黒夜行

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光媒の花(道尾秀介)

二人が見た映画は、犬を殺し続ける男と、その男を愛してしまう女の話だった。男は、自分にはどうにもならない衝動に駆られて犬を殺してしまう。犬が好きな女は、そんな男に怒りを覚えるのだけれど、次第に好きになっていってしまう。そのうち、自分も犬を殺す手伝いをするようになってしまい、女は苦悩する。実は男は元々犬で、魔法で人間にされてしまっていたらしい。それに気づいた女は、なんとか男の魔法を解こうと奮闘する。犬に戻ることが出来た男は、女の元で飼われることになった、というストーリーだった。
「よくわからなかったね」
 近くにあった小奇麗な喫茶店に入った二人は、そこで軽くお昼ご飯を食べることにして、ランチメニューを注文した。店の外に風鈴が吊るされていて、時々聞こえてくるその音が、夏の予感を運んで来ていた。
「確かにね。まあでも、大衆向けの映画を見て失敗するよりは全然有意義だよね」
「それはそうだね。ハリウッド映画とかあんまり好きになれないし」

「失踪シャベル 14-3」

内容に入ろうと思います。
本書は、6編の短編が収録された連作短編集です。

「隠れ鬼」
印章店を営む主人公は、認知症を患った老いた母親と二人で暮らしている。どうにかこうにか母親の介護と仕事を両立させられるようになったある日、母親が画用紙に何やら絵を描いている。
竹の花の絵に思えた。30年に一度花を咲かせるという竹の花だ。
まだ父親が生きていた頃、年に数度祖父が遺した別荘に行っていた。そこで出会った一人の女性。むせ返るような緑の中で出会ったその女性と少年だった主人公は、別荘に行く時だけやり取りのある、そんな関係だった。
まさか母親が描いているのは、あの光景なのだろうか…。

「虫送り」
いじめという程でもないが、同級生とうまくやっていけていない少年は、妹と一緒に川辺で虫を取る習慣があった。虫を取らないこともあったが、とにかく妹と一緒に川辺で過ごすことが日常だった。
二人が川辺にいると、いつも川向こうで懐中電灯の光を見かけた。二人はその川向こうの光を、自分たちと同じ兄妹だと勝手に思うことにしていた。今日も懐中電灯の光は見えたのだけど、すぐ消えてしまった。
しばらくすると、一人のおじさんが声を掛けてきた。臭いのキツイ人だった。虫取りをしていると言うと、良い方法を教えてくれるというのだが…。

「冬の蝶」
かつて昆虫学者になろうと夢見ていた男は、少年時代のことを回想していた。ある日川辺で、それまで話したことのなかったサチというクラスメートと話すことになった。そしてそれから彼は毎日、サチに会いに川辺に向かった。
サチは物静かではあったが、彼の昆虫の話を興味深そうに聞き入ってくれた。クラスメートに彼女の評判を聞くと、「汚い」「貧乏」という印象がまっさきに上がるのだが、彼はそんなことは気にならなかった。
ある時彼女は、いつもの場所にいなかった。少し離れた橋脚の下にいた。それ以後もサチとはいつものように会っていたのだけど、あの時サチが彼とこれからもう会わないことを選択しかけていたのは間違いない。
ある日、ふとした偶然が重なってサチの家に行くことになったのだが…

「春の蝶」
出勤前、隣の部屋に警察がやってきていた。急いでいたのでその時は、何か物音を聞きませんでしたか?と警官に聞かれただけだったが、後で聞くとどうやら大金を盗まれたとのことだった。
川辺で、隣に住んでいる女の子を見かけて声を掛けたのだけど、反応がなかった。すぐに祖父がやってきて事情を聞くと、どうやら女の子は耳が聞こえないようだった。何でも昔、自分が聞いた会話を母親に告げたせいで両親が離婚してしまったのだ、と思い込んでいるらしく、心理的な理由で耳が聞こえなくなってしまっているらしい…

「風媒花」
トラックの運転手をしている主人公は、急遽入院することになった姉を見舞うべく病院へ向かった。そこで母親の姿を見かけ、咄嗟に姿を隠してしまう。
父親が癌で死んでから、母親との関係がどんどん悪くなっていった。父親の病状に回復の見込みがないと知るや、性格まで一変したかのような母親の態度が許せなかったのだ。
姉は、食道にポリープが出来ただけだというが、日に日に痩せていく姿は父親のことを思い出させるが…

「遠い光」
小学四年生のクラス担任である主人公は、再婚によって名字が変わるクラスメートを気にかけていた。名字が変わるからというわけではなく、普段からおとなしくほとんど喋らず、周りと打ち解けていないように見えたからだ。テストは全教科ほぼ満点であり、成績は問題ないのだけど、教師なりたての彼女からしたらどうしたものかと悩む存在だ。
そんな女の子が問題を起こしたから現場に向かってくれと教頭から連絡がある。どうやら、テレビで紹介された猫に石を投げて殺そうとしたというのだ。女の子は家主に謝らず黙りこくったままで、結局家主を怒らせてしまう…。

