黒夜行

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メモリークエスト(高野秀行)

「大好きなの、人間失格。もう何度も読んでる」
「僕は苦手だったな。主人公がどうしようもなくてさ、こんな男ダメだろ、って」
 あまり苦労を経験しないでここまで育ったのかもしれない。たぶん今の自分たちの世代には、そういう人は結構いるんじゃないかと志保は思った。そういう人たちには、葉蔵の生き方が理解できない風にしか映らないのだろう。葉蔵の生き方に何か通じるものを感じてしまう志保は、どうせならそうではない側として生きて来られればよかったのにと思った。
「じゃあ行こうか」
 そう言って会田君は、ベンチに座っている志保に手を差し伸べてきた。葉蔵だったら絶対に出来なかっただろうその行為は、少しキザっぽかったけれど、嫌な感じはしなかった。
 二人は、駅から少し離れたところにある小さな映画館で、聞いたこともないタイトルの映画を見た。初めは駅前にあるシネマコンプレックスに行ったのだけれど、どうも見たいと思える映画がなかった。会田君も同じだったようで、どうせ外れるかもしれないんだったら思いっきり外れてみよう、とよく分からないことを言って、ちょっと離れたところにある映画館に連れて行ってくれたのだ。会田君は時々来ては、よく分からない映画を見て帰ってくるのだと言う。

「失踪シャベル 14-2」

内容に入ろうと思います。
本書は、自称辺境作家(っていう紹介はどうかと思うけど)である高野秀行の新境地です。
今回の企画「メモリークエスト」は、高野秀行が突如思いついたまたぶっ飛んだ企画です。それは、他人の記憶を元に、それを実際に探しに行こう!というものです。世界にはたくさんの人がいる。日本だけに限っても相当なものだ。それだけいれば、変わった経験をしている人もたくさんいるに違いない。そういう人たちの記憶を頼りに、実際に現地に飛んで探しに行くという超とんでもなく無謀な企画なのです。
本書では五つの探索が描かれます。とはいえ、そのウチの一つはいろいろあって高野秀行自身の個人的なメモリークエストになったわけなんですけど。

「スーパー小学生 タイ」
依頼人がタイに行った時、宗教系の団体のボランティア的なのについてどこかの村に行くと、そこに大人たちを軽くいなしていたスーパー小学生がいたので、その子を探して欲しい、という以来です。
高野秀行は現地にいる友人と話、そんなの絶対見つかりっこないよー、という反応をされ落ち込むのだけど、友人の奥さんが目指すべき(だと思われる)村出身だということが判明し、すぐさま向かう。しかし現地での聞き込みではスーパー小学生が誰なのか情報はほとんどなく…。

「根無し草の男 タイ」
依頼人の名須川さんがタイに行った時のこと、しつこい警官に誘われてカラオケに行き、なんだかんだでノリノリで歌うも、その後その警官が「マッサージをしてあげる」と言って女の子の体を触りまくるという噂があることを知り、その村でガイドをしているというアナン青年に協力してもらってとんずらする。
探して欲しいのはエロ警官ではなくアナン青年。アナン青年はその後ただでガイドをしてくれた(つきまとっていたとも言う)のだけど、それは日本へ行って一攫千金を狙うための身元保証人を探すためだった。
アナン青年が仕事場にしていたゲストハウスが分かっているので、これは楽勝だと踏んだ高野秀行だったが、ゲストハウスに行くとオーナーが代わり、また当時の従業員はいないとのことですぐさま撃沈。聞き込みを続けるも収穫なし。しかしその後、相棒となってくれたバイクタクシーのおじさんとともに、村じゅうを走り回るのだが…。

「楽園の春画老人 セーシェル」
依頼人はまたも名須川さん。インド洋に浮かぶセーシェルで、春画のコレクションをしているエロおやぢがいるので探して欲しい、というものだ。
セーシェルは超高級リゾートであり、しかも他のリゾート地とはまるで趣きの違う、高野秀行にしたら完全アウェーという感じのまさに異国。しかも、こちらも「春画を集めているおやぢ」なんて奇人変人に決まってるんだからすぐ見つかるだろうと高を括っていたのだけど、うまくいかない。何よりもまず、ただのバックパッカーが日常生活をするというだけで苦労する国なのだった…。

