上タクシーなんかは、軌道エレベーターが出来たリンガ島というものについてかなりリアルに想像力を膨らませないと出てこないと思うんで、やっぱり凄いなと思うんですね。
本書はお仕事小説としても読めて、リンガ島という外国で働く日本人の苦労や、生きていくことの悩みなんかも描かれていて、面白いです。
個人的に一番面白いと思ったのは、最後の「the Lifestyles Of Human-beings At Space」です。冒頭の宇宙服の話も若干同じ思想があると思うんだけど、宇宙に出て生活をしていくということに対する根本的な疑問を突きつけている作品です。僕はSF読みというわけではないんで、あんまりSFは読んでないんですけど、こういう問い掛けをしている作品というのはなかなかないんじゃないかな、と思います。
確かに言われてみれば、恒常的な宇宙開発を目指していると言っている一方で、食料はすべて地球で作り運ぶだけというのは、不自然と言えば不自然だなと思います。長期的な視点に立てば、やっぱりこの話の主人公である美旗のような発想になってもおかしくはないと思うんだけど、僕もそんなこと考えたこともなかったなぁ、と思います。
もちろん、他のSF作品に同じような根源的な問いかけをしているような作品があったりするかもですけど、僕にはかなり新鮮な視点だと感じました。
「楽園の島、売ります」も凄いと思いました。他のどの話もそうなんですけど、雑学というかディテールというか、そういう作品のリアリティみたいなものが凄いんです。この話でも、環境保護区として政府に指定されている熱帯雨林を、いかにリゾート開発するのか、という法律の裏をかくあたりとか、徐々に明らかになっていくとある事実に関わる伏線めいたものとか、とにかく設定が凄いんです。物語全体の設定や、その設定を活かした展開という意味では、この話が一番良かったかな、と思います。
他の話も、なるほどそんな立ち位置の人を主人公に据えるか、そんな切り口で物語を展開するか、という感じで、小川一水の作家としての巧さを存分に感じさせてくれます。小川一水のハードなSF作品はあんまり読んだことがないんだけど、本書のようなハードじゃない作品もやっぱりいいな、と思います。是非読んでみてください。

小川一水「妙なる技の乙女たち」





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2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
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3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
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8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

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2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
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5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
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8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
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1位 「「科学的思考」のレッスン
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番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)