黒夜行

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夏光(乾ルカ)

内容に入ろうと思います。
本書は、少し前に「あの日にかえりたい」で直木賞候補になった、今期待の新人のデビュー作です。6編の短編が収録された短編集です。

「夏光」
戦時中、家族と離れ叔母さんの家に疎開させられた哲彦は、疎開先で馴染めず、母を恋しく思う毎日だった。唯一の友達である喬史と、いかにして電車に無賃乗車し母の元に行けるか、という相談をよくしていた。
喬史はいじめられていた。スナメリという、その土地で不吉だと信じられている海の生き物を母親が食べたせいで呪われたのだ、と言われていて、喬史の顔の左半分は黒い痣で覆われていた。そして喬史の目には…。

「夜鷹の朝」
病に罹り、教授から療養を勧められた石黒は、教授の遠戚だという桑田家へとやってきた。秀麗な建物には、夫婦とお手伝いさんが住んでいた。
最初の日、石黒は階段の踊り場に一人の少女の姿を認めた。しかし家人はみな、少女の存在に気づいていないように振舞っている。石黒は、彼女の部屋にいりびたるようになる。常にマスクで隠された口元を見たい、と思いながら…。

「百焔」
美しい妹・マチは周りからチヤホヤされ何でも手に入れるのに、美しくない姉・キミはまったく何も得られない損ばかりしている人生だ。キミは常に妹と比べられる人生にうんざりし、知り合ったカフェの女性に相談すると、百の焔の厄返しなるものを教わった。百本のろうそくを毎日燃やし続ける、風除けなどはしてはならず途中で消えてもいけない、というもの。一生に一度しか出来ない願掛け、いや呪いであるという。キミはさっそく実行に移す…。

「は」
大学時代から頑強な男だった熊埜御堂が、ある時右腕を失って入院したと聞く。その後長谷川は熊埜から、快気祝いとして家で鍋をするから来てくれないか、と誘われる。ただし、出されたものは決して残さないで欲しい、という忠告を付け加えて。
そこで長谷川は、熊埜が右腕を失うことになった奇妙ないきさつを知ることに…。

「Out of This World」
パイロットになりたいと願っているマコトは、転校してきたマジシャンの息子・タクと夏休み中よく遊んだ。タクは、マジックに失敗してその世界から干されてしまったらしい父親から虐待を受けているという噂があったけど、マコトたちの前ではそんな素振りは見せなかった。タクは何故か耳から音が鳴り、しかもどんなタネがあるのか、宙に浮くことも出来たのだ…。

「風、檸檬、冬の終わり」
自ら望んだわけではないが、10代の頃は人身売買組織の片棒を担がされていたあや子。あや子は、人間の感情を鼻で嗅ぐことが出来るという謎めいた特技があり、それは結果的に、人身売買される少女たちを監禁するというあや子に与えられた仕事をまっとうするのに役立った。
そこであや子はチュマーと出会った。チュマーというのはあや子が勝手につけた名前で、しばらく後にはいくつかの臓器の断片にさせられてしまう女の子だった。あや子はそのチュマーから、生涯理解することの出来なかった特別な感情の匂いを嗅ぎ分けたのだが…。

というような話です。
これは素晴らしい作品でしたね。乾ルカの存在は正直、直木賞候補になるまでまったく知りませんでした。それから「メグル」という作品を読んで、この作家はなかなかやるなと思ったんだけど、まさかデビュー作の時点でこんなにレベルの高い作品を書くんだとは知りませんでした。
本書は、前半三つがちょっと前の時代を舞台にした作品、そして後半三つが現代を舞台にした作品なんですけど、6編に共通しているのは、目や耳や歯など、体の一部(というか、すべて顔の中のどこか)に何らかの特徴を持つ登場人物が出てくる話なんですね。作品ごとに結構違ったタイプの話が多いんだけど、全体の統一感もきちんと考えられてるんですね。
解説や帯なんかでも、どうも本書は「ホラー」として括られているようなんですけども、そんな括り方をするのはちょっともったいないな、という感じがします。ホラーという分かりやすいジャンルに落とし込めるほど単純な物語ではない、と思うんです。確かに、ちょっと不気味だったり、ちょっと恐ろしかったりするような話ではあるんですけど、でも怖がらせることが主眼の物語では決してない。体の一部が特異な状態になってしまった登場人物を描くことで、人間の悲哀や愚かさみたいなものを真っ直ぐ見据えている作品で、ジャンル分けが無意味に感じられる作品です。ぜひ、ホラーだとかなんだとかっていう先入観をなるべく排して読んで欲しいなと思います。
それぞれテイストが結構違うんで、読む人によって好きな作品は結構変わるでしょうけど、僕が好きだなと思うのは「夜鷹の朝」「は」「風、檸檬、冬の終わり」です。
「夜鷹の朝」は、本当に物哀しい物語でした。何よりも、桑田家の奥さんが可哀想過ぎる。確かに、奥さんの選択は間違いではなかったと思う。そうするしかなかったし、石黒さえ桑田家にやってこなければ、それですべてが丸く収まっていたはず、なんです。ただそれが、石黒がやってくることでバランスが崩れてしまったわけです。
もちろん、少女も可哀想ですね。自分がその立場に置かれたらと思うと、きっとやりきれないでしょう。見事です。
「は」は、6作中最もポップで陽気な雰囲気を僕は感じました(実際そんなトーンの作品ではないんですけど、状況を想像するとどうしても可笑しくなってしまう)。具体的には書かないですけど、えっまさかまさかそういうアレで右腕がなくなっちゃうわけですか、いやいやありえんでしょう、みたいな感じで、まあありえないんですけど、僕はその、ありえない話を実に丁寧に真面目に描いている部分が凄く楽しくて、恐ろしい物語というかコメディっぽい感じで読みました。んなアホな、っていう感じが好きですね。
「風、檸檬、冬の終わり」は、構成が見事だと思いました。正直、あや子が関わっていた人身売買の話だけだったら、そこまで大した作品ではなかったでしょう。その外側にもう一つ世界を用意していて、そのラストのセリフは見事だなと思いました。ラストのセリフから、チュマーの器のデカさみたいなものが想像できて、本当に構成が素晴らしいと思いました。
表題作である「夏光」もなかなかいいです。これも、ラストが秀逸ですね。迫害されている少年たちの友情みたいなものがラストの演出に見事な役割を果たしているなという感じがしました。
「百焔」も、なんとなくどういう展開を辿るのか分かってしまったという点を除けば、うまく出来ている作品だと思います。これは、もしかしたらですけど、短編じゃちょっと短かったのかも、という気もします。姉と妹の確執みたいなものがもっとくっきりと浮かび上がっている方が物語としても締まると思うんで、長編とは言わないまでも、中編ぐらの物語として描くとより一層よかったかもしれないな、という気がします。
「Out of This World」は、話としては良かったと思うんだけど、この作品集の中ではちょっと浮いてるかなという感じがしました。これだけ、全体の雰囲気とはちょっと違うタイプの作品で、そういう点で若干違和感がありました。
まあそんなわけで、デビュー作でこれだけのものが書ける作家というのは凄いと思います。別に、新人のデビュー作としてのレベルで評価してるわけではなくて、新人であることを差っ引いてもこれは相当レベルの高い作品だと思います。これからどんどんと注目されていくべき作家だと思います。是非読んでみてください。

