黒夜行

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無限論の教室(野矢茂樹)

「志保は勉強ちゃんとやらないと。それに、私は学部違うからシホのノート使うことってないけど、やっぱりシホのノート待ってる人だっているし。アカネが戻ってきた時、シホがちゃんとノート取ってくれてなかったら、アカネは困ると思うよ」
 確かにそう言われればそんな気もしてきたけれど、なんだかはぐらかされているような気もする。でも実際、志保に何が出来るのかと聞かれれば、何も出来ないだろう。アカネちゃんが普段よく行くところも知らないし、カナちゃん以外の友達だってあまり知らないのだ。だったら大人しく講義を受けているべきなのかもしれない。
「分かった。じゃあ何か分かったらすぐに教えてね」
「うん」
 そう言うとカナちゃんは、走ってどこかに行ってしまった。カナちゃんもアカネちゃんもいないお昼というのはあまり経験したことがなくて、どうせ一人ならわざわざ食堂なんかに行かないで、生協で何か買ってくればいいのかもしれないと思った。

「失踪シャベル 17-4」

内容に入ろうと思います。
本書は哲学者による無限論です。
本書は、大学生の僕が、タジマという講師による無限論の講義を、タカムラさんという女の子と二人で受ける、という設定で進んでいく物語です。「数学ガール」のように、物語設定で数学の話が進んでいくので読みやすいと思います。
内容は、無限というものについていろんな話が展開されていきます。
無限論には、二つの立場があるようです。それが、「実無限」と「可能無限」です。そして本書では、タジマ先生は基本的に「可能無限」の立場に立ち、「実無限」というのは幻想に過ぎないのだ、という話をしていくことになります。
実無限と可能無限の話を、僕の理解できた範囲で書いてみましょう。これは、線分についての解釈によって説明できます。
実無限は、『線分は無限の点が存在するのだ』と解釈します。一方の可能無限は、『線分は線分を切断すれば点が取り出せる。その可能性が無限なのであって、点が無限に存在するわけではない』と解釈します。
例えばこれは、あのアキレスと亀のパラドックスでも説明できます。
実無限の立場に立つと、『アキレスと亀の間の空間は無限に分けることが出来るのだから、永遠に亀には辿り着けない』ということになります。一方で可能無限の立場に立つと、可能性としての無限しか考えないので、アキレスと亀の間の空間が無限に分割できる、とは考えません。一方で、結果的にアキレスが亀に追いついた後で、『アキレスは亀がいたところまで追いついた。その後さらにまた追いついた…』と説明が無限に続くだけである、ということになるわけです。
僕は実無限と可能無限なんていう違いは全然知らなかったんですけど、本書を読むと、僕が知っていた数学は『実無限』の立場から数学を見ていたのだな、ということが分かりました。
しかし、これを『可能無限』の立場から見るとこんなに面白いのだ、ということを本書を読んで初めて知りました。
なんと言っても驚いたのが、可能無限の立場からすると、カントールの対角線論法が認められなくなってしまう、ということ。これは衝撃的でした。
僕はこのカントールの対角線論法という証明が、あらゆる証明の中でも相当好きなんですけど、まさかこれが認められないような立場が存在するとは、という感じです。
カントールの対角線論法そのものについてはちょっと説明を省きますけど、これによって、『自然数』と『実数』では、無限の濃度が同じだ、ということが分かるわけです。つまり、『自然数』と『実数』は一対一の対応をつけることが出来る、というわけです。
これは実に不思議な結論ですが、しかしカントールの対角線論法によれば正しいわけです。その証明は見事だと思うし、ほとんどの数学者がその証明が正しいと思っているわけなんですけど、これが正しくないという見方があるとは思いもしませんでした。
濃度が同じ(一対一の対応をつけることができる)からと言って、量が同じだというわけではない、という説明も納得でした。何か三角形を書いて、その三角形の内部のどこかに、底辺に平行な線を引いてください。その時、三角形内部の線分と底辺は、三角形の頂点を中心として一対一の対応をつけることが出来るのだけど、しかし両者の長さには違いがあります。なるほどなー、という感じがしました。
可能無限の立場から見ると、『実数という集合』さえ存在しないということになります。
例えば、『自然数の集合』というのは、「1,2,3…」というものですけど、これはどこまでも無限に大きな自然数を書き続けることが出来ます。
