黒夜行

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バイバイ、ブラックバード(伊坂幸太郎)

「テレビってここだけ?」
 志保がお皿を片付けていると、アカネちゃんがそう聞いてくる。
「うん、そう」
「今日ちょっと見たい試合があるからさ」
「再婚相手はリビングに通すつもりはないから、ここにいてくれればいいよ」
 お皿を洗い終わると、二人で志保の部屋に向かった。志保はバッグを開けるとシャベルを取り出して、マルイさんの隣に置いた。
「へぇ。バッグに入れっぱなしとかじゃないんだ」
「それなら毎日持って帰ったりしないよ」
「いやいや、大して変わんねぇだろ」
 アカネちゃんは、机の上で開っぱなしになっている手芸雑誌に一瞬目を向けたみたいだったけど、すぐに逸らした。そういえば今開いているのは携帯電話のストラップのページだ。昔志保があげたストラップのことを思い出したのかもしれない。
「で、ベル、ノートは?」
「えっとね、ちょっと待って。はい、これ」
「お、サンキュー」

「失踪シャベル 16-3」

内容に入ろうと思います。
本書は、なかなか珍しい形で発表された作品を書籍化したものです。内容に入る前に、まずその辺りの話からしようと思います。
本書は6つの短編で構成されている連作短編集なんですけど、最後の1章を除いた5つは、「おてがみ小説」として発表されました。これは、それぞれの短編について50人(5話あるので計250人)だけが読める、というものです。おてがみ小説に応募した人の中から抽選で各話50人を選び、短編が完成するごとに(いつ届くのかは決まっていなかった)自宅に郵送する、という形式で発表されていました。なかなか面白い企画ですよね。僕も抽選に応募しましたけど、外れてしまいました。残念!
また本書は、太宰治の「グッドバイ」という未完の作品へのオマージュになっているという点でもちょっと注目です。「グッドバイ」は、多くの女性と同時に付き合っていた男が、それぞれの女性と別れるために別の女性を連れて別れを切り出しに行く、という話なんですけど、本書の大枠の設定もそういう形になっています。本書の方では、伊坂作品らしくなかなかポップな設定になっていますけども。
というわけで、それぞれの短編を紹介しようと思います。意図的に、最後の短編の内容だけ書かないことにします。5人の女性と付き合っていて別れを切り出しに行くのが星野一彦、そして星野に付き添う女性が繭美です。

「バイバイ、ブラックバード Ⅰ」
いちご狩りで出会い付き合うことになった廣瀬あかりに別れを切り出しに行った星野は、巨漢で性格の悪い繭美と結婚するのだと嘘をつき、あかりへ別れを切り出すのだが、当然あかりは納得できない。というか星野にしたところで納得は出来ないのだ。もちろん繭美と結婚するなんてのは嘘っぱちなわけだけど、それでもこの嘘をつき通すしかないのだ。
難色を示すあかりに、繭美が冗談のような提案をする。近くのラーメン屋でやってるジャンボラーメン。あれをこいつが完食出来たら、お前こいつと別れろよ、と。無茶苦茶ではあるが、彼らはラーメン屋に行き、本当にジャンボラーメンを食べる羽目になるのだが…。

「バイバイ、ブラックバード Ⅱ」
「フレンチ・コネクション」という映画の話から付き合うことになった霜月りさ子に星野は別れを切り出しに行く。りさ子は夫と離婚しており、シングルマザーとして子供を育てていた。りさ子は控えめで、しかもほんのりと不幸を背負っているような女性で、星野の別れ話に対しても、まあ仕方ないと諦めるような態度だった。
りさ子の家を立ち去った二人だが、星野はりさ子の話で気になったことがあった。最近当て逃げされた、という話だ。せめてもの罪滅しに、この当て逃げ犯ぐらい捕まえてやれないものだろうか…。

「バイバイ、ブラックバード Ⅲ」
トリッキーな出会い方をした如月ユミに星野は別れ話を切り出しに行く。ユミはあっさりとしたもので、悩んだり悲しんだりということもなく星野の別れ話をさらっと受け入れた。
ユミの家でトイレを借りた繭美が、なんだかいろいろと覗いたらしく、ユミが近いうちにあるマンションに泥棒に入るつもりだということを知り、星野はそれを止めようとするのだが…。

「バイバイ、ブラックバード Ⅳ」
耳鼻科で出会った神田那美子に星野は別れ話を切り出しに行く。数字自体や計算が大好きな那美子は、星野から電話があった時点で別れ話だろうと予感していたという。その時刻が「18:18」だったから、逆から見たら「バイバイ」に読めるから、というのだ。
しかも那美子にはそもそも、別に気になることがあったのだ。とある検査に行ったのだけど、もしかしたらそれが悪性かもしれないのだ、という。
星野は、彼女とは二度と関われないのだけど、せめてその検査の結果ぐらいは知りたいと思うのだけど…。