乾ルカ「夏光」




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Comment

[4012]

こんばんは。
乾さんのデビュー作を読んでみました。なかなか…ですね。
『てふてふ荘~』のほんわりとした優しいイメージと思って読み始めましたらスナメリの祟り云々ときて、ちょっと退きました(笑)。私が求めているものではないな、と思いつつ 結局一気読みをしてしまいました(爆)。筆力がすばらしいですよ!!
ホラーという括りで考えると、乾さんも不本意なのではないかと思いますよ。どの作品も怖さというより物悲しいですよね。
私のようなオバサンの好みからすると1位は「百焔」です。姉が妹の健気さ純粋さにもっと早く気づけば、こんな事態は起こらなかったにに…と少々残念な感じもしますが、何事も遅すぎると言うことはないはずです。姉妹の絆が深まる所で幕切れでしたね。
次は「夜鷹の朝」、これも悲しい(悲しすぎる)話でしたが、女性は妊娠中に想像もつかないことが起こる可能性があるそうです。この奥さんは一種の「鳥付き」の状態になってしまったのでしょう。夜鷹が乗り移った状態です。そしてあの悲劇が…。石黒が桑田家を去る日、雪の上に書かれたメッセージを奥さんがどんな想いで読んだのだろうと考えると、悲しいですよね。でも嬉しかったのかも知れません。これ以上は何とも…。
第3位は「風、檸檬、冬の終わり」。あや子がチュマーの明るさを支えに海を見せたいと思うようになり脱出を企てる辺りが、この暗い内容の作品の山場でした。そのあや子を娘のように世話してくれた保護司の初枝さん、チュマーに対するあや子の役割を果たしてくれましたね。心に残る作品でした。
通りすがりさんがオススメの「は」は、ちょっとダメです(笑)。食べ物の話ですので、気持ちが悪すぎますよ。ただ絶対あり得ない設定なので、その点は安心かも???
しばらくは乾作品を読んでみようと思います。では、お元気で!

[4013]

こんばんはです。
そうなんです、イメージが大分違うんですよね。デビュー作から追っている読者は、ちょっとその変化に戸惑っている時期かもしれません。僕は割と、どっちも好きなんですけどね。
確かホラーの賞でデビューだったかな?だから、ホラー作家、みたいな扱いで売りだされていた気がするけど、これはホラーって括りにしちゃ、いけませんよねー。
どの話も、もうかなり昔に読んだんでちゃんとは思い出せないんですけど、やっぱり自分でも良かったって書いてある「夜鷹の朝」と「風、檸檬、冬の終わり」はなんとなく覚えていますね。でもどっちも、ラストのオチの部分を忘れっちゃってるから、あんまり大したこと、書けないなぁ。相変わらずこんなんですいません。
「は」も、既にオチを忘れているんですけど、設定は覚えています。まあ確かに、ちょっと気持ち悪い話だったかもしれませんですね。そういう話も、結構巧いこと書くなー、という印象があります。
乾ルカは僕も時々読みたくなる作家で、そう遠くないウチに、結構メジャーな作家になっていくんじゃないかなぁ、という感じはしています。期待大ですね!

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2013年の個人的ベストです。

小説

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2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
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小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
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7位 ジュディ・ダットン「理系の子
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9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

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1位 千早茜「からまる
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小説以外
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10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)