黒夜行

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セーラが町にやってきた(清野由美)

誘拐犯の話が自分と結びつくというのがよく理解出来なくて、志保はとりあえずパスタを口に入れたまま頷いた。
「お母さんがいなくなったんだろ。もしかしたらさ、その噂の誘拐犯に連れ去られたってことだってあるかもしれないと思って」
「ニュースとかでそんな誘拐犯の話聞いたことないけれど」
「ニュースとかにはなってないみたいね。あくまでも都市伝説みたいなもの。この辺りで少しずつ話が広まっている感じがするの」
 そんな風に言われても、お母さんが誘拐犯に連れ去られたと考えるのはあまりにも現実味がなさすぎて、どう反応していいのか分からなかった。
「どんな誘拐犯なの?」
「その辺の具体的な話はどうも曖昧で、よく分からないの。可愛い女の子ばかりを狙うという話もあれば、女性全般を狙うという話もあるし、ペットを連れ去るというパターンを聞いたこともある。誘拐犯は男だっていうことで確定みたいだけど、そういうのも色々みたい」
「その誘拐犯の被害に遭ったっていう人は?」
「よくある、友達の友達が、とかそういう話はいくつか。でも実際、確認出来るような形で被害者を特定出来たことはたぶんないと思う」

「失踪シャベル 15-5」

内容に入ろうと思います。
本書は、セーラというアメリカ娘が、長野県小布施という小さな町の老舗造り酒屋を拠点とし、小布施という町をどんどんと改革していった、その記録です。
セーラはアメリカにいる頃からとにかく行動力があり、誰にも止められないような貪欲な少女でした。そのセーラが日本に来ることになったのは、長野オリンピックがきっかけです。組織に入って人に使われるのは絶対に無理だと分かっていたセーラは、オリンピックを通じて日米両国にクリエイティブな貢献をしたいと思いたち、すぐさま日本へやってきてオリンピック関連の団体に入ります。
しかしそこでセーラに与えられたのは、あなたは通訳だけやってればいい、という立場でした。1年間、大した仕事もさせてもらえず燻っていたセーラに、当時セーラと関わっていたある人が、小布施堂の市村さんが面白いことをしているから行ってみるといい、と声を掛けます。
これがすべての始まりでした。市村は昔から続く小布施の造り酒屋の老舗を経営しているのですが、それ以上に市村は、小布施という町の『景観修復』にかなりの力を入れた人物です。それによって、外からの観光客が増えてきている。そんな時にセーラと出会ったわけです。
市村は、セーラをどう扱っていいかわからないものの、とりあえずしばらくは自由にやらせることにしました。すると、アイデアは出るわ出るわ、しかもその行動力足るやとんでもないもので、すぐに「台風娘」と呼ばれるようになったセーラは、小布施堂や造り酒屋の桝一、そして小布施という町自体をもどんどんと変えていってしまったのです。国際北斎会議を小布施で開いたり、廃れていた蔵をレストランに蘇らせたり、果ては戦後廃れてしまった「木桶仕込み」の酒を復活させるなんていうとんでもないプロジェクトにも手を出し、しかもそのすべてを成功させてしまいます。
そんなセーラのとんでもない改革の記録です。
いやー、凄いですね、ホント。小布施という町はなんとなく聞いたことはあったんですけど、正直全然知りませんでした。今では、年間の観光客が100万人を超えるらしく、人口の100倍を優に超える数なんだそうです。もちろん、そのすべてがセーラの功績というわけではありません。そもそも小布施堂の市村が『景観修復』なんてことをやっていなければその後の流れはなかっただろうし、セーラと出会うこともなかったでしょう。しかし、小布施という町を改革する原動力になったのは間違いなくセーラだと言い切ってもいいでしょう。
セーラの素晴らしさはとにかくいろいろあります。思い立ったらその瞬間から行動するという異常な行動力、どんな相手との交渉でもやり遂げるタフな交渉力、常にお客さんのことを考える気配り、日本人以上に日本の文化・伝統を学び精通している点などなどです。
でもセーラの一番凄いなと思う点は、『本物がわかるということ』そして『その本物を絶対に妥協しない』というところだなと思います。
例えばこの話は、セーラが発注したプラチナの看板のエピソードでも分かります。デザイナーのデザインは素晴らしく、それで看板を発注するのだけど、どうもセーラのイメージに合わない。デザイン上では筆が走っていて文字の力強さが出ている部分が、木彫りの看板にした途端失われてしまっていると感じたのだ。しかしどこの工房でも、現在使われているやり方は三種類であり、それだとどうしてもこうなると言われてしまう。しかしそれで諦めるセーラではない。あらゆる工房に行き、自分の情熱を訴え、大変な苦労かけて理想の看板を作ってもらうのだ。しかも、工房側も苦労したにも関わらず、これを作っている間は幸せだった、というようなことを言うのです。
また、蔵を改装しレストランにする際もとにかく大変だったわけです。モーフォードという超一流のデザイナーに依頼したのだが、その指示がまたとんでもない。色一つ、材質一つにもこだわり抜き、現場で作業している職人を日々苦しめる。しかしそれでも、モーフォードとセーラの『本物への探求』は止むことがない。
しかしセーラにとってもラッキーだったのは、日本の職人のレベルの高さでしょう。恐らくですが、外国では同じ設計での施工は無理だったのではないかなと思います。現場で作業していた職人さえ、「よくあんなことが出来たものだ」というくらいとんでもない現場だったのだけど、それでも日本の職人はやり遂げてしまう。素晴らしいなと思いました。
凄いと言えば、小布施堂の市村も凄いと思います。普通、どこの馬の骨とも分からない外国娘に、重要な案件を一任するなんてことはまずないでしょう。セーラは、新たなアイデアを思いつくと、市村に「次はこれをやります」というのだけど、ほぼ常に市村の答えは「それは無理だと思う」というものだった。しかし、市村がノーと言ってからセーラの仕事は始まるのだ。それぐらいセーラは自由に何でも勝手にやっていた。先程書いた蔵の改装にしたって、最終的にセーラは予算の10倍の金を使って改装を行うのだ。しかしそれを容認してしまう市村の懐の深さも、セーラが活躍できた理由の一つだと思う。
市村はセーラのことをこんな風に評している。
『事務能力でいえば、日本の中堅の人材よりもドーンと下に下がる。でも独創性や交渉力は、一般的な経営者より数段突出している。そんな一流と超ヘタな部分の落差が、セーラ・マリ・カミングスという人間の特徴で、社員としては最低、役員としては最高』
まさにその通りで、セーラは組織の中ではまるで役に立たないだろう。上司に決済を取ったり、組織からあてがわれた部下を使うなんていうのはセーラには無理だ。だからこそ、小布施堂の市村との出会いは、セーラに取っても素晴らしいものだったと思う。それこそ、セーラには物凄い能力があるが、それが活かされる場というのは日本に限らなくてもそう多くはないと思う。これほど両者を高める出会いというのはなかなかないだろうなぁと思いました。
しかし同時に、もしセーラがいなくなったらどうなるんだろう、と思ったりもします。セーラもまだまだ若いし、まだまだやる気もあるだろうから大丈夫だろうけど、数百年先を見越したプロジェクトを常に意識している中では、後継者を育てることは必至です。しかしセーラの跡を継げるような人材が、日本に限らずどこかにいるのだろうか、とも思います。
しかし、こういう町おこしみたいなプロジェクト、面白そうだなぁ、と思いますね。僕は、大金を動かしたり、社会全体に影響を与えるような仕事よりも、規模は小さくてもいいから自分の努力が目に見える形で現れるような仕事の方がいいなって思うんです。そういう意味で、この小布施の町おこしは、ちょっと関わってみたいな、と思ったりします。まあ何事にも甘ちゃんの僕なんかは、セーラからすれば使えない人間の筆頭でしょうけどね(笑)
最後に、なかなか面白いなと思ったところを抜き出して終わろうと思います。