「バイバイ、ブラックバード Ⅴ」
CMの撮影現場でたまたま知り合った女優の有須睦子に星野は別れ話を切り出しに行く。睦子は女優だからか、感情を表に出したりするようなことはほとんどないのだけど、星野が別れを切りだしても、絶対に別れないから、と譲らない。
そんな時、マネージャーに呼ばれたらしく部屋を出なくてはいけなくなった睦子だが、何故か星野と繭美も同行し撮影現場に行くことになった…。

「バイバイ、ブラックバード Ⅵ」

というような話です。
まさに、伊坂作品らしいというタイプの作品です。数年前に新聞連載されていて最近書籍化された「オーファーザー」を除けば、最近伊坂幸太郎は自分の得意な書き方で小説を書くことを制限する傾向があって、なので僕らが思う伊坂作品らしい作品というのはなかなかなかったわけですけど、今回はいろいろ考えた結果、自分の得意なやり方で書くことにしたんだそうです。
面白い作品でした。っていうかやっぱり、こういうタイプの作品は、伊坂幸太郎にしか書けないよな感じがします。
「グッドバイ」という話をモチーフに、5人の女性に別れ話を切り出しに行くという設定にしたらしいんですけど、まあまずこの設定が面白いし、しかもそれぞれの話がかなりタイプの違う話で、いいなと思いました。女性に別れを切り出す、というだけの話で、これだけいろんな話を書けるものなんだなと思います。別れ話だけじゃなくて、それぞれの女性とどんな風に出会ったのかというエピソードもそれぞれ個性的で面白いです。
話としては、第四話と第五話がよかったです。もちろん全部いいんですけどね。どちらの話も、ラストが凄く印象的ですね。第四話は、結局どうだったんだよ!という部分が気になるけど、まあそこは読者の想像にという感じの終わらせ方なんですけど、その終わらせ方が女性のキャラクターを含めてストーリー全体をぎゅっと凝縮している感じでよかったです。第五話のラストは、なるほどそう繋がりますかという感じで、まあやりすぎだろという気もしなくはないけど、伊坂作品だったら違和感ないなという感じもします。読者にしかラストの意味はわからないのだ、というところもいいですね。
女性のキャラクターとしては、第三話に出てくる如月ユミがダントツですね。僕はホント、ああいうトリッキーなキャラクターには弱いんですよ。人にどう見られるかなんてことに無頓着で、自分のやりたいことをやりたいように突き進むみたいな。まあユミはちょっとやりすぎだと思うし、近くにあんなキャラがいたら疲れるだろうけど(笑)、それでも惹かれちゃいますね、こういう女性には。
あと、女優の有須睦月もかなりいいです。ああいうクールな女性っていうのは素敵ですね。あと、数学が好きでちょっと不幸そうな感じを漂わせる神田那美子もいいよなぁ、なんて思ったり。
しかしやっぱり、キャラクターとして突出してるのは、繭美でしょうね。相当な破天荒なキャラクターです。人格が破綻しているというより、そもそも人格なんてものが存在するのか怪しいというような、そういうとんでもない人間です。相手の嫌がることを積極的にやるくせに、伊坂幸太郎が書くからか、どうにも悪い人に見えないというところも面白いですよね。不思議なキャラクターです。
不思議と言えば、主人公の星野も不思議です。5股掛けているとは思えないようなごく平凡な人間なんだけど、繭美とは対照的に人間味に溢れている。すごく人間臭いんだけど、とんちんかんな部分もあったりで、これもまた伊坂作品らしいトリッキーなキャラクターだなと思います。繭美と星野という、あらゆる意味で凸凹な二人のコンビが、作品に良い味を出しているなと言う感じがしました。
本書には、<あのバス>と呼ばれる存在が出てくるんだけど、これはやっぱり気になりますね。結局、なんなのかよく分からない。でも、ストーリーとしてはこれでいいんだと思うんですね。気になるけど、でもわかっちゃうのも面白くないな、という感じ。最後の最後、まさにここから新たな物語が始まりそうだぞ、というようなところで終わって、その後どうなったんだろうなぁなんて想像するのも楽しいと思います。
ホント、読んでて楽しい小説だなと思います。専売特許だなというぐらい、伊坂幸太郎にしか書けない作品だと思います。是非読んでみてください。

伊坂幸太郎「バイバイ、ブラックバード」




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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
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19位 松崎有理「あがり
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新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)