「大脱走の男 南アフリカ共和国」
依頼人は、喜望峰のガイドを探して欲しいという話だったのだけど、それで高野秀行は思い出したことがあった。かつてウガンダの安宿で出会ったムカバというコンゴの青年。この青年は、フランスからやってきた記者と共に難民の虐殺の現場を目撃し、そのせいで投獄、しかし友人がいたお陰で脱走でき、それから逃げ続けていたのだ。ウガンダで会った時高野秀行は逃走資金として20ドルを渡し、帰国してからも連絡があったのだけど、それ以来忘れてしまっていた。
そんなわけで高野秀行は、「世界で最も治安の悪い都市」と蛮名を馳せるヨハネスブルクへと向かう。宿選びからして大変で、しかも日が暮れたら出歩いてはいけない、という危険な場所での探索は遅々として進まない、はずが…。

「ユーゴ内戦に消えた友 旧ユーゴスラビア」
依頼人は担当編集者の奥さんで、アメリカに留学していた頃に留学生として苦楽を共にした男を探して欲しいとのこと。ユーゴスラヴィアの紛争を境に投函したハガキが戻ってきてしまい、心配しているとのこと。
さてそんなわけで、コソヴォ紛争がくすぶり続けていて、ガイドブックや外務省のHPにも「南部のコソヴォには近づいてはいけない」と言われる場所へ、人探しのために赴く。しかし驚いたことに、ここはまさにヨーロッパであり、都市化された街であった。先入観とあまりに違う街並みに戸惑いつつも人探しを始める高野秀行だったが…。

というような感じです。
いやはや、相変わらず面白い本でした!なんというか、高野秀行は神がかっているのではないかと思うのですよ。普通の人間が、これと同じ企画を実行したとして、高野秀行と同じ結果を引き寄せられるわけがないと思うんです。はっきり言うと、ラッキーで見つかる、というパターンが実に多いんです。でも凄いのが、ただラッキーで見つかるわけじゃないんですね。まず、高野秀行はそれなりに苦労するわけです。初めの当てが外れる、聞込みをやってもダメ、もう手がかりがない、という感じになるわけですね。そういう状態になってから、突然思いもよらぬ方向から運がついてくる。嘘、そんなことありえるわけ?という展開になる。これが初めっから運だけで見つけちゃうと面白くないわけなんだけど、その辺りのバランスが絶妙なのだ。こんな展開に恵まれるなんて、神様に好かれているとしか思えない。
これから読む人の興味を奪ってしまうのは申し訳ないから、全依頼中何勝何敗だったのかは書かないけど、これはもの凄く頑張ってるな!と思いました。普通の人間だったら、一件の以来すらこなせなかったのではないかなと思います。
まあ、内容についてこれ以上触れると読む楽しみが減ってしまう可能性もあるからあんまり書かないけど、やっぱり高野秀行は凄すぎるな、という感じでした。
個人的にものすごく気になったのが、依頼人の名須川さん。この人、高野秀行がそうと知らず二件の依頼を受けることになったのだけど、どっちの依頼もアホ過ぎて意味不明。片方はエロ警官につきまとわれてるし、片方はエロ春画おやぢだし。しかも、どうしてそうなったという状況下で、何やってるのあなた?というような疑問符だらけの旅をしている名須川さんは素晴らしいなと思うのだ。旅行が趣味という人はたくさんいるだろうけど、こういう名須川さんみたいな旅行を本物の旅行というのだろうなと思いました。
あと、対象となる人を見つけた後も、さらに驚きの展開が起こる、なんていうパターンもあって、余計驚かされるなんていうこともありました。特に、春画老人は凄い(こう書くことで、春画老人は見つかったのだな、と伝わることになってしまうけど、許してください)。春画老人は、ただのエロおやぢではなかったのです!どんな人だったのかは実際読んでみて欲しいけど、結構腰を抜かすような驚きの人物でした。
さて最後に、本筋の話とはあまり関係ないことを書いて終りにしようと思います。
セルビアでCDショップに入った高野秀行は、「何かセルビアらしい音楽が聴きたいんだけど」と店員に聞くと、10枚ほど聴かせてくれたらしい。ここの部分を読んで、例えば日本のVDショップで同じことを外国人に聞かれたら、店員は対応出来るんだろうか、と思った。あるいは自分のいる本屋で同じことを聞かれたら、と。能力云々の問題ではなくて、「日本らしさ」というものが文化の中からどんどん消えつつあるのでは、ということを唐突に思いました。日本人であるというアイデンティティが欲しいとは思わないけど、日本らしさというものがどんどんなくなって行ってしまうのは悲しい、と思いました。
そんなわけで、高野秀行の超とんでも企画ドタバタ旅行記です。企画の発想自体も凄いけど、現地での神的超展開も素晴らしいです。まさに高野秀行にしかなしえない無駄全開のアホ企画。是非是非読んでみてください。

高野秀行「メモリークエスト」





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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
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5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
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10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
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3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
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8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)