『「日本人は繊細な美意識を持つ民族と言われていますが、”町並みの美しさ”という点に関して言えばアメリカ人のほうがずっと敏感だと思いました。私が日本にきてちょっと失望したのは、日本人が自分の家の中は大事するけど、外にはあまり関心を持たないこと。アメリカ人の私は道路にゴミが落ちていたり、雑草が生えていたりすると、気になって取らずにはいられないんです。それで、ひとりでせっせとゴミ拾いや草取りなんかをしていると、通りがかりの人に、『そんなことはお役所に言えばいいのに』なんていわれるんです。会社の敷地にしても『雑草が増えたら植木屋さんにきてもらいましょう』という考え方だったのですが、私はそれは違うと思いました。自分たちでできることは自分たちでする。そこから町や会社を大切にする気持ちは生まれてくるのではないか、って」』

『「アイデアがひらめいた時や、これはちょっと違うと思った時、社長に話をしに行くと、『セーラの言っていることはよくわかるが、タイミングが悪い』と、いつも言われました。でも、いいタイミングってなんですか。そんなものは、本当はないんですよ。相手のタイミングをうかがっていたら、それこそ自分が行動に移すタイミングを逃してしまいますよ」』

『だが、当のセーラは数字に関しては、今も昔も天才的ともいえる無頓着さかげんで終始一貫している。丹精込めた「スクエア・ワン」の初出荷時の量を聞いた時も「えーと…、それは社長に聞いていただいたほうが正確だと思います」ち、屈託なく笑うのだった。彼女が内に守るただひとつの黄金率は「効率の悪いことに、未来のビジネスチャンスは眠っている」という、骨太といえば骨太、単純といえば単純な原則だ。つまり彼女は、計算がからきしダメだという、一見戦略家にあるまじき、稀代の戦略家なのである。』

本書を読んで、小布施に行ってみたくなりました。未だに宿泊施設がほとんどないらしいんでいろいろ難しいだろうけど、いつか行ってみたいですね。町並みにも興味があるし、どこかで忙しく働いているセーラを見れたらラッキー、という感じで。ビジネスっぽいレーベルから出ている本ですけど、読み物として凄く面白いと思います。是非読んでみてください。

追記)amazonのレビューを見てたら、セーラのコメントが(笑)。面白いなぁ、セーラ。

清野由美「セーラが町にやってきた」




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感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

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6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

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17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
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