というような話です。
つい先日本作品で山本周五郎賞を受賞しています。賞をとったからどうということはないんだけど、やっぱり素晴らしいですね、道尾秀介は。デビュー作の頃と比べると、もはや雲泥の差、という感じがします。同じ作家の作品なんだろうか、と。
本書はまず構成が見事ですね。もちろんこういうタイプの作品は他にもあるでしょうけど、うまいと思います。連作短編集なんですけど、作品同士の繋がりというのはそこまではないんですね。でも、前の短編にチラリと出てきた人物が、次の短編では主人公になっている、という構成になっています。なので上記の内容紹介では、登場人物の名前や関係性なんかをなるべく書かずにおきました。これから読む人の興を削いではいけませんからね。
人間の描き方が素晴らしいんです、ホント。道尾秀介と言えばトリックで驚かせる、みたいなイメージを持っている人ってまだ結構いると思うんですけど、それは初期の作品だけなんですね。最近の作品になればなるほど、冷たいような硬質な文章で、人間を鋭く描いていくような作品になっていくんだけど、本書もまさにそんなタイプの作品で、しかもそのレベルがもの凄く高い。
一つ一つのストーリーは、さほどインパクトのあるものではないんですね。物語の骨子だけ抜き出してしまえば、正直そこまで小説になるような題材ではないような話が多い気がします。実際下手な作家が同じモチーフで小説を書いてもなかなかうまくいかないんじゃないかなと思います。
それを見事な小説に仕立て上げているのが、人間の描写力とでも言えばいいでしょうか、一瞬一瞬の感情の変化さえも捉えようとするような緻密な描き方が凄いです。主人公たちは、それぞれの狭い世界の中で、大小はあれど絶望しています。あまりにも深い絶望を主人公と一緒になって潜りながら描いていく話もあれば、さほどの絶望ではないけれどもきっちり寄り添って支え合うようにして描いている話もあります。
主人公視点で描かれるそれぞれの「狭い世界」。しかしそれが主人公にとっては世界のすべてです。外の世界の価値判断からすれば明らかに異常な物事を、「主人公視点の狭い世界」を濃密に描くことで、その異常な物事をその短編の内部だけでは「正しい」という価値観に転化させているような、そんな印象がありました。主人公たちはそれぞれ悩み、苦しみ、覚悟し、諦め、哀しみ、そうやって人生を生きていきます。そういう、「絶望」と寄り添っている人々を丁寧に描いた傑作だと思います。
あと、そこだけ取り上げて褒めるのも変かもしれませんけど、ちょっとエロいシーンをもの凄く上品に描くんで驚きました。いくつかの短編で、ちょっとエロいシーンが出てくるんだけど、まったくいやらしくないんですね。それでいて、その場面だけはするっと頭の中で思い浮かぶ。言葉の選択や表現の仕方がうまいんだろうけど、ちょっと感心しました。なるほど、ああいうことをこんな風な日本語で表現できるものなんだな、と。初期の作品はトリックで驚かすことがメインだった著者ですが、最近は本当に文章の巧さが際立っているなと思います。まだ若い作家なのに(まだ35歳とかですよ)、これだけの文章が書けるんだから、ホント大したものだなと思います。凄い作家が出てきたものです。
しかし相変わらず文句を言いたいのは帯。「山本周五郎賞受賞作」はもちろんいいんですけど、下の方にこんなことが書いてある。

『「月の恋人 Moon Lovers」(フジテレビ月9ドラマ原作)
「向日葵の咲かない夏」(2009年で最も売れた文庫)の著者が
そのおそるべき才能を結集させた、渾身の連作群像劇』

もうこういうのは止めた方がいいんじゃないかって思うんですけど、どうなんでしょうね。
まあそんなわけで、作品は素晴らしい、もう傑作だと思います。初期の道尾秀介の作品しか知らない人には、是非「ソロモンの犬」以降の作品を読んで欲しいと思います。これほどまでに、デビュー当時から進化した作家はなかなかいないのではないかと思います。是非是非読んでみてください。

追記)amazonのレビューで星1つをつけている人の感想が、ちょっと僕には的外れというか、うーんというか、よく分からない。昔の文豪だって、もっと酷い話、書いてるんじゃないんですか?知りませんけど。

道尾秀介「光媒の花」



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Comment

[3912]

こんにちは!
「光媒の花」明るい話しではありませんが、物語の最後にどこか微かな光がさしているようでよかったです!!(いつもながら上手く表現できませんが・・・)
143回直木賞は、いったい誰になるのでしょうか?

[3913]

こんにちわです。
「光媒の花」は素晴らしかったですね!暗かったり重かったりする話を、これだけ上品にまとめられるってのは凄いです。個人の狭い世界観の中での苦しみみたいなのを的確に描いている感じがしました。
個人的には直木賞は「光媒の花」が取りそうな気がしますけど、中島京子の「小さいおうち」もかなり評判いいですね。たぶんこの二つのどっちかなんじゃないかなぁ、と思いますけど、わかりませんです。

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到達点ともいえる

小説「光媒の花」を読みました。著者は 道尾 秀介6編の短編でもありますが人物の繋がりが見えてくる連作集ともいえますいやー、道尾さん らしさ が感じられ堪能できました「龍神の雨」のような 兄弟、殺人、虐待、孤独・・・陰の 暗い部分を描きながらしか...

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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
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4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
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10位 原田マハ「キネマの神様
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14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
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新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
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6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
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小説以外
1位 「死のテレビ実験
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3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)