しかしこの『自然数の集合』というのは、『前の数に1を足す』という行為を『無限』に繰り返すことによって得られる、と可能無限の立場では考えるわけです。つまり、無限に繰り返すことが出来る規則が存在する、というのが可能無限の立場なわけです。
では一方で、実数はどうか。実数には、√2みたいなものやπみたいなものもあるし、3/8とか0.8589658みたいなものもあるわけです。これらを、ある一定のルールによって導くような規則は存在しないわけです。つまり可能無限の立場では、『実数の集合』は存在しない、ということになるわけですね。
可能無限の立場では、√2というのは数字ではない、と言います。√2というのは、各桁の数字をある規則によって導くことが出来る。その開平法につけられた名前こそが√2だ、というわけです。だから、可能無限の立場では、1<√2というような式は、「√2は1より大きい」と読むのではなく、「√2という方法で数を作れば、1より大きな数を作ることが出来る」と読むわけです。
√2というのは、1.41421356…と続きますが、どこまで言っても…が消えることがなく割りきれません。実無限の立場では、「…の部分は人間が計算出来ていないだけで、存在しているのだ」と考えるのだけど、可能無限の立場では、「…の部分は存在していないのだ」と考えるのです。
「…の部分は存在しない」とはどういうことなのか。例えば、「富士山に徳川家康の埋蔵金があるかどうか」という質問には、「あるかないか」のどちらかの答えが存在します。しかし例えば、「桃太郎が行った島に埋蔵金はあるか」という質問はどうでしょう?桃太郎が行った島、なんていうのは実在しないわけだから、実在しない島に埋蔵金があるかどうかという質問には答えようがないでしょう。
それと同様で、「…」の部分も存在しないわけで、さらに可能無限の立場からすれば、無限というのはそもそも存在しない、となるわけです。
というわけで、物凄く面白い作品でした。今まで信じていたことがガラガラ崩れていくような感じでした。もちろん、この可能無限の立場というのは、少数派のようです。カントールの対角線論法が間違っているのだ、などと考えている人はあんまりいないそうです。しかし本書の議論を読む限り、確かにカントールの対角線論法が間違っているという話も、筋が通っていて面白いなと思いました。無限というものについてあんまりきちんと考えたことがなかったし、これまで読んだ本もカントールの業績に触れるものばっかりだったのだけど、この本は実に新鮮で面白かったです。数学の話ですけど、講義形式で面白く書かれているので凄く読みやすいと思います。是非読んでみてください。

野矢茂樹「無限論の教室」




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Comment

[7242]

>カントールの対角線論法・・・によって、『自然数』と『実数』では、無限の濃度が同じだ、ということが分かるわけです。つまり、『自然数』と『実数』は一対一の対応をつけることが出来る、というわけです。

逆だよ。

対角線論法は自然数と実数の濃度が異なることを示している。
自然数と実数の間の一対一対応から、自然数に対応づけられない実数を
具体的に構成する方法。

タジマ先生は、実数は自然数とは違って集合じゃないといいたいらしい。
タジマ先生のいう集合は、整列順序によって生成されるものとすると
確かに実数はそのような方法では生成されていないわけだが、
それは数学でいうところの集合の定義とは異なる。

タジマ先生は、数学における集合の定義から矛盾を導いたわけでもなく
単に、自分の考え方を述べたということのようだ。

[7251]

あっ、そうか。
『自然数』と『実数』に一対一の対応が付くわけないですね。
対角線論法についてはほどほどに理解しているつもりだったんですけど、
なんでこの感想を書いた当時の僕は、こんな間違いをしているんだろう(笑)
ご指摘ありがとうございました。

いやはや、でも、とにかくこの本は、面白かったけど難しかったなぁ、という記憶がありますです。

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水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

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